復讐者 ①
顔をシワシワにしている候補者たちが増えてきた。
夕方の食堂は皆にとっての憩いの場だ。
だが、今は負傷兵の収容する拠点のようになっている。毎日の修練がそれほどまでに厳しいのだろうか。
「あちち!」
「ごめん。もう少し冷ますね。ふーふー」
「はむ、はむはむ、ゴクン。ありがとうございます、ペルラさん」
パンをスープに浸して食べさせてくれている。
ティアだけは療養に専念していた。
まだ魔力機能が正常でない。肉体の傷の治りも遅く、未だに腕や肉体を固定するようにしている。アンが回収したお陰で、カルドに斬られた指はまた使えるようにはなったが。
食事も簡単には行えない。
だから、ペルラに食べさせてもらっていた。
「もっと食べて」
「は、はい。……美味しい」
「もっともっと」
過酷な修練の後でも、ペルラはいつもと変わらない。
一方で、他の候補者たちはボロボロだ。
のたりのたりと緩慢に動きながらなんとか食事をしている。
「皆さん、大丈夫でしょうか?」
「死んでしまいそうですわ〜……」
エンリカが濁声を混ぜながら答える。他の面々も似たような反応だ。
見学という形で、その過酷さを観察していた。
再現の部屋で、環境を反映させた修練が始められている。その中では、仮想敵としてレムレスも用意しており、常に実戦の意識を持たせている。
その上、魔力の応用技術である流動、技形、共生も常に使われていた。共有魔法で魔力の補給はできるが、肉体の魔力を行使し続けるのは相当に苦しい。
しかし、全員の士気は高かった。先日のカルド・ボア来襲をきっかけとしてグレゴリーを中心に候補者たちを鼓舞していた。
西方遠征に向けての最後の頑張りだ。
食事を終えて、片付けに入る。
ノトゥの協力により滞りなく食器を運べた。
「グレイス……ちょっといいかな……?」
2階に上がる前、耳元でノトゥに声をかけられた。
「どうしたんですか……?」
「マグナスなんだけど、今日はどう見えた……?」
「どうって……」
ティアが唸り声を上げる。
朝からマグナスの声が少し小さかった。態度はそこまで変わらない。
「実は、カルドと戦ってから少し様子がおかしいんだ……あの時のマグナスを知っているかい……?」
ティアは考え込むも、ゆっくりと首を横に振った。
その様子は記憶にない。
カルドの一撃を防いでからずっと気を失っていたからだ。目覚めてから自分たちを助けるために戦ったと聞いて、ティアはすぐに感謝を告げに行っていた。
「あの、少し様子がおかしいとは……?」
「え、えっと、血気盛んというか……楽しそうじゃないニルというか……」
「何かあったんでしょうか……?」
「……多分大丈夫だとは思うけど」
ノトゥが頭を掻く。彼の目線が若干泳いでいた。
その夜のことだ。
皆が寝静まった頃、ティアは一人で中庭にいた。
深く息を吸い、吐く。体内の魔力を集めては散らせることを繰り返していた。
魔力解放により一度体内の魔力を全て消費して以降、肉体の魔力調整が誤作動を起こしている。
そのため、安定化するまでは激しい修練はできなかった。
元々、魔力解放は時空図書館で得た技術だ。
図書館の利用を特別に許可された際に、たまたま読んだ本の中に書かれていた。今では使用されなくなった禁じられたものであること、その効果に危険性、いずれも理解した上で使った。
当然、グレゴリーやヨハンナには怒られた。
魔力を消費し切って大きな力は得られる。だが、その反動で魔力のなくなった肉体は昏睡、あるいは死を迎える。現代で、なぜ使われなくなったか考えたのか。
冷静な口調でそう言われた。
もし、再び魔力解放を使えば、また多くの人に迷惑をかける。そうならないためにも、地道な修練が大切だ。
幾らか時が流れた後、ティアは女性部屋に戻る。
開けようとした時、隣の扉がゆっくりと開いた。
反射的に、女性部屋に入って身を隠す。
「…………あれ……マグナスさん……?」
