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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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復讐者 ②

「兄さん、兄さん」


 妹が手を伸ばす。まだ6歳になったばかりだった。

 マグナスの最も鮮明な記憶だ。


――八年前、聖暦十一年。

 西方西端のベリアロス地方で、マグナスは剣を振っていた。


「兄さん、あーそぼ?」

「サラ、僕は忙しいんだ。せめて、鍛錬の後にしてくれないか?」

「えーそんなこと言わないでよー」


 サラが体に纏わりついて来る。

 それでも、マグナスは彼女に当たらないように剣を真っ直ぐ振り続けている。

 ドゥラメンテは戦士の家だった。

 国王に代々仕えており、親衛隊を任されるまでに信任されている。

 しかし、力がなくてはそうはなれない。マグナスが毎日の鍛錬や勉学に励むのにはそういった理由もあった。

 もう一つは、家族であり、民である。

 彼らが住む領地を将来守るために一所懸命になっている。

 サラは退屈になったのか、干し草の上で寝転び出した。わがままな妹であるが、同時に愛らしさもあった。多くの兄弟姉妹がいる中で、彼女が最もマグナスに懐いている。彼の心が養われたのは、そういった人の存在があった。

 馬蹄の音、そちらに向くと父が帰ってきていた。


「父上、お帰りなさいませ」

「マグナス、励んでいるようだな」


 父は馬を降りる。従者に馬を引かせていくと、マグナスの前に立った。


「いい剣を使う。だが、少し硬すぎる」

「硬すぎるでしょうか? 先生はあまりそのようには」


 定期的にマグナスに教育を施す者が来る。

 剣だけでなく、弓や槍、馬術といった武芸の教師が別々にいる。剣の教師は、確かに格式の高さを重視する人物ではあるが。


「人前に出るには恥ずかしくない。むしろ、誇らしいと言える。だが、お前はそんな煌びやかな場所を選ぶのか?」

「……皆を守ることができるのなら。マグナス・ドゥラメンテ、いつでも命を捧げる覚悟はあります」

「そうだな。悪かった、お前はそういう男だったな」


 父がマグナスの前でしゃがみ込む。

 頭が硬い、よくそう言われる。融通が効かないとおそらく言い換えられる。父の言葉の続きがあれば、それだったのだろう。


「お前はきっと、よい戦士になる」

「はい。父上や兄上のような立派な戦士になりたいです」

「だがな、マグナス。戦士にこだわらないのもありだ。幸いなことに人手は足りている。最近は、使徒さまがある程度目を光らせていてくれるからな」


 使徒。秩序を守る者、と父は言っていた。

 使徒の長である聖王が聖皇として即位して十一年、それより以前はかなり世が乱れていたという。

 マグナスは使徒に会ったことがない。

 だが、父の熱心な様子から存在するのだと信じてはいた。


「では、僕にどうしろと」

「すまん、それは分からん」

「父上」

「ははは。戦士以外の道もあるということだ。頭が硬くなくなったお前の将来が楽しみだよ」

「父上!」


 すまんすまんと父は謝った。

 そうしているとサラが跳ね起きる。干し草を上手く使い、一気に父の背に張り付いた。


「パパ! あそぼー!」

「よう、ロザリア! じゃあ、風になってみるか! 馬だ、馬を用意してくれい!」


 先ほど預けたばかりの馬が再び引かれて来る。

 父が跳び乗ると、馬は前脚を上げていなないた。

 父はそれを御して、あっという間に遠方まで駆け去る。サラの上擦った悲鳴が段々と遠くなっていった。

 

