十二氏族の来襲 ①
亥族の捕虜を得たという報告を数日前に受けた。
管轄ではないが、自分がするべきだという自負がある。
しかし、今は使徒候補者の育成以外にもやらねばならないことが多い。
修練場の二階、グレゴリーの自室がある。
小さな部屋だが、聖都の使徒居住区画と比べると融通が効く。あそこには監視の目が多い。ハンムックの計画の詳細を機密とする上でも避けなければならなかった。
計画が始動し、一年が経過している。
先日、ハンムックから遠征準備の開始を告げられた。想定よりも早い。まだ候補者たちには不安要素がある。
しかし、西方の各地方の犠牲者が増えている。民衆だけでなく、使徒も減少傾向だ。
急がねばならない。ただ、性急過ぎてもいけない。
グレイスの言葉が思い出された。自身の性格や焦りをよく分かっている。同時に、自身の胸の内を言い当てられたような気がした。
彼女を始めとして、候補者たちは成長している。
何十年と使徒をやっているが、彼らに気づかされることは多い。
育てることはやはり楽しい。
「グレゴリウス、報告は受けたか?」
エヴァールがグレゴリーの部屋に入って来る。彼の部屋はすぐ隣だ。ヨハンナの自室もあったが、彼女はほとんど図書館にいる。
自分もエヴァールも本来の拠点がある。しかし、今はここが最も重要だ。
「エヴァール殿、俺は行けませんよ」
「そうだろうな。お主にはお主のやるべきことがある。……じゃが、今回の一件、血族が噛んでいると思うか?」
エヴァールがしわがれた声で話す。見た目は老人そのものだが、その目は鋭く光っている。
「ええ、間違いなく。この霧の中、無茶を働かせるのが彼らです。そして、大した理由もない」
「俗物……じゃな。同じ過ちを繰り返す。改めようとせん」
「全てがそうとは限りませんが、シーザーやシャールを見ていると俺の考えがおかしいと証明されるようで嫌なんですよね」
グレゴリーがため息を吐く。
シーザーとシャールは血族の出身だ。血族は聖皇と姻戚関係となったために立場を強くしてきた者たちだ。使徒になれば、政治の中枢に入り込めるようになるほどに彼らの影響力は強い。計画にも度々圧力をかけてきた。
しかし、想定外にも事は大きくなっていない。
アンリが暗躍している。また、エンリカを始めとして候補者たちの統制も一つ、あとは彼らの成長もあってか。
「ハンムックからの指示は?」
「このまま進める、それだけですね。エヴァール殿も同じですか?」
「うむ。相変わらず、考えの読めん男じゃ」
ハンムックが全てを握っている。全容を伝えられた訳ではない。信用されていない、ということなのか。
天使に次ぐ使徒だ。この計画も聖皇直接の指示だという。地方から来た自分は、彼らにとって外様なのかも知れない。
コンコンと部屋の扉を叩く音がする。
「失礼します、グレイスです。グレゴリー教官さん、よろしいでしょうか?」
「グレイスか、どうした?」
小さいが澄んだ声だ。グレイスは、アンリ以外の誰に対しても敬称を忘れない。
グレゴリーが扉を開ける。眼下には、グレイスとペルラがいた。
「あ、エヴァール先生、こんにちは」
「おお、グレイス。こんにちは」
グレイスがエヴァールにも頭を下げる。エヴァールは微笑みを浮かべていた。
「ペルラもいるが、戦いに関しての質問か?」
「い、いえ、今度行う課外活動のことで少し聞きたいことがありまして」
課外活動、聖都の外に出て決められた活動を行う。聖都の周辺は山や森、川といった自然に恵まれている。そこに霧がかかれば、見事に危険地帯へと早変わりだ。
しかし、聖都の外と言っても聖皇勢力の範囲内だ。レムレス含めて外敵はいない。
「レムレスの心配か? それとも、あんまり自信がないか?」
「は、はい。どうして私が班長なのか、知りたくて」
「あたしは、いいって言ってるのに」
ペルラが口を挟む。
課外活動は四つの班を作って行う。
エンリカ、マグナス、シーザー、そしてグレイスがそれぞれの班の長だ。
