魔力応用術
ティアはまだ眠っている。
アンはエヴァールの部屋で横になっているティアを見ていた。
死んでいるかのようだ。目を瞑り、寝息は小さい。痛々しいほどに包帯が巻かれている。
カルド・ボアというレムレスの来襲があってから3日が経過した。
先日までかなり慌ただしく、アンもそこそこ振り回された。負傷者もそうだが、聖都近郊とはいえ敵対するレムレスの首長が現れたことが重要であったらしい。
今は、諸々の作業が終わり、修練が再開されている。
「アンリ、いつまでサボる気かの」
エヴァールがしわがれた声を出す。
すでに三日三晩、エヴァールはティアに付いている。魔力の共有を続けており、同時に生体情報を常に把握しているという。
「私には必要ない」
「それはそうかも知れんのう。お主は、ずっと強い。何もせずともそれだけの力を持っている。候補者の皆が羨む訳じゃ」
「……このまま目を覚さなければどうする?」
西方遠征が控えている。ティア以外ならば、そのまま続けるだろうとアンは予想していた。
「……責任を持って看病しよう。アンリ、お主も心配なら残るといい。きっと、グレイスも喜ぶじゃろう」
「看病? 監視……だろ?」
「そう言い換えられるやも知れんな。だからこそ、お主が残る意味もある」
エヴァールは背後のアンに一度も振り返らない。
修練でも人に合わせるのが得意な老人という印象だった。今そうしないということは、それだけ治療に専念している証拠か。
ハンムックと同じ臭いがする。いや、幾分かマシか。
「……また来る」
「ああ、気をつけてな」
部屋を出ると中庭が目に入った。
七人の候補者と二人の監督者がいる。監督者が同時にいるのはあまり見ない光景だった。
ペルラ、ベル、マグナスの姿もある。
「先日、カルド・ボアが現れた。十二氏族の亥族の長であり、西方を霧で覆ったとされる男だ」
グレゴリーが落ち着いた声量で話す。
「教官、十二氏族とは?」
「西方のレムレスの中でも有力な十二の種族、と言ったところだな。その一つ、黒き体毛を持つ巨大なイノシシといった特徴を持つのが、カルドが首長を務める亥族だ」
「つまり、俺が戦った敵は全ての元凶だった……?」
マグナスが拳を握り締めている。
彼もあの場にいた。一度だけの交戦だったが、ほとんど何もできず倒されていた。殺されなかっただけ運がいい。
「マグナス、落ち着け。目立つのが奴くらいというだけだ」
「目立つのが?」
「現在も活動している十二氏族の内、最も活動的で最も戦闘に特化したのが奴だ。一方で、裏方のような役目の者もいる。ということだ」
「……分かりました。それで、僕はどうやったら奴らに勝てますか?」
「その方法。いえ、対抗策をこれから教えます」
両目を閉じているヨハンナが答えた。彼女が出張るということは、おそらく魔力関連なのだろう。
「……アンリ、こちらに来ていただけますか?」
こちらに一瞥もせずヨハンナが言う。
候補者の何人かが辺りを見渡し始める。そして、ペルラがアンを発見し、手を振る。彼女の動作は、他の者たちにもアンの位置を報せる。
「アンリちゃんだ! おーい!」
「またサボりですわね!」
「逃げるな卑怯者!」
「アンリちゃーん! 降りてこないとこれダゾ!」
「俺と戦え!」
候補者たちが好き勝手騒ぎ立てている。
行かない方が楽だ。しかし、ヨハンナの理論は役に立つ。参考程度にするのもありだった。
アンは窓を開けて、中庭へと降り立つ。
「あらヤダ! アタクシの黄色い声援に応えてくれたのネ!」
「グレゴリウス・テラウス、少し黙りなさい。貴方の醜態は記録しておきます。……コホン、よくこちらに来ていただきました。では、早速……」
ヨハンナが両眼を開く。光のない真っ白な瞳だ。
「修練では基本以上の発展形を教えていません。魔応、魔変、魔制の基本三魔をしっかりと鍛えなければ使うことができない、というのが理由の一つとしてあります。……しかし、基礎はある程度できています」
「勿体ぶる……な。さっさと終わらせろ」
