赤点軍団の戦い 後編
亡者の群れが部屋に密集している。
顔色が白い者多数、健康そうな顔つきの者少数だ。
ティアとベルは部屋の中央で小さくなっている。
二人とも勉強は順調だったが、日に日に周辺環境は悪化していた。
「……再試験まで残り二日ですわ。……本日もがんばっていきまっしょ……」
「エンリカ、大丈夫?」
「ペルラさん……ほんっとおに、元気ですわ……ね」
「すごい眠いよ」
「お互いさま、ですわ。皆さんはどうですの……?」
エンリカがカクカクと周りを窺う。初日のような覇気がない。
「マグナス……まだまだこれから……」
「俺も……負けてねぇ……!」
青痣だらけのマグナスとニル、数日前からお互いをよく殴り合っていた。
「ボクたちは……比較的マシかな……」
「いいやノトゥ、わたしたちが一番だ!」
真っ青な表情のノトゥと飛び上がるエドワルドだ。
そして、眠そうにしているペルラと見た目ボサボサでやつれているエンリカだ。彼女は、ペルラに教える一方で他の候補者のために模擬テストを用意している。これは、もらったものではなく先日のテスト傾向を読んだ上でまとめたものだ。
「体調の問題……ではなく、勉強の進捗ですわ……」
「は、はい、私たちはもう少しです。昨日、エンリカさんに作っていただいた模擬を解いたところ達成まであと10点といったところでした。引き続き、頑張ります」
「頑張るよー!」
「それは、よい報せですわね……他の方は……」
誰も後に続かなかった。皆、静かになってしまう。
エンリカが眼前に垂れる髪を、手で後ろ側に引っ張る。
「どうしたものでしょうね……」
「もう一つってところなんだけどね……」
「もう一つとはなんだ! もう一つとは! わたしはそもそもノトゥとは合わんのだ!」
エドワルドがノトゥに指を突きつける。
「だいたい、わたしのような王族には特別な教師が必要なのだ」
「そうかもね……」
ノトゥが深くため息をつく。
「完璧な知性と教養、それらを身につけた上でわたしの言うことを何でも聞く。たしかに、ノトゥはよい友人だ。しかし、完璧ではない。お菓子を持ってこいと言っても、水を出すくらいしかしない! これでは、わたしが求めている特別な教師とは程遠いではないか!」
「そうかもね……」
「それにだ……」
憔悴しているノトゥに対し、なおも続けようとしている。
エドワルドはリテン島という地域の王族であるという。そこでは、何不自由ない生活を送っていたが、ある日身一つで西方の大陸にやってきたという。雰囲気だけで言うと、シーザーやシャールといった貴族たちに似ている部分があるが、妙な憎めなさがあった。
普段から皆に乱雑に扱われている。自慢話やわがままを言動に出すと、即座にツッコまれる。
しかし、今はエンリカ含め誰も相手にしようとしない。元気がある分、暴走しそうになっていた。
「お前ら……もう少し時間を大事にしたらどう……だ?」
頭上から声が降り注ぐ。一斉にそちらに視線が向いた。
二段ベッドの上段からアンが顔を覗かせている。
「アンリさん……たしかに、その通りですわね」
「にわとりの小さな頭じゃ考えつかないのも無理はないだろうな」
「貴女の方が小さいですわ……!」
「やり方……それにこだわっているようじゃ……な」
「やり方……やり方……」
アンが何かを上から垂らしてくる。紐に巻かれた白いもの。甘い香りがする。
「それは! 菓子ではないか! 献上しろ!」
エドワルドが飛びつこうとする。だが、ひょいっと上に跳ね上がり、彼の収奪を回避する。
勢い余って、エドワルドは下段のベッドに頭から突っ込んだ。そこはティアが使用しているものだ。
「……分かりましたわ。ありがとうございますわ、アンリさん!」
「また、これ持ってこい。気に入った」
アンが菓子をかじる。それに少し見覚えがあった。先日、ベルと外出した時に土産として持ち帰ってきた西方の菓子だ。エンリカメモにこれの購入が依頼として残されていた。
エドワルドが起き上がる。すると、エンリカが彼の鼻頭を指で潰す。
「ふぎゅっ! な、なにをすりゅ!」
「エドワルドさん、それにニルさん、ベルさん、ペルラさん!」
呼ばれた者たちが声を出す。ペルラ以外の顔には驚きがある。
「ご褒美、見事再試験を合格した者にはご褒美を差し上げますわ! 何でも!」
「何でも!?」
ペルラ以外が声を発する。皆の目が覚めつつあった。
「何でも、ですわ! フランツの者として約束、必ず守りますわ!」
「んなら俺は、好きなやつと殺あいてえ!」
ニルが立ち上がる。顔は歪んでいたが、目がギラギラと光を放ち始めていた。
