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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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十二氏族の来襲 ③

 ペルラの背が遠ざかっていく。

 土煙が漂う中、ティアはベルを引っ張り出した。

 戦ってはならない。そう直感するほどに相手は強大だった。今まであった強者、ハンムックやグレゴリーとも全然違う。どんなレムレスも比肩にならないくらいの強さだ。


「ペルラさん!」


 叫ぶように言うが、ペルラは止まらない。銀の髪をたなびかせながら男の眼前にまで迫る。

 ペルラが剣を振り上げる。凄まじい速さだ。修練でも見たことがない。

 だが、剣は空を切った。


「ぐうっ!」


 蹴脚が足元から飛ばされ、ペルラはまともに胴で受けた。彼女の体が高く跳ね上げられる。気づけば彼女は数十メートル上空だ。

 男が一瞬でペルラの前に来る。軽く跳ねようにティアには見えた。だが、1秒も満たない時間で追撃に入っていた。

 男はすでに剣を振りかぶっていた。

 男の眼が光っている。ギラギラとした黒い瞳が赤みがかっていた。

 ペルラを両断する気か。いや、それよりなぜ彼と目が合っているのか。


「障壁魔法(アンキレ)!」


 両手で障壁を展開する。次の瞬間、男が剣を振り抜く。

 風。嫌な予感が全身を駆け巡る。


「グレイスちゃん!」


 背中に強い衝撃。ベルがティアに体当たりをしていた。

 前のめりに二人は転倒する。同時に、冷たい風が指に走る。


「うっ……! ベルさん、起きて下さい……!」

「うん。あれ? グレイスちゃん、それどうしたのー?」


 ベルが指差す。まだ何も違和感はなかったが、それを見てティアは目を見開く。

 中指の爪の部分がない。その断面からは肉と骨が露出している。

 痛みはまだなかった。これから激しくなるのだろう。それは耐えられる。

 だが、障壁魔法(アンキレ)の上半分が切り取られている。透明で目視し辛いが、転倒したことで魔法が発現している部分に土が付着していた。その上半分が何もないように綺麗だった。

 ベルに幸い怪我はなかった。彼女がいなければ、腕ごと上半身を両断されていただろう。


「避けろ!」


 どこからか声が聞こえた。だが、確かめる余裕はなかった。


「負荷魔法(プレティウス)!」


 ベルを連れて前に走る。自分たちがいたから次々とくり抜かれるような音がする。

 振り返って状況は確かめられない。だが、地面がえぐられているのだろう。

 そうすると、一つ分かったことがある。

 男は剣を振ることで、斬撃を飛ばす。だから、軌道上にいたものが両断されていった。

 つまり、背後の地面がえぐられているということは、男はまだ空中、あるいは高みにいる。

 ティアはアンの動きを思い出す。ゲタイとの模擬戦で見せた兎のような動作。直線的にならず、ジグザグと移動する。切り替わる瞬間を狙われないよう、跳躍も挟む。

 なんとか攻撃を外していく。だが、魔法の効果が切れそうだ。負荷魔法(プレティウス)は長く持続できるような魔法ではない。


「グレイスちゃん! ペルちゃんが!」


 ベルの声。他の音を聞く。斬撃の雨は止んでいる。

 付近の倒木の陰に隠れる。


「はあっ……はぁ……はぁ……」


 魔法、更には流動がなくなる。全身が痛み出す。指からも血が噴き出る。

 息を整えつつ戦況を確かめる。


 ペルラと男が地上に降りて、戦っている。

 その戦い方は特殊だ。一撃を放つと、近くの倒木に隠れる。そして、別の場所から現れて一撃を加える。これを繰り返している。

 男の剣が巨大なことがその戦術を助けている。凄まじい速さで振ってはいるが、まだ目で捉えられる範囲だ。その時間を一瞬たりとも無駄にせず使えれば、ペルラはあのように動ける。

 ペルラに大きな怪我はない。だが、男は無傷だ。

 すぐに助けに行かなければならない。


「……ベルさん、時間を稼ぎます。……逃げて下さい」


 次の呼吸で行く。ペルラが脱出するだけの隙を作る。

 だが、ベルが手を握ってきた。小さいが強さのある手だ。


「やれることやらせて! みんなで帰ろう!」

「……分かりました。援護を、お願いします……!」


 赤いリボンの少女の顔がいつもより大人びて見えた。

 ティアが生唾を飲み込む。災厄の只中に飛び込もうというのだ。見極めが最も肝心であった。

 深く息を吸う。男がペルラの動きに合わせてきているように見えた。今、彼の意識は彼女に割かれているということだ。

 一瞬の静寂、男が剣を構える。


「行きます……! 追風魔法(アウラ)!」

「共有魔法(ポリシン)!」


 足元から勢いよく風が起きる。ティアとベルの肉体は宙へと浮き上がった。

 男の背中を捉える。彼の周囲の霧は晴れていた。力を常に使っているのだろう。

 

