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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第二章 聖暦十九年 西方遠征前夜〜ダルタロス地方編
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十二氏族の来襲 ②

 数分前、ティアたちはイノシシを探していた。

 聖都から西にある森の中にいる。

 課題は食料の調達である。他の四班も別の場所で各々の課題をこなしている。

 そのための武器の装備を許されていた。ペルラは腰に剣を下げている。

 グレゴリーたちの目もない。西方遠征を想定したものなのだろう。離れての活動は、霧によって必然的に孤立させられる。この準備期間でそういった環境に慣れておく意味はある。

 

「グレイス、イノシシの毛と足跡だよ」


 ペルラが地面を指差す。

 茶色く尖っている。触ってみると硬さがあった。人間のものとは全く違う。


「この先ですね。ペルラさん、この霧の中でよく見つけられますね」

「見えづらいけどね。あたしが行った方がいい?」

「いえ、このまま一緒に行きましょう。ベルさんも、離れずに」

「はーい。周りよく見ておくねー」


 ペルラやベルは普段と変わらない態度だ。

 ティアはあまり優れた指示を出せなかった。班長にはなったが、狩猟の経験なんてない。幼少時は、いつも狩られる側だった。

 しかし、胸が軽い。二人が自然に合わせていてくれる。

 霧の中、単独でレムレスに遭遇したことがあった。だからこそ、友達や仲間が側にいてくれるありがたみを深く感じられる。


 森でしばらく探索していた。

 すると、東から急に甲高い音が鳴り響いた。


「うわーっ! すごい音!」


 ベルが耳を手で覆う。少し遅れて突風が吹き始める。


「お二人とも木の陰へ!!」


 ティアは声を振り絞った。

 その指示が届いたのか二人が近くにあった太い木へと移る。ティアも後から続いた。

 細かな枝や石が吹き飛ばされている。それらが横切るのを確かめながら待った。

 吹き止むも、嫌な予感がティアの中に残る。

 東には聖都がある。何かあったのか。


「合流地点に向かいましょう。今は状況を確かめてみるのがいいと思います」

「わかった」

「みんな大丈夫かなー?」

「信じましょう。今は、私たちが自らの安全を確保しつつ急ぎましょう」


 二人が頷く。二人の眼は真っ直ぐティアを見つめていた。

 緊急時の対応は、事前にグレゴリーから聞かされていた。落ち着いて考えること、それがティアの課題でもあった。

 固まりながら移動する。先頭にはペルラ、ティアとベルが横並びでその背中に着いていく。

 数分、東に向かった。だが、森を抜けぬままペルラの足が止まった。


「何かいる」


 ペルラがティアとベルを手で制す。

 ティアも東の方から近づいて来る気配に気づく。それは足音として、耳に響き始める。

 ペルラが剣を構える。


「ブモオオオオオオ!!」


 耳を突き刺すような大きな声だ。人間のものではない。


「下がって」


 前方の木々の隙間より突進してくる影が一つ。

 それは、巨大なイノシシだった。

 体長は3メートルを超える。体毛が黒く、鼻には二本の太い角が生えている。

 

 衝突の寸前、ペルラが剣を振る。目で追いきれないほどの速度だ。

 イノシシの角を捉えると、突進の角度が変わった。そのまま後方へと通り過ぎる。

 何かが激しく折れる音を聞く。地面が揺れる。倒れたものが目に入った。

 大きな木だ。根本が無理やり引きちぎられたようになっている。凄まじい力だった。

 不意に音が静まる。イノシシの鼻息のような声だけがする。


「また来る。グレイス、逃げるか?」


 ペルラが二人の前に来た。逃げるか、戦うか、簡単な二択だったが、イノシシの速さも力も尋常ではなかった。アレはレムレスの可能性が強い。そうすると、東で何かが起こったことに関係しているのか。