「許しましょう! 必ず、実現しますわ! お三方はどうしますの!」
「な、ならわたしは……! 逢瀬を……この場にいるレディ全員と!」
「なんですって! ……ううう、許可しましょう! 女性との逢瀬、約束しますわ!」
エドワルドがその場で飛び上がる。
しかし、そこは二段ベッドだ。当然のごとく頭を激しく打ちつけた。そして、上段からの怒りの一撃がエドワルドの顔面にめり込む。彼は、一撃で気を失い、ティアのベッドで横になった。
解散後、再び各自で勉強が始められた。
今までとは全く異なる様相が広がる。なんと各自が積極的に自学習を始めたのだ。
エドワルドやニルへの褒美作戦は功を奏したようでノトゥとマグナスの負担がぐっと減った。聞かれたことに対して適切に答えるだけで済むようになったからだ。お陰で、わずかだが睡眠時間を確保することもできたという。
一方で、女性陣営の変化は乏しかった。
現在、三人体制で机に向かっている。
エンリカは一時離席していて、ティア一人で二人を見ている形だ。
「おうせってなんだ?」
「デートのことですよ、デート……!」
「デート?」
ペルラの質問だ。エンリカが用意したペルラ用の模擬テストを解きながらであるが、お構いなしに聞いてくる。
「い、一緒にお買い物に行ったり、建物を見に行ったらり……原っぱとかでごはんを……食べたり?」
「ふーん、面白そうだね」
「あ、それならベルはこの前デートしたよ! 楽しかった!」
「あ、あれは……あれも、デートと言うんですかね……?」
ティアが自分の頬を掻く。ティア自身も、物語としてしか知らなかった。
脱線しつつも勉強は順調だ。
ペルラもベルも方向性は定まっていた。
ベルは、すでにある程度基礎ができている。後は問題を繰り返し行って、少しでも定着させる状態だった。
一方で、ペルラは定着が難しかった。すぐに忘却してしまうからだ。そのため、とにかく量をこなして体で覚えさせる。それが、エンリカが考え出した危急の策だった。
問題をこなす度に二人の点数は上がっている。この調子を維持する手伝いを、ティアは行っていた。
「ご褒美、何か考えつきましたか?」
一息ついている間、ティアが尋ねる。
ペルラとベルは保留になっていた。
「ほんとに、何でもいいのかなー?」
「エンリカさんなら、最大限努力していただけるはずです。遠慮しなくてもいいと思いますよ」
「そうかもだけど、ちょっとねー」
「あたしはないんだよね」
「ほんとにー!?」
ペルラだけは休まず指を動かしている。休憩をエンリカから禁じられていた。
ベルがペルラの銀髪を撫でる。短いが、サラサラとしている。
「ほんとに何もないのー? 美味しいご飯食べたいとかー」
「毎日食べてる」
「それはそうだけどー。……あとは、せっかくきれいな顔してるんだから、お姫さまみたいになってみたりー」
「ありがとう。ベルもキレイだよ」
「えっ、ええーっ! そんなことないよー!」
「そうかな」
ベルの顔が真っ赤になる。
珍しい。快活さばかり見ていたから、ティアは彼女のこんな姿を見た覚えがなかった。
10歳の乙女、そう考えると違和感は生じない。
「ベルさんは、とても可愛らしいです。元気さ、人懐っこさ、太陽とも思える笑顔、いずれもなんとも言えない気持ちになります! それでいて、キレイ。そう、例えば――」
「わあーっわあーっ! 分かったから!」
「きっと、お姫さまの服も似合いますよ。私を信じて下さい!」
ティアがベルの手を取る。自分より小さく、柔らかい。彼女の日焼けして少し茶色くなっている肌はすべすべだ。
目を大きく見開いている。だが、変ではない。逆に、素直な反応が女の子らしさを強調する。
「えーっ! そ、そんなー!」
「何事ですの?」
エンリカが部屋に帰って来る。目元には隈があっま。だが、気合を入れ直したのか長い金髪を全て後頭部で結っていた。
「エンリカさん! ベルさんは可愛い、ですよね!」
「い、いきなりなんですの! 無論ですわ!」
「もう、リカちゃんまでー!」
「な、何事か分かりませんが、お二人はご褒美が何かいいか考えていただきまして?」
結った金髪を左右に振りながらエンリカが近づいてくる。
「え、えーっ。……じゃあ、一つあるかもー……?」
「何ですか!?」
ティアとエンリカの顔が、ベルに限りなく近づく。
そして、もじもじとする彼女から答えを聞き出したのだった。
それから必死になって取り組んでいる内に時が流れた。
再試験が終わった後、街を歩く一団がある。
彼女たちは煌びやかな通りに入っていた。
「これだけありますと迷いますわね。あ、あちらのお店はどうかしら?」