「ふーっ! 負荷魔法(プレティウス)! 水竜魔法(ウォルト)!」


 瞬時に巨大な水球を作り上げる。直前の強化によって霧の集約速度、量の最大値を上げた。

 男に向かって投げつける。速度は緩慢だ。だが、彼ほどの猛者ならばまともに受けには回らないだろう。

 ティアは斜め下に体を向ける。


「追風魔法(アウラ)!」


 横目で男の姿を追っていた。彼と目が合った。一瞬の反撃が来る。

 二人の体が勢いよく下方に向かっていく。直後、甲高い音が後方を通り過ぎた。

 男は回転していた。そして、円を描くように周囲に斬撃を飛ばしていた。

 だが、水球を切り裂いた。二つに分かれた球は、切り口から水を溢れさせる。やがてそれは洪水のようになり男に覆い被さった。切断しても、水は多ければ再生する。


「共有魔法(ポリシン)……! グレイスちゃん、前! 前!」


 地面が迫る。目の前に向かって魔法を。

 もう一度風を起こそうとした時、何かがティアたちの体を掴んだ。

 見慣れた銀の髪が視界の端に収まる。


「ペルラさん!」


 まだ空中に浮いている。地面は目の前だが、ゆっくりと距離が詰まる。だが、また遠ざかっていく。

 三人は方向に飛んでいた。ティアとベルはペルラに担がれている状態だ。


「逃げるよ」

「……はい! お願いします……!」


 ペルラの後方からは水の波が迫っている。先ほど、男に放ったものだ。

 逃げる、そう言ったのは倒したという確信がないからだろう。ティアも同じ感覚を持っていた。

 だが、足止めにはなっているはず。そう考えた。

 その時、大気が歪んだ。

 いや、空間がパズルのように線が入っている。それも無数に。

 直感を得るよりも先にティアは叫ぶ。

 そして、波が弾け飛んだ。木々が粉微塵になり、死の風が彼女たちを襲う。


 視界がしばらく無くなった。上下左右が分からなくなり、頭が揺れ続けた。

 死んではいなかった。だが、現実とも思えなかった。

 気づいた時、目の前にはペルラの体があった。隣にはベルだ。

 自分は仰向けになっている。

 立ち上がろうとした。だが、ペルラの体が重い。全身も激しく軋んだ。骨が何本も折れているようだ。


「うっ……グレイス、ベル、大丈夫?」

「なんとか……。ベルさん、ベルさん……」


 聞こえたのかベルが頭を振る。大きな怪我はなさそうだ。この中では最も軽傷だろう。

 なぜ、誰も死んでいないのか、ティアには分からなかった。

 そう思うほど、凄まじい現象だった。

 辺りを見る。地形が変化している。

 身を隠せるような大きなものが全てなくなり、無数の傷が大地に刻まれている。

 男は、真っ直ぐこちらを見ていた。

 すでに剣を構えている。


「……まずいな」

「……障壁魔法(アンキレ)」


 男に向けて手をかざす。障壁が展開される。

 切断された指の断面から血が噴き出す。


「グレイスちゃん……?」


 ベルの小さな声、その手はティアの手を握り続けていた。


「お二人は……私が、守ります……! 魔力解放!!」


 体が叫び出す。最後の手段だ。

 体内に残留している魔力を搾り切る。それを全て障壁に注ぎ込む。

 命すらもここに集める。

 故に、次はない。故に、禁止された技術だ。


「グレイスちゃん! 共有魔法(ポリシン)!!」


 ベルの力が加わる。彼女も限界だ。

 今の自分の量と考えれば、ごくわずかな魔力だ。

 だが、暖かだ。一人ではない。その認識がティアの体を奮起させる。


 男が剣を振るう。

 壁、盾、それではダメだ。

 ベルの魔力が暖かなように自身の魔力も別の力を持たせる。防ぐのではなく、他のやり方で。

 あの斬撃は何でも斬る。あり得ない。だが、今はあり得る。

 