 彼らがいなくなると、マグナスはまた鍛錬を始める。

 人のいい父親だった。

 家族と領民を愛し、平和を切に願う立派な志を持っていた。そんな父は皆に好かれていた。

 正にこの一帯の顔だった。

 だから、来る日も来る日も愚直に取り組めていた。


 だが、その夜。突如として、日常は壊される。

 ドゥラメンテ家の屋敷、見張り以外のほとんどが寝静まっていた。


「バケモノだ!」


 一つの叫び声が屋敷を駆け巡った。

 そして、それは反響を始める。

 自室を出たマグナスは剣を持って、人を探した。

 だが、廊下や部屋には死が充満していた。

 血肉や骨、内臓が散乱している。人の形を残した者が誰もいない。

 だが、頭の中で繋ぎ合わせると確かにそれは家族や信頼する人々だった。


「だ、誰か……! 誰かいないか!」


 喉の奥から異物が迫り上がる。

 マグナスは無理やり押し込め、生存者を探した。


「坊ちゃん……!」


 執事が這って動いている。

 マグナスは覚束ない足取りで彼の側まで寄った。


「坊ちゃん……! こちらへ……」

「何があったんだ……! えっ……」


 何かがマグナスの腹に入り込む。

 一瞬の後、血が流れ出る。

 執事がマグナスの腹を小刀で刺していた。


「申し訳ありません……坊ちゃん、これを体に……」


 執事が細長いものを手渡し、覆い被さってくる。

 ヌメリしていて熱いもの。力を込めると血の臭いが強くなった。


「急所は……外しております……どうか、そのまま…………動か…………ぬ………………」


 執事がグシャリと音を立てて崩れ落ちる。

 よく見ると、彼の下半身はなかった。目の前にはミミズのように何本もの内臓が垂れ下がっていた。

 執事の言葉、動くなということなのか。

 腹は確かに致命傷ではない。無理に動かなければ出血は増えない。

 その言葉の真意は、それからすぐに分かった。


 こちらに接近する足音、走っている。

 すぐ近くで、悲鳴も上がっている


「ホウラァ、ツカマエタァ!」

「はなして、はなしてー!!」


 サラの声だ。

 もう一つは、裏返ったような甲高い声だ。呂律が回っていない。

 執事の隙間からわずかに這い出す。

 一方は、人間の大きさではなかった。全身が羽に覆われており、鳥を想起させる。

 その怪物に、サラは啄まれていた。


「その娘で最後、のようですね。上出来、です」


 新たな声、人に近いが、怪物だ。


「クッテイイ!? クッテイイ!?」

「落ち着きがない、ですね。使徒が、来ます。早く、行きましょう」

「ワアアアアァァァァ!」


 サラが殺される。

 だが、体に上手く力が入らない。


「たすけて! たすけて!」

「クエエエッ! コケーックエッ!!」


 怪物が妹の胴を食む。下半身がみるみる内になくなっていく。

 悲鳴と生々しい音が重なる。

 聞きたくない。だが、体は脱力したままだ。

 恐怖しているのか。今までなぜ、生きていた。まるで意味がない。

 その時、サラがこちらを見た。

 見えていたのか分からない。わずかな灯りはあったが、暗闇と変わらなかった。

 だが、妹は貪り飲み込まれる前に、こちらに手を伸ばしていた。

 何か、言葉を発しながら。



――聖暦、十九年。

 聖都西門前、マグナスは剣を振り落とせなかった。

 決闘は、それで決着した。

 

