没落お嬢さま VS 血族お嬢様 ①
修練場の女性部屋で、緊急召集がかけられた。
集まった四人の女子は、中央の議長席に各自の席から目を向ける。勉強会の会議としては珍しくノトゥがいない。彼は女性候補者の一人として最近は扱われがちである。
そして、議長エンリカ・フランツは小さく議題を明かした。
「……この中に、異性と隠れてお付き合いしている者、手を上げなさい」
「いせいって?」
「だまらっしゃい、ペルラさん。先日のマグナスさんとの一件、ワタクシたちとの誤解であったとはいえ、なくはない話。さあ、正直に名乗りを上げなさい」
辺りがシーンと静まる。
ティアは固唾を飲んで見守っていたが、エンリカ以外から真っ当な反応はなかった。
「ほ、本当に何もないですの? 今なら、許しますわよ。過ちというものは、ほんの一時の気の迷いで――」
「おい、にわとり」
二段ベッドの上からアンの声がする。彼女はこの手の話がそこそこ好きだ。
「何ですの、アンリさん?」
「お前以外、誰も浮いた話に興味ないと思う……ぞ」
「な、何ですって……? そんなはずは……?」
「にわとりは踊りを考えるのに必死みたいだ……な」
「それは雄鶏だけですわ!」
エンリカがツッコミを返す。さすがの知識量である。
確かにアンの言う通り、女性部屋の候補者たちは特徴的と言っていい。最年少のベルはそんな年頃ではなく、ティアやアンもその点では同じだ。一方で、ペルラは恋愛というものが理解できるのかすら不明と考えると、やはりエンリカだけが、この場でまともに恋愛を知っていそうか。
お嬢さまには王子さまがつきものだからだ。
「ベル、男の子たちみんな好きだよ!」
「ベルさん、それとは多分違いますわ。……嘘情報だったのかしら」
エンリカが目を瞑って頭を抱える。
「嘘情報……ですか?」
「ええ。先刻、風紀を引き締めるようにと使徒さまから注意を受けたもので」
「使徒さま……?」
監督者の三人を指していない。聖都には数千の使徒がいるが、その内の誰かだろう。
「進展がなさそうですので閉会いたしますわ。皆さん、ワタクシがそんな話をしていたなくらいに留めて下さいまし」
「は、はい!」
ティアは頷く。
何かの前兆ということもある。シーザーたちの暗躍以後、すぐに終わるような議題でも会議するようになった。
実際、怪しい出来事を追えるようになっている。そのせいで、先日は駆け落ち騒ぎとなったが。
「グレイスさん」
午前の修練前、皆で部屋を出た時に、エンリカに呼ばれた。
「ご快復おめでとうございますわ。今日からまたよろしくお願いしますわ」
「エンリカさん……! はい、ありがとうございます……! こちらこそよろしくお願いします……!」
エンリカが笑みを作る。ペルラとベルも祝福の言葉をかけてくれる。
今朝、ティアは久方ぶりに修練に参加した。
カルド・ボアとの戦いで生じた傷が治ったからだ。魔力も元通り使えるようになった。これまでは、魔力の維持や簡単な反復動作、座学のみの修練に留めていた。
早朝修練後、ティアの肉体はかなりの疲労を見せたが、一方で彼女の胸の内は軽快なリズムを刻んでいた。
西方遠征まで、残り一月と少しだ。
完全な準備はおそらく間に合わないが、ティアの胸は高鳴っている。
今出せる全力を以て。その言葉を何度も繰り返した。
午前の修練が始められる。すでにティアたちは山の中にいた。
再現の部屋を使った実戦に寄せた修練だ。
修練には個人と集団の二分野があり、そこに課題が設けられる。撃破や生還、支援、救助、探索など様々なものがあり、あらゆる状況が想定されていた。
連日、疲労困憊で候補者たちが倒れていた要因がこれだ。かなりの体力を、様々な状況によって消費させられたのだろう。
覚悟を決めて、自分もやるぞ。と意気込んだ時だ。
「グレイスはこっちだ」
別の空間に移動させられる。
彼女の前には、監督者の一人、エヴァールがいた。
「グレイス、ここでの修練を始める前に簡単に必要なことを振り返っておく。……まあ、お主なら大丈夫だとは思うがのう」
「はい、お願いします……!」
ティアが深々と頭を下げる。
エヴァールはコクコクと頷き、口を動かし始める。
「この修練は、西方の現環境を想定してのものじゃ。現在、西方全域には濃霧が常にあり、不安定な環境下での活動が余儀なくされる。一方で、この霧には濃い魔力が込められており、魔力の補給や利用をできる者には有利に働く」
レムレスと使徒のことだ。その中でも、レムレスは使徒以上に五感に優れている。
霧の中での戦闘の場合、使徒がレムレスに苦戦を強いられている理由がそれだ、と以前エヴァールが言っていた。