「分かんないよー。ねえ、ペルちゃんはどうなのー?」
「全然わかんない」
「わ、私も……実は、服を選んだことがなくて……」
「これだけ人数がいて、ワタクシだけですの!? い、いえいえアンリさんなら何か……」
「……知るか。なんで、私まで……」
女性部屋の候補者たちは騒ぎながら歩いている。
一軒の服屋の前まで来た。
立ち並ぶ衣服は、どれもキラキラとしている。
「どれに致しますの!?」
「全部ヒラヒラだよー! 絶対似合わないもーん!」
「うーん、あたしこれにしてみよ」
「……ティア、散歩してくる」
「アン! アンも試した方がいいよ!」
「取り敢えず、ペルラさんからいきましょう。グレイスさん、ベルさんの分を探しておいて下さいまし」
「は、はい! あ、アーン、どこ行くのー!」
自由に動く一行、統制は全く取れていない。
言われた通り、ティアは目星をつけようとする。しかし、同伴しているベルの顔はなんとも言えなかった。
「や、やっぱり、ベルなんかじゃ似合わないよー」
「そんなことありませんよ。必ず見つけてみせます」
再試験は見事全員合格だった。そのため、全員に褒美が与えられることになった。
ベルの褒美は『服屋さんに行ってみたい』だった。そこでティアは、ベルが以前に服屋が多く並ぶ通りに目を惹かれていたことを思い出し、ここを選んだ。
デートの形も取れたが、ペルラの褒美もあったため全員で行くことになった。
「う、うーん。これも違いますか……?」
「大人っぽ過ぎるかもー。やっぱり、むずかしいよー」
「では、こちらはどうでしょう。フリフリしていて可愛らしさが増すかと」
「は、はずかしいよー!」
何度も衣服を替える。だが、満足はされない。
ペルラたちもかなり苦戦しているようで、悲鳴に似た声が聞こえてくる。
そうしていると、ベルが足を止めているのに気がついた。
彼女の目の前には、赤色のリボンがあった。
「赤色……きっと似合いますよ。そっか、そうです。これにしましょう」
「う、うん。ベルもこれ、かわいいと思う」
ベルの耳が赤くなっている。リボンの色と同じだ。
購入し、早速付けてみようとする。
だが、ベルは上手く着けられずにいた。彼女の髪は、ペルラ以上に短い。リボンを付けた経験がないなら当然か。
「私が付けてみます。……よいしょ」
ティアもあまり付けたことはなかった。時折、結う程度だった。そのため、彼女の手つきも覚束ない。くすぐったさからベルが笑い声を漏らすこともあった。
「よし。いい感じです。見てみて下さい!」
店にあった鏡をベルに見せる。
赤いリボンはベルによく似合っていた。少女らしさと立ち姿の均衡を引き立てる。
ベルが頭を左右に振る。鏡に写った自分を見ているようだ。指先で恐る恐る触れて、確かめてもいる。
「大人っぽさはあんまり、かもですけど」
「ううん。とってもかわいい。……ありがとう、グレイスちゃん……! ベル、一生大事にするね!」
「……はい!」
ベルがティアに抱きつく。
小さな体だが、思った以上に力強い。思い切り締め付けられるが、ティアは彼女を抱き返した。
目に熱いものを感じる。痛みからのものではなかった。
「うおおおおおおお!」
不意に外から叫び声がした。
何事かと一行は店を飛び出す。
「た、助けてくれぇ!」
「あれ、エドくんだー」
エドワルドがそのまま通りを駆け去って行く。
少し遅れて、ズシンズシンという重量感ある音と共に大きな体が迫って来る。
「まてまてーい! アタシが女の子じゃないってどういうことヨー!!」
ドレスを着た大男が通り過ぎた。明らかに男だったが、化粧や衣服、走り方が女性だ。それ故に異質さが極まった。
「あれは……グレゴリー教官……??」
「ああ、傑作だろ?」
腹を抱えて笑うアンがいた。
「すぐそこで誰か待ってた奴を見つけてな。少し待ってみたら、アレが来たわけだ。あっはっは、意味不明だろ」
「あー……。うーん……」
エンリカの口に真っ直ぐ線が引かれる。
何とも言いにくそうな彼女に皆の注目が集まる。
「よ、ヨハンナさまにお願いしたのですけど……使徒が必ず行きます、とはこういうことでしたか……」
「追いかけよう」
ペルラが有無を言わさず駆け出す。しかし、彼女の衣服がいつもと違った。
みるみる内に豆粒のように小さくなっていく。
「ペ、ペルラさん、まだ試着中ですわー!!!」
エンリカも後に続く。
「あはは! 楽しそうだねー! ベルたちもいこー!」
「あ! お、お勘定を、アン!」
ベルに引っ張られ始めたティアは、金の入った皮袋をアンに投げ渡した。
ベルのリボンが激しく揺れる。
だが、それ以上にティアの体が千切れそうだった。