出てきた人物は、マグナスだ。
暗闇でも後頭部で結われた赤髪は意外と目立つ。だが、それ以上に目を引いたものがあった。候補者の制服を着ていなかった。また、大きな袋を担いでいる。
彼は扉に向けて頭を下げる。続けて、ティアのいる方に顔を向けた。
「……グレイス」
「こ、こんばんは……」
二人は目が合ってしまった。
静寂が流れる。
最初、マグナスは口を薄く開いていた。だが、唇を噛み締め、視線をわずかに逸らすといった形で変化してしまった。
次の言葉をどうするべきか。
「あ、あの……夜風でもどうですか……? 私、少し汗をかいてしまいまして……」
「夜風? ……そうだな。分かった、ご同行しよう」
マグナスがティアに手を伸ばす。大きくて、指の付け根の辺りがふっくらとしている。
聖都の夜を二人は歩く。
風が少し吹いている。もうすぐ冬だから少し冷たい。
空には雲がなく。月が浮かんでいた。
だが、聖都は月明かりを必要としていなさそうだ。店舗のほとんどが閉店しているが、灯りが間隔を空けて設置されている。
そのお陰か、この時間になっても人の通りがある。
「綺麗ですね。私、聖都の夜、初めてなんです」
「繁華街はもっと賑わってるよ。それこそ、昼間と変わらないくらいに」
「繁華街ですか、……昔、少しだけ行ったことがあって。でも、人がすごいですよね」
「すごいね。ニルもあたふたしてたよ。行ってみる? ……いや待った。グレイス、君は確か12歳……」
「はい。12になりました」
マグナスは今年で19歳になる。使徒候補者の中では、最年長だ。だからか、落ち着いた雰囲気を前々から持っていた。
血気盛ん。感情を剥き出しにするなんてあるのか。
「12……さすがにその年だと……門前払いされるかな。もう少し、大人になる必要があるね」
「私のいた世界では12歳が成人でした。実は、もう大人なんです」
「えっ! そうなのか……僕の故郷は20が成人なんだ。聖都ではどうなんだろう」
「……つまり、マグナスさんはまだ未成年」
「いや、多分ここでは成人のはずだ。間違いない」
マグナスが慌てたように指を振る。
その後、ティアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「……成人でも、君みたいな華奢な子は多分相応しくないよ」
「それってどういうことですか……!」
「まあまあ。あっはっは」
マグナスが爽やかに笑った。
大人と幼児ほどの体格差がある。この世界に来てから身長が少しずつ伸びていることが自慢になっているとはいえ、同年代の女子と比べても体の発達は遅れている。
ティアが少女であることに変わりはなかった。
修練場が少しずつ遠ざかる。背後に見える尖塔はいつまでも高い。だが、マグナスの足取りは聖都の外壁方面へ進んでいた。
「……ちょっと聞いてもらっていいかな」
軽い話をしている中で、マグナスの声がわずかに低くなる。
「はい、私でよろしければ」
「君は本当にいい子だな。……実は、ここを去ろうと思っていたんだ」
微笑んだ。だが、その色には憂いがある。
「どうしてですか……?」
「……僕がこの計画に参加した理由って、誰かに聞いたりしてる?」
「いえ……」
理由や目的を聞こうという気にはならなかった。話したくないと思う人もいる。
「家族の仇討ち。僕はレムレスに家族を殺されたんだ。……全員、惨たらしく」
「ご家族を……」
「そして、そのレムレスは自らを十二氏族の長と名乗っていた、らしい。情けないことに、僕はその時気を失っていた。生き残った従者の一人からその話を聞いたんだ」
「十二氏族……カルド・ボアですか」
マグナスが頷く。ティアの手が痛みを生じる。彼の手に少しだけ強く握られた。
「奴を辿れば、家族の仇も分かるはずだ。……奴こそが家族の仇なのかも知れない」
「それならば、皆さんと協力して十二氏族と戦えば」