「……僕の負けだよ」

「ま、まだ何も」

「いいや、僕の負けだ」


 マグナスが剣を納める。

 グレイスの頼みもあって、持っていた真剣を使って決闘を行った。

 傷つけようという気はなかった。少し脅かしてそれで聖都を去ると。だが、グレイスは一切退かなかった。

 その時点で、負けだったのかも知れない。


「さあ、僕をどうする?」

「どうするって……残っていただけるんですか?」

「そうだね。そういう約束にしてたから」


 グレイスが何度か口をぱくぱくとさせた。

 マグナスが門から離れ始める。


「マグナスさん」

「修練場に戻ろう。もうすぐ、朝だ」


 グレイスがマグナスの背を追う。その動きは、かなり遅い。マグナスも自然と歩くペースを落としていった。

 聖都の通りにはまだ人がいる。

 忙しない場所だ。使徒も、それを支える人々もいて聖都が作られている。

 ベリアロス地方の故郷もそうだったのだろう。

 だが、あの日、使徒の到着は遅かった。

 マグナスは一命を取り留めたが、屋敷にいた人間のほとんどは皆殺しだった。家族の何人かは、屋敷の外で働いていたことで無事であったが、それもごく少数だ。

 後から知ったが、父は使徒の支援者だった。

 だから、狙われたのだろうとマグナスを助けた使徒は言っていた。

 それなら、尚のこと助けるべきじゃなかったのか。

 怒り。

 その感情を抱えたまま8年もの月日が流れていた。


「マグナスさん、どうして斬らなかったんですか?」


 グレイスが唐突に切り出す。彼女の金の瞳はマグナスの目を見据えていた。


「どうして? それを話しても仕方がない気がするよ」

「……ただ、知りたいんです。マグナスさんのことをもっと知りたいんです」


 真剣な表情だ。

 グレイスにも時々頑固さが見える。いや、一度やり出したらやり切るという執念とも言い換えられるか。

 同時に、そのひたむきさが眩くもある。


「……君の姿が、死んだ妹と被った。急にね」

「妹さんと……?」


 今でも夢に見る。

 あの時、なぜ助けられなかったか分からない。だから、今も血の滲むような努力をしている。


「何かにつけて僕と遊ぼうと。いつもくっついて来たよ。……明るくて純粋な、いい子、だったよ」

「マグナスさんのことが大好きだったんですね」

「ああ、死ぬ時も――」

「分かります。マグナスさん、とっても親切で優しくて頼り甲斐があって、それで――」

「待った、それ恥ずかしくなるやつだ……」


 マグナスが手で制す。

 眼がいいグレイスは、人のいいところをよく見つける。そして、本人の性格も非常に善良だ。

 この攻撃は候補者の誰もが受けている。


「でも、私を斬ろうとしなかったのは、マグナスさんがちゃんと考えられているってことだと思うんです」

「ちゃんと……? 君ほどじゃないけど、僕も考える側の人間だと思うけど」

「す、すみません……! 変な言い方しちゃいました、えっと……」


 グレイスが指を頭につけて考える素振りを取る。

 そのまま少し歩いたくらいで、そうだと閃いた。


「家族の仇討ちとマグナスさんはおっしゃいました。それで、仇討ちを優先する中で、聖都から出て仇を探しに行こうとしました」

「そうだね」

「それだったら、私も斬ることができた、と思うんです。なぜなら、私は仇討ちの邪魔になっていたから。でも、マグナスさんはそうしなかった。つまり、マグナスさんの理性が勝った、ということじゃないでしょうか」

「……なるほど」


 手振りを忙しなくしながら、順番に言葉を繋げ切る。言葉を選びながらで片言気味だが。

 

「それに……妹さんがきっと止めようとしたんだと思います」

「……それはどうして?」

「マグナスさん、妹さんがいつもくっついてきた。ということは離れて行かないように何度かマグナスさんを呼び止めたりしたんじゃないでしょうか?」

「……うん」


 サラの姿が脳裏に浮かぶ。

 置いてかれそうになると彼女はなきべそをかいた。その度に背にくっつけていた。


「私もアンによくそうしてたんで、なんとなく分かるんです。きっと、先に行ってしまわないようにマグナスさんを止めていたんですよ」

「先に行ってしまわないように……か」


 グレイスの言葉を借りるならば、それは理性というのだろう。

 夢に見るのは、サラが思い留めさせようとしているのか。

 一瞬でもそう考えた。

 マグナスはついつい笑みを浮かべる。


「ふふ、グレイスもアンリに泣いて頼んでいたのかい?」

「う……! ……はい、そうです」

「彼女、それで戻って来るの?」

「どこかに行ってしまいます。……その後は、毎回の如く疲労と痛みから気絶していました」

「ほ、ほんとに大変だね。すまない、そんな体なのに無理させてしまって」

「いえいえ! こちらこそ、話を聞いていただいてありがとうございました……!」


 グレイスが深々と頭を下げる。

 彼女は初めて会った時からずっといい子だ。

 だが、それだけではない魅力がある。ただ単に、心配なだけかも知れないが。


 二人は修練場に到着する。

 中はバタバタと騒がしい音を立てていた。


「何かあったのでしょうか……?」

「た、多分ね。僕が責任を負うから心配しないで」


 マグナスが修練場の扉に手をかける。そこはまだ廊下部分だが、なんとなく躊躇いがあった。

 すると、いきなり扉が開かれた。


「早く入れ」


 脇から急に現れたのは、アンリだった。

 どこから現れたのか。


「お、おはよう、アン。……もしかして、聞いてた?」

「? なんだ、うじうじ泣き虫……か」

「……ううっ!」


 グレイスが顔を真っ赤にする。それを見てアンリは高笑いした。

 その声を聞いて、続々と人が集まる。


「マグナス! どこ行ってたんだよ」

「ニル、すまない。皆にも迷惑をかけた。これから――」

「マグナスさん……見損ないましたわ……!」

「……ん?」


 エンリカの体が小刻みに震えている。

 それを見るノトゥの顔が青かった。マズイことが起ころうとしている。

 いきなり、エンリカがマグナスの胸ぐらを掴んだ。


「グレイスさんと駆け落ちなんて……ワタクシが認めませんわ〜!!!」

「ちょっとま――」


 マグナスの視界が逆になる。

 そして、激しい衝撃が背中から生じる。


「エンリカ、落ち着いて! 皆、エンリカを止めるんだ!」


 ノトゥの声だ。

 だが、その声は悲鳴にすぐに変わった。

 意味不明な大乱闘が始められた。


「大丈夫ですか! マグナスさん!」


 手が差し出される。グレイスの小さな手だ。傷を治した痕跡が痛々しい。

 その手を取る。

 細いが、意外としっかりとしている。

 そう感心していると、彼女はその場でひっくり返ってしまった。

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