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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第一章 聖暦十八年 転移〜候補者編
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追跡者リリン

 敵意が跡を付けてきていた。

 聖都の裏通りをアンは歩いている。抜け道のような狭い場所だ。細い道を通りつつ大通りとの接続部に、度々出入りした。

 目立つ移動の仕方だ。当然、彼女を狙う者には容易に追跡される。


「ここで会ったが100年目。覚悟しろ」


 先日、アンに敗れたゲタイだ。全身を更に細くし、肉がほとんどなり骨と皮だけになっている。

 彼以外にも数人がいた。しかし、どの敵も顔に覇気がなくいやらしく笑っていた。


「相変わらずだ……な」


 数分後、通りから出てきた者はアンだけだった。彼女の拳には血痕がついている。太陽に照らされると鈍く光った。

 殺してはいない。激し目に傷めつけただけだ。使徒の自然治癒能力さえあれば、数分で治るだろう。

 命を奪う価値もない。そんな者ばかりが今までの相手だった。

 だが、彼女を追っている影は例外であるらしい。尻尾を全く掴ませない。


 アンが目を細める。

 再試験が始まる少し前から、これは続いている。

 先ほどのものを含めてロマーノやクロヴィスといった家から刺客が何人も送られている。その度に返り討ちにしているが、今回の敵はそのような有象無象とは明らかに異なっていた。

 アンは何度も誘いをかけている。人の目の届かない空間に出たり、無防備な姿を晒したり。しかし、それでも乗ってこない。


「あ、アンリさん、お使いを頼んでもよろしいですか?」


 街を歩き回っていると、エンリカとペルラに遭遇した。

 アンが眉根をひそめる。候補者や知り合いと出会う可能性はあった。その中でも最も苦手なにわとりを引いてしまったのだ。

 

「……私が受けると思っているの……か?」

「思っていませんわ。ですので、交換条件ですわ」

「エンリカ、あたしたちお金しかないよ」

「だまらっしゃい! ワタクシたち、今からお茶という飲み物を買いに行きますの。アンリさん、飲んだことは?」

「……知らんな」


 聞いたことがない言葉だ。だが、エンリカも知らなそうな素振りだ。つまり、監督三人のいずれかから託されたものなのかも知れない。


「そうですのね。そのお茶を、ワタクシの分から少し分けてあげますわ」

「……勝手にしろ」

「では、その代わりとして魚を揃えていただければ」

「なんで私が……」


 エンリカから革袋を渡される。チャリンという音が発される。中は貨幣だろう。


「では、そういうことで頼みましたわー」

「よろしく」


 二人は、風と共に去って行ってしまった。

 あの二人だが、組み合わせとしてはよく見る。秀才と天才、と誰かが言っていた。バカとバカがアンの評価である。

 性格は案外近い。だが、考え方が違うためエンリカが振り回されている。ただ単に人の世話を焼きたがるのがにわとりの性質なのかも知れないが。

 一方で、ティアの考えは読めるようで読み切れないのが面白いところだ。

 性格がまるで違う。だからこそ、思考の空白地帯が生まれる。


「……なるほど……な」


 アンが内心でニヤリと笑う。それからすぐに行動に移した。

 海産物を扱っている通りをアンは探した。地図を持っていなかったため、食料品を扱う店を片っ端から回っている。

 みるみる内に革袋の重さが減っていく。購入物は次々とアンの腹の中に消えていった。

 両腕で後頭部を抱えながら目的地に近づいていく。鼻歌もして、足取りも大げさながら軽やかだ。誰が見てもえらく上機嫌な少女に見えるだろう。

 魚屋は目の前だ。そこで魚を適当に買って、任務完了となる。


「親父、これくれ」


 残り数枚となった小銭を取り出し、魚と入れ替わる形で手渡されそうになる。

 その瞬間、周囲の空気が一気に冷え込んだ。肌を刺すような痛みが隙間なく生じる。

 一つ、異なる性質の冷たさに触れる。ごくわずかな時間であったが、冬の気温を十分に吸い出した金属の温度が混じっていた。

 アンが上体を思い切り、逸らす。所持していた小銭と魚が宙で舞い踊る。

 銀閃が見えた。鋭さを極めたようなナイフだ。

 そして、その持ち主、包帯だらけの手と顔に見覚えがあった。


「……捕まえた」


 襲撃者の手首を掴む。そのまま捻り上げ、上方に投げ飛ばす。


「……っ……!」


 襲撃者が空中で体を捻る。どこかで見たような動きだ。

 アンも同様の力を加える。だが、同じ方向での回転ではなく逆回転だ。

 正に暴風だ。店の中で飛んでいるものがないと思えるくらいには、暴れ回った。

 