「できるならそうしたい。だが、現実は違う。計画は計画として動いていて十二氏族はただの障害の一つでしかないという様子だ。都の使徒も、積極的に奴らを倒そうとする者は少ない」
マグナスの声が沈んでいく。だんだんと表情に陰がかかり始めていた。
「……修練の内容は素晴らしい。教官方はとても親身になってくれる。だが、彼らも計画の範疇なんだ。修練や知識は明らかに統制されている。グレイス、君もそう感じないか?」
ティアは口を閉ざす。言葉を返すことはできる。だが、彼の言っていることもまた事実である。
ヨハンナは主張していた。使徒育成計画は段階的に進めるべきだと。修練内容の単純化や知識の統制は、指導される側の成長を阻害しないためだ。時に方向性の調整として付加することはあるが、間違ってはいない。
「……すまない、何かを否定しようというつもりはないんだ。ただ、僕の行動を理解してもらいたい。そんな子どものようにわがままを言っているに過ぎないんだ」
「……そうですね」
夜闇にも響かない声でティアは呟いた。
しばらく、歩いていてると城門前までやって来た。
壁内の建物より二回りは大きい城壁に楼閣が見える。門も威圧を感じさせる造りで飾り気はない。
城門は閉まっている。夜間は通行禁止ということなのだろう。だが、端にある潜り戸には明かりがついていた。
「ごめん、ここまで付き合わせちゃって」
「大丈夫です。……それより、本当に行ってしまうんですか……?」
「ああ。しばらく待ってから行くよ。薄明までもう少し。そうしたら、通行が可能になるだろうから。……あ、もしかして帰る時に一人になることを心配……していたり? しまったな……そんな簡単なことに気づけなかった」
マグナスが頭を掻く。その動作は少しノトゥに似ている。
マグナスらしくない失敗だ。元々は一人でこっそり行動する予定だったからだろう。
真っ直ぐな人だ。ひたむきに努力し、自分が正しいと思う行動を取る。
ティアには、そんな信念がなかった。
物心ついた時から、何でもアンに決めてもらっていた。マーテルたちに拾われた時も、ハンムックと暮らした時も誰かに縋ってばかりだった。
最近、少しずつ自分の意思を伝えられるようにはなって来ている。
だが、人の信念を前にすると考え込んでしまう。
ティアはふと周りを見渡した。
城門より百歩ほど離れた場所に広場がある。
手頃な広さだ。誰かがいると一瞬思ったが、微動だにしない人形が何体かいた。
時間はない。
決断するなら今だ。
そうでなければ、後悔するだろう。
「マグナスさん、お願いがあるんです」
「何だい?」
「私と……決闘して下さい」
「えっ?」
マグナスの黒眼がティアをじっと見つめる。
「もし、私が勝ったら……ここに残っていただけませんか?」
「……どういうことだ?」
ティアがマグナスの手から離れる。
「……私はカルド・ボアと戦いました。アンやマグナスさんが来るまで。なので、その力の程は少しだけ分かります。……私には、あれ以上カルド・ボアと戦って生き残る想像がつかないんです」
ティアは言葉を探していた。マグナスはそんな彼女を黙って見つめている。
「……私に理解させていただけませんか? マグナスさんが、カルド・ボアや他のレムレスたちと戦っても大丈夫であるということを」
「……はは。君はやっぱりまだ大人ではないかな。でも、これでおあいこか。……いいよ」
マグナスが小さく笑った。
「それでは」
「だけど、一つ条件がある。君は手負いだ。だから、倒したと同等の事柄が起きたら僕の勝ちでいいか?」
「いえ、全力で来て下さい。私も、今出せる全力を出します」
「……分かった。そこでやろうか」
マグナスが広場を指差す。
胸の鼓動が早まる。
らしくもなく言ってしまった。
自分は負けるだろう。何もできずに。修練でも勝った試しがなかった。
だが、何もしないよりきっといいはずだ。