「候補者の皆にはとにかく慣れてもらう。かなり厳しい環境としている故、これに慣れることができれば、いくらか力になるはずじゃ。それと、魔力の応用技術にも挑戦すること。だが、こちらの方は本当に突発的に決定したものじゃ。可能であればでよい」
「分かりました。頑張ります……!」
「ほっほ。よい返事じゃ。……そして、もう一つお主に挑戦してもらいたいことがある」
「挑戦……」
エヴァールが手を振り上げる。
すると、目の前に見覚えのある男がいきなり現れた。
全体的に黒い姿、片腕、鋭い目つき。そして、身の丈を遥かに超える長剣。
「カルド・ボア……」
「そうじゃ、ある程度の再現はしておる。じゃが、奴の姿は以前と違っていたという。再現率はせいぜい三割ってところかのう」
「見た目……本物とそっくりですけど……」
「じゃが、喋りはせん。知性の面では今一つじゃ、今再現をしているヨハンナは奴とまともに対面したことがないからのう」
エヴァールがほっほと笑う。
再現の部屋は、使用者が魔力を流し込むことで様々なものを再現する。莫大な知識と観察眼、魔力があってようやく完成度の高いものが作られる。
以前、この部屋でエンリカが小物を再現していた。
だが、魔力成績が最も優れた彼女でもそれが限界だった。その時の彼女の表情は豊か、と言う他なかった。
「グレイス、この者以外の十二氏族は知っておるか?」
「十二氏族ですか……? えっと、亥族、金宮族、天鳥族、月狼族、山公族、白兎族、鼠子族、霊蛇族、竜仙族、千里族、羊古族。……あと一つ、狸尾族、ですね!」
「ほっほ! さすがじゃ、一息で全部言い切りおった」
エヴァールが調子よく手を叩く。
「情報のある者を揃えておる。じゃが、どれも古いものでな。やはりこれも三割ほどじゃ」
「……一つ質問があるのですが」
「ほう、なんじゃ」
「カルド・ボアは人間では本当にないんですよね?」
カルドの体をツンツンと触りながら尋ねた。
全身は確かに頑強だ。石と遜色ない。
だが、人の形をしている。
「レムレスじゃ。ボアと言う黒い毛並みを持つイノシシ、それが魔化したことよって生まれた、と聞いた」
「魔化……つまり、肉体が魔力に最適化された、ですね。黒い毛並み……私が想像するレムレスは、カルドの前に倒したあのレムレスです」
「そうじゃ、あれこそが亥族のレムレス。カルドのようなものが例外なのじゃ」
「例外……?」
ティアは口元に手を当てる。
魔化。
魔力の目覚めとも呼ばれる。ある条件を達成することで体内に心石が生成、それが肉体を作り変える。
レムレスも元々は動物だった。
変化によって元々あった性質か全く別物にもなる。凶暴にもなれば、異形の姿にもなる。
「……魔化によって、肉体が人の形に変化した、ということですか?」
「そうじゃ。お主、知ってあったのか?」
「……いえ。ただ、ヨハンナ先生に教えていただいた使徒の目覚め、つまり魔化の話からもしかして……と思いまして」
どちらも最初の数ヶ月で教わっていた。
先日のカルドたちとの戦いの後、療養中に振り返る機会があった。
だが、その時のヨハンナは、使徒になるための条件を教えてはいなかった。必要な事項だけを教える彼女らしくはある。
「人の形となったレムレス、わしらはそれを異形化と呼んでおる。その者たちは総じて強い。じゃが、その説明はもう少しだけ先じゃな」
そこでエヴァールは話題を切り替えた。
その後の話は、全て再現の部屋での実戦修練に関してのものだった。
ティアは、都度確認を入れながら静かな声に耳を傾けていた。
「グレイス、何事にも動じずその豊かな眼でよく見、よく考えることじゃ。グレゴリーも言っておったろう?」
「はい。動くことも頑張ります!」
「ほっほ、よく覚えておる。適切も忘れずに、じゃな」
ティアはその時だけ、そっと自分の頭を手で撫でた。
エヴァールの説明が終わり、扉が現れる。
この先は、霧が深い。他の候補者たちがすでにこの中にいる。
騒いでいる声が聞こえる。必死になって戦っているのだろう。
しかし、ティアの予想に反して、それは明瞭な言葉同士で行われていた。
「計画は中止よ、早く出て行きなさい!」
「勝手なことをおっしゃらないで下さいまし!」
霧の先に進んでいくと、そんなやりとりが次第に大きくなる。
やがて、額を密着させてしまえそうなくらいの距離で喧嘩をしている二人が見えた。
エンリカともう一人の美しい金髪の少女だ。
「エンリカ、シャール、何をしておるのだ!」
エヴァールの声が飛んで行く。肚の底から吐き出したような大きな声だ。
二人がこちらに振り向く。