 群れで狩りのようにする一角植獣の例もある。罠を張られているかも知れない。


「迎え撃ちます。ペルラさん、前をお願いします。ベルさんは、私と共にペルラさんの援護を!」

「分かったー! ペルちゃーん、背中いつでもいいよー!」


 ペルラが小さく頷く。彼女の視線は、イノシシが向かった方を向いている。

 また足音が聞こえ始める。これは、地面を蹴っている音だった。

 耳がその接近を捉える。

 イノシシが姿を現した。体躯が先ほどよりも大きいように感じられた。

 圧力か。つまり、これは魔力なのか。イノシシの形をしたレムレスということか。


「水竜魔法(ウォルト)!」


 ティアが霧の水分を集め始める。水球が作られるまでほとんど時を要さなかった。

 ペルラが再びレムレスの突進角度を変える。その正面に、ティアは水球を被せた。

 レムレスが顔面から水を浴びる。突進の速度が弱まり、暴力の塊ではなくなる。


 ペルラが踏み込んだ。レムレスとの距離がなくなるまで一瞬だ。

 彼女の斬撃が放たれる。

 レムレスの背が切り裂かれ、叫び声が上がる。

 直後、後ろ足が放たれる。だが、ペルラはすでに飛び退っていた。


「ペルちゃん、大丈夫ー?」

「うん。それより、体がすごく硬い」


 レムレスが体を木々にぶつけている。その度に傷ついていった。


「中の筋肉、ということみたいですね。流動を常時使っているのかも知れません」

「でも、傷ついたままだよー。ほんとにりゅーどーしてるのかなー?」


 ベルが指摘する。確かに、レムレスはペルラにつけられた傷や木々とぶつかった時の傷が開いたままになっている。魔力のほとんどを肉体に使うレムレスの自然回復速度は極めて高い。

 逆に言えば、魔力がない、あるいは不足気味なのではないか。ティアたちも共有魔法(ポリシン)の上で自身の魔力を集中させることで回復速度を高めている。


「……ベルさん、私に魔力をお願いします」

「いいよー! 共有魔法(ポリシン)!」


 ティアの手がベルに掴まれると、少しずつ力が流れて来る。


「ペルラさん、隙を見て攻撃を」

「わかった」


 ペルラが飛び込む。今が攻撃の機会ということか。


「負荷魔法(プレティウス)!」


 全身が軽くなる。魔力を消費して、ティアは身体能力を向上させた。

 ペルラの後に続く。

 レムレスがペルラに振り返った。叫び声を上げながら角を振り回す。

 それに対し、ペルラの剣は全てを弾いていた。力は明らかに相手の方が上だ。力の使い方が絶妙と言うしかない。

 そして、振り回しの切れ間に対し、剣を打ち込む。血飛沫が舞い、次々と傷が生まれていった。


「切断魔法(セクト)!」


 手刀を作り、側面からレムレスを狙う。今、レムレスはペルラに集中していた。

 背中に食い込む。硬い。しかし、これは筋肉だ。魔力を纏い切れていない。


「やぁぁぁああ!」


 手刀をそのまま振り落とした。

 すると、レムレスの腹下から手が抜ける。体を真っ直ぐ通っていた。


「グオオオオオオ!」


 苦悶の叫び。ティアにはそう聞こえた。

 胴体を切られたことで血が止めどなく出ている。臓物もドロドロと抜け落ちていっている。レムレスであってもすぐに治療しなければならない状態だ。


「……離脱しましょう」

「止めは?」

「当分、動けないでしょう。臓物もレムレスならばまた新たに生成できます。追撃されないなら、合流を優先しましょう」

「わかった」


 ペルラが頷く。

 ベルにも合図を出そうとした。

 だが、レムレスが後ろ足で地面を蹴り始めていた。


「まずい」


 ペルラがティアの体を押す。その瞬間、レムレスが二人に向けて突進してきた。

 二人の間を巨大な風が通り抜ける。

 まだ余力がある。いや、狂ったようになっている。


「ベルさん!」


 ティアが声を荒げる。二人の先にはベルがいた。彼女にこの突進を防ぐだけの力はなかった。


「ベル!」


 ペルラが跳躍する。速度は極めて速い。だが、それでもレムレスの方が先にベルに到達する。

 何かないか。追風魔法(アウラ)か。いや、どちらに対しても作用する。

 レムレスの背中、焦るベルの表情、視界が狭まる。これではダメだ。

 その時、ティアはレムレスの腹から伸びる線のようなものに気づく。よく見ると、それは自身の真横にまで伸びている。

 レムレスの腑(はらわた)だ。まだその体と繋がっている。


「これだ! 負荷魔法(プレティウス)!」


 再び、全身に使用する。そして、両腕で掴んだ。


「ううっ!」


 腑がピンと張り、ティアに死力の全てが加わる。

 浮かび上がってしまう。そう感じた瞬間、更に魔法を唱える。


「火炎魔法(ファトマ)!!!」


 腑が勢いよく発火する。

 それは導火線のようにレムレスの肉体にまで伝播し、その全身を焼き始める。


「ブモオオオオオオ!!」


 レムレスが苦しみ始める。尚も脚を動かしていたが、ペルラの速度がその背中に追いつき始める。

 ティアは空中に浮かびながらも手は離さなかった。自身も燃やしながら火炎を送り続けている。

 