確かに、グレイスは四人の中でも若年だ。12歳という年齢は、同班のペルラよりも2つ年下となる。彼女の班には最年少のベルもおり、平均年齢がかなり低い。
「ペルラよりもしっかりしているから、だな。それに頭も悪くない。物事をしっかり考えている」
「それでも、ペルラさんの方がずっと強いです」
「強さではない。ちゃんと見て、考えて、適切な行動を取る。この三つが必要なんだ。ペルラは、見ることにおいては非凡なものがある。だが、あと二つはどうだ?」
グレイスが目を瞑って考え込む。即決はできる。だが、ペルラを慮ってのことだろう。
人の気持ちを汲もうとする姿勢、グレイスの魅力だ。その上で最大限の努力をする。
「グレイスの方がずっといい」
「本人もこう言っている。グレイス、俺の判断は間違っていないはずなんだ。ここは、俺を信じて引き受けてはくれないか?」
「……分かりました。今出せる全力を以て、頑張ります!」
「おう、その意気だ! まあ、何かあればまた来てくれ。俺も頑張っていい感じの答えを出そう」
「はい、ありがとうございます!」
グレイスが快活に笑った。グレゴリーが彼女に微笑み返す。
立ち去る二人の背を目で追う。社交性のなさそうなペルラに対しても、グレイスは懸命に話し続けている。
「よい子じゃ。じゃが、危うくもあるのう」
「懸命なところ、ですか?」
「外面にはそう見えやすいじゃろう。より危ういのは、内面じゃ」
「グレイスの内面?」
必死さの理由といったところか。ハンムックからは、故郷に帰るために頑張っていると聞いている。しかし、それだけでは無いようにも感じられる。
「まだ分からん。内面というものは見え辛いものだからのう」
「その言葉は、シーザーやシャールにも言えることかも知れませんね。それに、マグナスやノトゥもですか」
「よく見、知ることじゃな。使徒には、それが必要じゃ」
エヴァールが首を横に振る。断定が早い、そう言いたいのだろう。
エヴァールが去った後、グレゴリーは手紙を読み返していた。彼に宛てて何百通と届いているが、どれも見逃せないものだ。
霧によって西方が覆われてから地方間の機能が絶たれている。そのため、情報は二年前よりも得ることが難しくなっている。
聖皇が築き上げた西方新秩序が辛うじて西方を結びつけている。この手紙も、地方ごとの自治があるお陰でここまで辿り着いている。
グレゴリーが一通の手紙を開く。
差出人の名はない。だが、名の代わりとなっている滑稽な絵は、彼の口角を上げさせる。
「……はっはっは、俺の悩みはお見通しか。……助かります、アルテマナさま」
グレゴリーは、その手紙を自室の机にしまい込んだ。そうすると、再び作業に戻っていった。
明後日、候補者たちが課外活動に出かけるのを見送ると、グレゴリーは皇城に足を踏み入れていた。
皇城は、正に聖皇の城に相応しい荘厳な造りだ。装飾も華美になっており、金銀宝石の輝きが嫌でも目に入る。
横切る者はほとんどが使徒だ。グレゴリーは挨拶するも、反応する者は半分にも満たない。
大半が血族に関係する者だ。自分のような地方使徒など気にかける必要はないのだろう。こんな者たちでも今は貴重な戦力だ。
今日は、一つの懸念を解消しようとしていた。
グレゴリーの主であるアルテマナの後押しもあり、彼の気持ちは昂っている。
「グレゴリー?」
前方からヨハンナが歩いて来る。
眼鏡を外しているところを見るに何か活動しているようだ。
「ヨハンナさん、こちらにいるのは珍しいですね」
グレゴリーが笑顔を硬く作る。
ヨハンナの白き瞳は、彼をじっと見つめていた。
ヨハンナはほとんど時空図書館にいる。修練の時のみ修練場を訪れ、夕食までを共に過ごすと帰ってしまう。
彼女は聖都の使徒であるが、血族でも聖皇の直属でもない。モアナの直属の部下ということになっている。
実力は確かだ。だが、苦手意識をグレゴリーは抱いていた。
「亥族のレムレスを捕らえた一団が間もなく到着します」