「潰れな」


 アンが打突を放つ。襲撃者は体勢を立て直せていない。直線の突きを避ける手段はないように見えた。

 だが、敵もまた強者。高速回転しながら天井を蹴った。アンの一撃を辛うじて外す。

 移動の力が加わったことで、襲撃者の体が屋外へ放出される。転がりながら体の動きを安定させると、通りを使って逃げ始める。


「逃がすか」


 店主の悲痛な叫びをよそに、アンは追撃を始める。

 始め両者の距離は離れていた。だが、次第に詰まる。アンの走りは、障害物の有無に関わらず極めて速い。彼女の後には風が生じ、衣服のヒラヒラとした部分をめくりあげるほどだ。

 前方の襲撃者が路地に入る。罠かと疑ったが、人の目につかない方がやりやすいのは彼女も同じだった。

 入り組んだ道を駆ける。この間、距離があまり変わらなかった。向こうの走法が変わったのか、路地の角や障害物に視線を切られる度に何かしている。

 

 やがて、アンが足を止めた。辿り着いた場所は、広場だ。日の光が届き辛い薄暗い空間で、付近の建物は寂れている。

 襲撃者がアンを見ている。使い古されたように色の抜けた灰色のマントで体を覆っている。手と顔には包帯が巻かれているため皮膚は見えない。更に、フードを被ることで目元だけが残る形となっている。

 黄色の目が鋭く光っている。体躯や肉体的特徴は、模擬戦終了後にアンと相対したリリンという名の人物を示している。

 リリンも使徒候補者の一人だが、持っている情報は少ない。性別は女性、アンより少し背丈があり、優秀な成績を持つ、この三点だけだ。


 リリンが構えを見せる。手には短めのナイフ、上体は地面と水平になるほど低くしている。

 アンが口角を上げる。戦う意思を示しているのか、それとも威嚇か。


「続きでもやる……か?」


 挑発する。しかし、リリンは動かない。当然だ、慎重を期して相手を見定めるこのやり方は自分もする。

 リリンは性格がアンに近いのだろう。相手の思考を読んで罠を張るが故に罠を警戒する。

 だから、悪意のない行動を取る者の思考は読み辛い。

 先ほどの襲撃も、明確な隙と思っての行動だったのだろう。


「こっちから行く……ぞ」


 アンが構えもなく歩き出す。先ほど通りで使っていた見せつけるような歩き方だ。大げさで一見隙だらけのようだが、リリンの目は据わっていた。

 距離が一歩ごとに縮まる。刃圏に至るまで静かに時が流れる。

 リリンまで腕一本と半分。踏み込むことができれば、一瞬で出力を出せる。


 リリンが突きを放つ。狙いはアンの胸だ。

 初速の音も動きも少なかった。目で追って反応することは困難だろう。

 アンはすでに動いていた。片足だけ下げて体を引く。最小の動きだけで外して見せる。

 リリンの側面に回る。フードで隠した頭部が出っ張っている。

 首の後ろを狙う。アンも殺しの技だ。

 だが、リリンの体が大きく横に逸れる。小さく跳んでいた。体を再びアンに向けている。

 次の攻撃もまた刺突だ。だが、今度は見えている。構えを取らないが、迎撃の準備はできていた。

 突かれると同時に、アンも腕を振り抜く。


「なるほど……な」


 リリンの手にナイフがなかった。鋭い爪の生えた指を内側に集め、貫通力を上げている。

 アンの動きに合わせ、リリンが更に沈み込む。

 リリンの頭があった位置からナイフが見えた。刃先がアンに向いている。今、投擲したものではない。一瞬遅れて発射されるように調整された魔法だろう。

 二つが合わさり、凌ぎにくい攻撃となっていた。

 だが、アンにはどちらも見えている。

 真っすぐ向かってくるナイフの柄を掴む。不自然な力が腕に伝わるが、行動を阻害するほどではない。そのままナイフを下に振り抜いた。

 リリンが再び跳躍する。どんな体勢からも行動を止められる。そういう風に体を動かせるのだろう。

 次の動きはある程度予想ができた。回避後、脅威より離れた死角に移る。

 アンが斬撃を放ちながら地面を強く蹴る。

 強い風が起こる。一瞬で、両者の距離が消えた。

 まだリリンの両脚は浮いている。柔らかで力の伝えやすい筋肉を持っていようが、地面に触れられなけれな意味がない。

 アンが腕を伸ばして横に振る。当たりやすさのために面積を増しており、すれ違うまでリリンの顔面は避けられるような余裕を持っていなかった。

 しかし、後に残るは、浅い感触と何かが破けた音。腕に残っていたものは、リリンの衣服のフードだ。根本から千切れていて、幾らか毛髪と思われる毛が舞っていた。


「ほう……」


 アンは振り返ると、リリンの姿が目に映る。

 頭頂部に猫の耳が生えている。飾り、ではなくぴょこぴょこと動いているようだ。つまり、あれはリリンの頭に初めから付いているものということになる。


「……っ」


 気づいたのかリリンが片手で頭を隠す。

 目はアンを見ていたが、先ほどのような冷静さはない。こちらの反応を窺っているようだった。


「……下がる」


 リリンがもう一本のナイフを出し、それを自身の後方の空に投げる。すると、その方向に引っ張られるように体が浮かび上がった。


「猫……人……かな」


 姿は瞬く間になくなってしまった。しかし、彼女の異質な姿は印象に残る。

 レムレス、という可能性もある。ヨハンナやエヴァールが異質な姿をしたレムレスがいる、という話をしていたことがあった。話しぶりからしてまだ教える気はない、といったところだった。