 銀閃。ペルラがレムレスを追い越し、ベルの前に立った。

 一太刀入っていた。レムレスの露出した内部を狙ったものだ。すでに切れ込みが入っていた筋肉では、ペルラの渾身の一撃に耐えることはできなかった。


 レムレスの下半身が切り離される。

 上半身は、ペルラとベルから少し離れたところで止まった。


「と、止まった……?」


 うつ伏せになっていたティアがむくりと立ち上がる。泥だらけの体が火を消すことに成功していた。魔力のお陰で肉体へのダメージも最小限で済んでいる。

 レムレスは尚も前に進んでいる。

 霧によって火は消されているものの重傷だ。前脚だけで体を動かしているが、ほとんど進めていない。それでも息絶え絶えの中で、もがいている。

 ティアはベルの元に駆け寄る。


「ベルさん、大丈夫ですか」

「うーん。心配してくれてありがとー。……あのイノシシ、なんかおかしい気がするー」

「おかしい? どう感じられましたか?」

「ベルのこと見ている感じじゃなかったのー。それがこわかったんだけど、でもよく考えてみるとおかしな感じだったのー」


 ティアは振り返り、レムレスに近づく。

 レムレスの眼。大きな黒い瞳が前を向いている。だが、確かに自分たちを見ていない。

 肉体の再生はやはりしていない。ほとんど魔力が尽きているせいか。

 不意に、奇妙な点を見つける。

 黒い体毛の下、赤みがかった傷がいくつも見える。今、自分たちが付けた炎や裂傷もあるが、それは真新しい。比較的古くなっているものは切り傷や打撲の痕だ。

 ここに来る前に何かと戦ったのか。そもそも、なぜ安全なはずの区域にレムレスがいるのか。


「…………ごめんなさい。私がもっと早くに気づけばよかったです」


 調べてみて、魔力がない理由が分かった。

 肉体の断面から見える黒い石のような塊、それが大きく欠けていた。

 心石と呼ばれる物質だ。

 魔力の源となっているもので、砕かれると魔力に関する機能が著しく減退する。おそらく、欠けていたことで魔力供給ができないようになっていたのだろう。

 切り口から、自分やペルラが破壊したものでない。それより前に、何かがあった。

 もう命は長くない。心石を砕かれたものは近い将来、そうなる。


「共有魔法(ポリシン)……」


 ティアは魔力を分ける。傷を治すことはこの量ではできない。

 レムレスの呼吸が少し落ち着いた。痛みを少し緩和できたか。だが、その場凌ぎである。


「いいのか?」

「……止めを刺します」


 せめて痛みを感じないように。

 ティアが手刀を作る。心石を完全に砕かれれば、持ち主は消滅する。


「切断魔法(セクト)……!」


 魔法が発現する。

 だが、ティアは動きを止めた。

 今まで感じたことのないほどの巨大な圧力が空から降って来たからだ。


「何……! きゃっ!」


 地響きと共に突風が吹き荒ぶ。

 三人ともその影響を多大に受けた。だが、ペルラが二人を担いで離れたことで大きな怪我は負わなかった。

 場面が大きく変わる。

 レムレスの前には一体の男が立っている。

 長身で片腕がない。残っている手には、常軌を逸すような長い剣がある。

 彼は強烈な敵意を三人に向けていた。


「……強い」


 ペルラが短く言葉を発する。一方で、ベルはガクガクと震えている。

 男がレムレスに何か語りかけている。三人が立つ場所からは聞き取れず、男の表情も変わらない。

 だが、レムレスは眼から涙を流していた。

 やがて、レムレスの肉体が崩壊を始める。

 心石が完全に砕けたのだろう。心石を持つ者は、塵となって消滅する。

 男は、レムレスの頭を抱く。そして、完全に消え去るまでゆっくりと撫でていた。


「許さん……」


 男の声。低く沈み込んでいて感情が篭っている。


「絶対に……許さん……! 使徒ども!」


 男が剣を構える。

 殺気。


「伏せて!」


 誰かの声。その瞬間、男は剣を薙いでいた。

 頭上を何かが通り過ぎる。

 そして、背後から世界が壊れてしまうような激しい音が響き、土煙がその場の全員を覆う。

 突風。また背後で何かが壊れた。

 少しだけ顔を上げて何が起こったか分かった。


 霧がわずかに晴れるが、情景が大きく変わっている。

 緑が、森が、悉く切り倒されていた。

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