シャールがニヤリと笑みを浮かべる。前と同じ、嫌なものがある。
そのままゆっくりと近づいて来た。
「あら、ご機嫌ようご老人。探したわ」
「はて、わしに用じゃったか」
シャールは踵の高い靴の上からエヴァールを見下ろす。使徒候補者用の制服も着用せず、華美で体の線を強調したような服を着ている。
彼女の背後に、いくつか気配がある。多い。候補者以外にも何人かいる。
「使徒育成計画……だったわね。それを中止しなさい」
ティアが目を丸くする。だが、すぐに呼吸を落ち着かせ始めた。
「ふむ。どういった経緯じゃ?」
「先日のカルド・ボアの来襲。ボロボロになって帰って来たみたいじゃない。手も足も出なかったとか」
「ふむ。それで?」
「……だから、計画は間違っているんじゃないかとお父様が。金も時間もかけているのよ? そう思われて当然よ」
「ふむ。それで?」
「他には風紀の乱れや――」
エヴァールは全く顔色を変えない。シャールが話す度に、小刻みに相槌を打つだけだ。
やがて、シャールの言葉が途切れると、次のように返答した。
「では、聖皇陛下はなんと?」
「へ、陛下? 不遜よ、陛下は関係ないでしょう」
「計画は陛下から認可を得ておる。中止に致すなら陛下の裁可が必要じゃろう」
「……な、なんですって」
シャールが口をあんぐりと開ける。不気味な笑みにも若干の痙攣が見て取れる。
「じゃが、かのクロヴィス家がそう申しておるからのう。まさか嘘ではないだろうのう。困ったのう困ったのう」
「待つのですわ!!」
後方から大音声が響いた。
エンリカが素早く二人の間に割って入る。
「待ってくださいまし、お二人とも!」
「どうした、エンリカ?」
「撤回をお願いしますわ、シャールさん!」
シャールは一瞬だけ表情が固まっていたが、口元を手で隠しながら鼻を鳴らす。
「撤回? そのようなことをする理由がなくて?」
「決闘を致しましょう!」
「決闘? なぜ貴女と?」
「ワタクシはフランツの名に誓って貴女がのたまったようなふしだらで非道徳的な行いはしていませんわ! 他の皆さんもです!」
エンリカの顔がシャールの胸の辺りを押し込む。
シャールは数歩下がって、衣服の胸部を叩いた。
「エヴァール! 決闘は禁止ではなくて!?」
「そうじゃのう。確かに計画の初期では明確に禁止しておった。じゃが、皆々力をつけておる。不慮の事故というのも起こり辛いじゃろうし、最近は気にしていなかったのう」
「エヴァール! それでも上級使徒なの!?」
「いや、上級使徒としてその承諾の立会人をしてもよい。家同士の名を賭けたものなら尚更のう」
「家!? なぜ家なの!」
騒ぎ立てるシャールに対し、エヴァールは自身の顔の皺を伸び縮みさせている。
すっかり彼のペースになっている。
「エンリカがあのフランツ殿を背負って言っておる。フランツ殿ほどのお方、その名に対しクロヴィス家ならまあ相応しいじゃろう」
「そうですわ! 使徒の名門の子息同士、格は異なりますけれど丁度よいのではなくて?」
エンリカが調子を上げていく。高音が耳に痛くなり始めるくらいに。
シャールがそんな彼女の肩を掴む。肩の部位が激しく歪む。
「格? 没落一族が調子に乗るんじゃないわよ! いいわ、受けてあげるわ。そのちっぽけな名誉粉々にして海に撒いてあげる!」
「望むところですわ! フランツの栄光が未だ翳らずということをお見せしますわ!」
「うむ。エンリカ・フランツ、シャール・クロヴィス、両名の承認を得たことをこのエヴァールが間違いなく見届けた。……では、後日改めて日取りをきめ――」
「「明日!!!」」
エヴァールの両耳に両者の絶叫が届けられる。
彼は少し耳をほじった後、肩を垂らした。
「……では、明日、夕刻に行う。場所は、ここ旧修練場。立ち会いは、このエヴァールが行う。……何か条件は?」
エヴァールが両者を制して、距離を取らせる。
ティアは終始額から冷たい汗が流れていた。
「私は2対2を要求する。そこのお嬢様とそこでぼーっとしてる女の子よ」
「えっ!?」
ティアはシャールにいきなり指差された。
「では、ワタクシは計画の中で行われている模擬形式での決闘を要求しますわ。きまりはそっくりそのままよろしくて?」
「いいわ。その空っぽの頭に敗北を叩き込むのが楽しみだわ」
「では、明日の夕刻まで、両者の接近を禁ずる。よく準備し、明日に備えるがいい」
シャールが鼻を鳴らして、踵を返す。
カツカツと高い音を出して、やがて聞こえなくなる。
静寂が霧と共に立ち込める。
ティアは、ふとエンリカを見遣った。
ぐっと親指を突き立てる彼女の表情は、大仕事をやり遂げたように満面の笑みだった。