「……そうですね。アンリの意見はもっともです。……一つ目、流動。全身に魔力を行き渡らせることができる技術。身体の強化から保護、魔力の効率化など幅広い効果をもたらします。これは、すでに既知の知識かも知れませんね。アンリ、貴女もこれはできるのでしょう?」
ヨハンナの口調には確信がある。
誰に披露したつもりはない。カルドとの戦いで初めて使ったが、目撃していたのはペルラとマグナスだけだ。
「……ああ。これだろ?」
腕を上げて見せようとした。
その時、グレゴリーが踏み込んだ。剣による斬撃が上段から振り下ろされる。
アンは一歩前に出る。
魔力を腕に流してから剣の根元の部分を掴んだ。衝撃が風となって地面を伝い周囲に広がっていく。
「何の真似……だ?」
「流動、できてるみたいだな。一瞬だが」
「……ちっ」
グレゴリーが歯を見せて笑っていた。彼の言う通り、アンは一瞬しか魔力を使えない。
驚くほどに少量だ。炎一つ発現できないほどに魔力がない。だが、一部分に短時間だけの流動であれば、アンでも使用可能だった。
ティアとは逆の性質だ。向こうは肉体が、こちらは魔力がおかしなことになっている。
「えーいつの間にできるようになってたのー!?」
「やかましい、にわとり2号」
「にわとりじゃないもーん! ねえねえいつからなのー?」
「わかった、グレイスとお風呂入ってた時だ」
ペルラが正解を言う。アンは思わず目を細めた。
女子なら知られているが、ティアはよく覚えた魔力や知識の実践をする。自慢気に魔力を纏っていたため少し対抗心が燃えたのだろう。アンは試しにやってみたところすぐにできた。
「……どうでもいい。で、流動の次は何かあるの……か?」
「はい。流動は魔力と肉体の両方を結びつけるための技術です。残り二つ、技形、共生と私たちは呼んでいます。エンリカ・フランツ、ノトゥ・ウィンラント」
「はい!」
二人が前に出る。両者とも、生まれに使徒が関連している。
「エンリカ・フランツ、貴女は技形を。ノトゥ・ウィンラント、貴方は共生を行ってみて下さい」
「はい、火炎魔法!」
使われた魔法は同じだった。炎が手のひらで揺らめき始める。
「まず、技形からいきますわ! ここをこうして……」
エンリカが空いた手の指で炎をつまむ。すると、炎は指に引っ張られて横に縦にとその形を変えていった。
そうして出来上がったものは、はにわのような滑稽な形をしていた。
「完成ですわ!」
「かわいいいー! お人形さんだ!」
「いいえ、ワタクシの執事だった者を模したものですわ。その名に相応しい働きをしっかりしますのよ?」
つまり、あれは人なのか。
エンリカが炎のはにわを地面に置く。
すると、はにわは跳ねるようにして前に進み始めた。
「面白いね。エンリカ、これはどんな効果があるんだ?」
「指示を与えた場所に向けて歩き出しますわ。今の指示は、ペルラさんに体当たりするように出しましたわ」
「うん。すごいこっち来てる」
ペルラに向けて、炎のはにわがずんずんと歩いて行く。そして、彼女の足に当たると小さな炎を発して消滅した。
「消えちゃった」
「もっと大きくすることもできますわ。と、このように火炎魔法は魔力を集中させて炎を出す魔法ですが、魔力そのものの性質を変化させればこのようなこともできますわ。フランツ家の基本であり、最も――」
「はい。では、次はノトゥ・ウィンラント」
ヨハンナがエンリカの言葉を遮る。
懸命な判断だ。お嬢さまの口は一度開いたら気が済むまで止まらない。
ノトゥは手のひらから火を放出する。
以前、シーザーとの模擬戦の中で見たものだ。
「それ、見たことある」
「あはは……これが共生なんだ。魔力に合わせて肉体を変化させるって感じなんだけど、これは炎を撃ち出すという性質を手のひらに与えているんだ。技形と違って自分の体が重要になるんだよ」
「ふーん」
「興味なさそうだね……ヨハンナさま、遠征まで残り二か月半です。修得にはさすがに時が足りないのでは……」
ノトゥの困り眉が見える。薄味な説明からして、監督者たちの考えが読めていないようだ。
ヨハンナが目を閉じる。
「確かに、時間はないです。しかし、体験した者ならば分かるでしょうが、西方にはあれだけの強敵がいます。自らを守るためにも身につけておけば、何かの役には立つでしょう。時間を掛ける意味はあります」