「初耳です。いや、急過ぎはしませんか?」
ヨハンナの口調は冷たい。その唐突さを一切取り繕おうとしなかった。
亥族は、古くから西方に生息していたレムレスの一族だ。非常に勇猛果敢で誇り高いという特徴がある。
二年前、厄災異変を起こしたのも彼らを中心とした十二氏族だという報告が上がっている。
血族にも犠牲者はいた。移送を急いでいる理由はそれだろうが、あまりにも無茶だ。
「心して聞いて下さい。カルド・ボアの血縁です」
「まさか。本当ですか」
その名を聞いて、グレゴリーは唇を噛み締めた。
カルド・ボア、生きる伝説、最後の脅威とあだ名されているレムレスだ。
最悪の状況が思い浮かぶ。かの者が参戦すれば、聖都にも大きな戦禍が降り注ぐだろう。
「間違いないでしょう。彼がまだ戦いを仕掛けてくるならば、何かが起きる」
「だが、聖都の防衛力は前より上がっている。正面からの突破は不可能です」
「……搦め手というものがあります。不可能ではないでしょう」
ヨハンナが片眼を瞑る。確信があって言っている。
「その亥族はどこに? すぐに動かなければ」
「……この地形……聖都の西門付近」
「西門ですね。急ぎ向かいます」
その時、途轍もない音が皇城に響き渡る。
これは、魔術による衝撃だ。肉体がその脅威を痛みとして伝える。
ひとしきり続いた後、辺りが騒ぎ始めた。
「今のは……!」
「……やられました。倒れている使徒が見えます。意識のある者は……」
「西門へ行く。ヨハンナさん、動きを追い続けていて欲しい!」
グレゴリーが皇城の扉に向けて走り出す。
候補者たちが課外活動している場所は、聖都から西に行った平野だ。
余波に巻き込まれている可能性はある。そうでなくても、十二氏族の古強者の手にかかるかも知れない。
候補者たちの顔が次々と思い浮かぶ。最悪を想定しておくべきだった。
「グレゴリー、グレイスさんの班が近い……! 座標を教えます。開示魔法!」
手のひらの上に情報が浮かび上がる。ヨハンナの声が遠くからでもはっきりと聞こえた。
全力を出せば数分の距離だ。だが、相手が悪い。
皇城を出る。足を止めている使徒が見える。
今は、何にも構う必要がない。すれ違う使徒たちが、グレゴリーに制止の声をかける。だが、それは彼の耳に届かなかった。
立場なんて気にせず、貴方がしたいことをしなさい。アルテマナはそう手紙に書いていた。
グレゴリーが吠える。その声は聖都の通りの人々を避けさせる。
負荷魔法を使う。彼は更に加速する。
座標が記す位置に到達するまで5分もかからなかった。
「……クソ、誰かまだいるかー!」
現場は凄惨な状況だった。
道に護送隊と思わしき残骸が散乱してる。護送車だけが力づくで捻じ曲げられた破壊の痕があるが、それ以外の人や馬、ものは両断されている。そして、それらの片割れや臓物が辺りに飛び散っており、辺りには血の臭いが充満していた。
何人か使徒がいる。まだ消滅していないところを見るに、致命傷は負っていない。生き残りは彼らだけだ。
しかし、救助をすぐには行えなかった。
風が吹く。そう感じるより先に、グレゴリーは飛び退っていた。
キィンと甲高い音が響くと同時に目の前の地面が割れる。それによってできた縦長の穴は底が見えないくらいに深かった。
「断絶……! カルド・ボアか!」
グレゴリーが手から長槍を出し、敵に向けて構える。
森を背にして一人の男が立っていた。
背丈はグレゴリーを超える。だが、それ以上に片手に握られている剣の方が長大だ。自らの倍はあるであろう剣を横に構え直すと、殺気をグレゴリーに飛ばす。
尋常じゃない圧力。邪悪さは感じられない。研ぎ澄まされた力だった。
グレゴリーが踏み込む。
相当に強い。勝ち切ることは困難だ。
この場で釘付けにする。そうすれば、候補者たちが逃げるか応援が駆けつける時間を稼げる。
脅威が剣を振る。
風が吹く。持っていた槍が両断され、頭を掠めた。
全力を出さねば、終わり。間違いなくそういう相手だった。