 やはり情報が足りない。聖都に来てから、時間があれば外出して見聞をしているが、情報統制が入っているかのように一般の人間は口を噤んでいる。使徒はそもそも相手にされない。シーザーやシャールの手下といった小物からが持っているものも微々たるものだった。

 聖都から西は山岳地帯になっている。特に苦でもない環境であるが、霧やレムレスと重なることで面倒な状態となる。襲撃は常に奇襲であり、レムレスごとに異なる力を何度も押し付けられる。

 遠征、というものをもし行えば、一般の人間は殺されるのは間違いない。

 ティアも多少体力をついてはいるが、レムレスとの連戦は何度も続かないだろう。

 他の候補者も同じだ。まともに戦っていけそうな者は、ペルラだけだろう。魔法を少し覚えた程度では意味がない。

 残り半年と少し。それで事態が大きく変わる。待つべきか、急ぐべきか。


 夜を迎えて、部屋に戻る。


「魚! 魚はどこですの!」


 アンは帰って早々、エンリカに言葉に飛ばされる。

 ティアもすでに帰還しており、女性部屋には女子全員が揃っていた。


「弾け飛んだって言ってるだ……ろ」

「なら、お金は!!」

「飛んでいった」

「何を言っているんですの! ……ああ、食料品はいいとして、お金は余分に持たせたワタクシの失態ですわ」

「グレゴリーにまたもらおう」

「貸してもらっているのですわ!!」


 エンリカの怒りはひとしきり続いていた。

 これは遅くまで続くだろう。アンがそのように考え始めたくらいに、ティアとベルが大きな袋を彼女の前に差し出す。


「そ、そういえば、ハンムックさんに会いまして。これをいただきました。毎日励んでいる私たちに、ということです」

「きちょーななお肉やお魚、おかしやよくわからない食べものもくれたよー!」

「ハンムックさまが……おお、これはすごい! ん? ワタクシの故郷のソーセージ……! この色ツヤや大きさ、香り、間違いありませんわ!」


 目をキラキラとさせながらエンリカはソーセージに頬ずりする。

 そのお陰か、彼女の機嫌は驚くくらい良くなった。その後、すぐに彼女は眠りに落ちた。


「…………アン?」


 夜も更け、アンがなんとなく天井を見つめていた頃、ティアの頭が下方から飛び出していた。


「少しだけ……隣いいかな?」

「…………どうした?」


 ティアがアンの側で横たわる。この数か月、このようなことを一度も言ってはいなかった。

 ハンムックに会った、と言っていた。何かあったのは間違いないか。


「ハンムックさんが、少し話してくれたの。これからのことを」

「……お前が一番重要と思った部分、それだけでいい」

「ど、どうして……??」

「奴は信用ならん。だから一つだけでいい」


 ハンムックは何を考えているか読めない。あの表情や態度は演技だ。だが、全てという訳ではない。だからこそ、信じられない。


「……えっと、私たちが体験した転移は、真名(まな)機関で研究されていたもので合ってたみたい。でも、数年前にその研究を取り扱っていた人がどこかに行ってしまったんだって」

「……記録とか残っていないのか?」

「完成……してはなかったみたい。でも、ハンムックさんは、使われている以上、その人物が完成させたに違いないって」


 アンが目を瞑る。ハンムックの推論だ。その後の展開が容易に予想できる。


「……西方のどこかにいる……だな?」

「え、どうして……?」

「奴の目的は分からん。だが、奴が私たちを西方に送り出したいのは間違いないだろう……な」


 研究者というのも怪しい。転移術の存在は確かなものだが、中身は伝聞のみだ。真実はまだ明らかになっていない。

 この先に行くならハンムックも敵、そう考えた方がやりやすいだろう。


「アン……? 皆さんにも話した方がいいかな……?」


 耳の近くまでティアが寄ってくる。深い呼吸をしていた。


「お前が判断しろ。自主性……なんだろ?」

「……うん。分かった。……じゃあ、今日は一緒に寝てもいい?」


 小声の中にティアは更に掠れたような音を混ぜる。

 相変わらずのバカだ。


「降りろ。明らかに二人用じゃないだ……ろ?」

「そうだね……ごめん。おやすみ、アン。……私ももっと強くなる」


 ティアが微笑んだ。

 梯子を使って降りていく姿は、前よりも安定していた。

 力はついている。少しずつであるが。

 アンが目を瞑る。

 ティアはいつまで経っても寝息を立てなかった。

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