「そのために、俺たちも本気で取り組む」
「これからは私たちの修練を合わせる形で行います。戦闘の中での実践的な魔力、それを必ず身に着けるのです」
ヨハンナの強めな言葉。表情に若干の暗さがある。
騒がしく元気なグレゴリーと比べるとその差がよく分かる。
「とまあ、そんなところだ。お前ら、再現の部屋に行くぞ。俺に付いてこい」
グレゴリーの掛け声と共に候補者たちが移動を始める。
結局はやることがそこまで変わらない。理論を回数で体に叩き込む。
だが、この一年効果はあった。実際、ティアに関しては技術と知識の修得量は候補者一と言っていい。
「アンリ、貴女はいいのですか?」
ヨハンナが側に立っている。また盲目の状態だ。
「私はティアと違う。それは見ていれば分かるだ……ろ?」
「はい。顔だけでしょう、少し似ているのは」
「……よく言われる。実際、今の私の役に立ちそうなものはあるの……か?」
「技形・共生、どちらも完全に使いこなすには、やはり魔力が必要です。しかし、共生は理解するだけでもよいでしょう。魔力に合わせて肉体を変化させる。それは魔力に対する耐性をも得られます。あらゆる環境に対応できるようになれば、貴女は更に強くなる」
「なるほど……な」
ヨハンナの話はエヴァールと同じくらい長い。だが、貴重な情報だ。
しばらく、アンは黙った。
ヨハンナは彼女の動きを待っていた。ハンムックたちと違い、ヨハンナやグレゴリーはまだ考えが読みやすい。
話題の転換を狙っているのだろう。
「……貴女の力はすでに使徒に比肩します。いや、それ以上かも知れない。これ以上、ここで学ぶべきものがないと思えるほどに強い。先日の戦いがよい証拠でしょう」
「運良く生き残っただけ……だ」
「この眼で見ていました。運がいいで片付けられるものではありません」
ヨハンナが片眼を開く。
遠視の魔法か。あるいは、魔術と呼ばれる固有能力なのか。いずれにしても、ヨハンナの動作自体に何か意図があるのは間違いない。
アンが目を細める。
ずっと監視されていたということか。
しかし、それを明かす必要はあるのか。
「ですが、私としては構いません。その力は、グレイスさんやペルラさん、ベル、マグナスくん、四人を助けました。……これから先、もっと貴女の力が必要になると思います。どうか皆を助けてあげて下さい」
ヨハンナが小さく頭を下げる。
アンが目を見開く。口調にも穏やかさがある。裏があるとは思えなかったが、あまりに普段の様子とかけ離れている。
「……奴らは、救われたと勝手にほざいているだけだ。私は、ムカつくやつを殴った、それだけ……だ」
「それでいいのです。……ですが、ロマーノ家やクロヴィス家に喧嘩を売るのは避けていただけると助かります」
ヨハンナの声色が下がった。
本来の形だ、アンは眉間に手を当てた。
「……目を覚ましたようです」
不意にヨハンナがそう呟く。
ティアだ。
アンは大きく跳躍し、自らが通過した2階の窓に手を届かせる。
縁を掴み、勢いをつけたまま窓をするりと通過すると、エヴァールの部屋に入った。
「ティア……!」
「おお、アンリか。はよう、こっちへ」
エヴァールが寝台から数歩分離れる。
アンは横になっているティアの顔を見る。
「……アン」
金の瞳が薄く光っている。その中に、アンの顔があった。
「……皆さんは……?」
「犬みたいに走り回ってる。お前も行く……か?」
「……うん……よかった」
ティアの頬がわずかに上がる。
ここまでティアが眠ったのは久しぶりだった。だが、気分は良さそうだ。
勝手な奴だ、アンはそう呟いた。
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
書く時間ができましたので、久しぶりの後書きです。
本作品は、
月曜〜土曜日、
17時10分〜18時10分の投稿となります。
明日、8月16日は投稿した分の誤字や脱字、描写チェックなどを改めて行います。
改めて、これからよろしくお願い致します。