 斬撃が障壁に到達する。

 だが、両断はされなかった。金属がぶつかり合うような音が周囲に響き渡る。

 ティアは歯を食いしばった。鼻や口からは血が流れている。筋繊維もぶちぶちと音を立てて切れていた。

 もう腕を維持できない。そう思った時、ペルラがティアの腕を支えた。ベルも魔力を送り続けてくれている。

 やがて、目の前の現象は消えた。障壁も展開を終えていた。


「…‥何……?」


 男の顔色が変わったように見えた。

 しかし、確証は得られなかった。

 ティアは生きていることさえ分からなくなっていたからだ。


――この先は、彼女の意識が完全に途切れるまでの出来事である。


 断絶を消し去られた。

 しばらく、カルドは立ち尽くしていた。

 やがて銀髪の少女が立ち上がって来る。

 彼女は静かに剣を構える。握られている剣も肉体もボロボロだった。

 不屈の精神、目の前の全員から感じられる。

 妹は、本当にこの者たちに殺されたのか。感じられた魔力といいおかしな点がある。


「……私は、カルド・ボア。ボア族の首長。使徒を……倒す……!」


 考えるべきでない。これは巡ってきた機会なのだ。

 剣を横に構える。振れば、今度こそ終わる。

 不意に、気配を感じた。高速で何かが飛んできている。


「させねえ……よ!」


 黒色の何かが拳を飛ばしてきた。

 その者ごと切り捨てる。カルドは勢いのまま振り上げようとした。

 だが、予想より動きが速い。

 一瞬の差だ。拳がカルドの頬を捉える。

 隕石か、そう錯覚するほどの巨大な衝撃。体幹が捻じ切れるほどの威力。

 上体が激しく後方へ吹き飛ばされる。

 大地を激しく転がりながら受け身を取って立て直すも、すでに黒い暴風は懐に入り込んでいた。

 腹部へ拳が飛ばされる。

 最小の動きだ。だが、一族由来の岩のような肉体に拳がめり込む。


「ちっ、硬い……な」


 舌打ちしているが、その拳に外傷はない。

 魔力か。この者も使徒であるのか。


 更に振り抜かれる。先の一発よりも強力だ。

 胴体に拳が入る。勢いそのまま背中まで突き抜けようとしていた。

 カルドは全身に力を込める。

 腕は体表で止まった。隆起した筋肉ががっちりと腕を掴んだ。

 蹴脚を放つ。魔力を込めた蹴りだ。

 この一撃で終わる。

 しかし、相手は思い切り体を引いた。


「くれてやるよ」


 振り終わりを狙ってくる。

 カルドは勢いのまま剣を振り回す。

 しかし、斬撃は当たらない。周囲の地形は変化していくが、その少女は変わらず銀色の瞳を向けて来ている。

 倒すまで手間がかかる。

 犠牲も意に介していないようだ。


「アンリ! 助太刀する!」


 遠方から声がする。増援か。

 あの使徒を撒いてから時間がかかり過ぎている。これから続々と集結して来るだろう。


「マグナス・ドゥラメンテ! 推して参る!」


 跳躍しながら少年が迫る。

 剣を構えようとする。しかし、その隙をアンリと呼ばれる少女は見逃さなかった。

 跳んだと思えば、一瞬で肉薄し接近戦に持ち込む。

 あのペルラと呼ばれていた少女と同じ立ち回りだ。彼女とは違い、意識的にアンリはやっている。

 やはり、これ以上戦うことに何の意味もないか。

 そもそも、妹を亡くした時点で負けている。

 少年が剣を振り下ろす。圧力はそれほどなかった。


「ぐうっ!」


 肩を突き出して弾き飛ばす。

 更に周囲の気配が増える。あの使徒の魔力も近づいて来ていた。


 アンリの拳を外し、大きく跳躍する。

 剣を構える。

 そして、何千と斬撃を地表に飛ばす。

 しかし、すでに使徒たちは到着している。この威力では誰かを斬り倒すことはできない。

 土煙が上がる。力を抑えれば、霧も濃くなる。

 カルドは空を蹴った。

 やがて、誰にも見られなくなるくらいカルドは遠くへと飛んで行った。



――誰かの声が聞こえる。

 ティアはまどろみの中にいた。

 魔力が完全に尽きている。

 何も感じられない。音も、臭いもない。何に触れているのさえ分からない。

 だが、銀の瞳が見えた気がした。


「アン……そこにいるの……?」


 そう口に出したような気がした。

 魔力。ほんの少しだけ入って来る。

 やっぱり、アンだ。

 ちゃんと魔法使えるんだ。

 微笑んだつもりだった。

 いつの間にか、意識はどこかを彷徨っていた。

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