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西方聖戦記〜最弱症状の少女は超常の使徒となる〜  作者: 天上
第一章 聖暦十八年 転移〜候補者編
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赤点軍団の戦い 前編

――聖暦十八年、冬。

 使徒候補者たちは試練の時を迎える。


 定期試験の後、開示魔法(アポカリプス)によって、ティアの手元には点数が現れる。

 ティアは口を引き結んだ。

 そうしなければ、喜びが溢れてしまいそうだったからだ。


      身体 魔力 知性 教養

 シーザー  9  9  9  10


 エンリカ  8  9  9  10


 シャール  8  9  9  10


 マグナス  9  8  8  9


 ノトゥ   7  8  8  9


 リリン   8  7  6  6


 ニル    9  9  5  4


 アンリ  10  1  9  6

 


 グレイス  1  8  8  9



 ペルラ  10  4  7  2


 エドワルド 8  6  4  3


 ベル    6  5  3  4



 身体能力に変化はないが、それ以外の数字が上がっている。特に知識教養の分野は大躍進だ。


「グレイスさん、やりましたわね」

「エンリカさん……!」

「日頃の努力の賜物かと。ワタクシも鼻が高いですわ!」


 エンリカは鼻の先に指を滑らせる。

 勉強会に最も時と労力を掛けている二人だ。他の候補者が休む間も勉学に励み、身体及び魔法の修練においても全力で取り組んでいた。

 努力の結実に、ティアの金の瞳も熱を帯びる。

 そんな彼女にエンリカはハンカチを差し出す。

 一方で、エヴァールが乾いた声でとある四人に語りかけていた。


「今回、皆々の成長が見てとれた。しかし……」


 選りすぐりの四人は互いに顔を見合わせる。

 それぞれの机の上には答案用紙が並べられている。丸の少ない紙は、一つの末路を予感させる。


「ペルラ・グレイグス、ベル・リン、ニル、エドワルド・ヨーク。四人はこのままでは使徒候補から外さざるを得ない」

「えっ?」


 眼をぬめりと開いたエヴァールの宣告に、その場に残っていた面々は等しく衝撃を受けた。

 数時間後、修練を終えた面々は女子部屋に集結する。


「貴方たちは何を考えておりますの!」


 エンリカが机に両手を叩きつける。

 緊急作戦会議だ。問題となる四人は中央に集められ、黒点組はその周りを取り囲む形になっている。


「ご、ごめんなさーい!」


 ベルが深々と頭を下げる。だが、それ以上謝罪の声が続かない。理解から遠く離れたような仕草を三人は取っていた。


「落第の危機。これがお分かりですの?」

「てめぇらに謝る必要はねえ。再試験までに準備すりゃいいんだ」


 ニルは胡座をかいている。それでもティアと目線の高さが同じだ。

 再試験まで一週間しかない。難しさを落とした内容にするとのことだったが、それでも半数以上が落第必至となるらしい。こんな形で仲間を失いたくはなかった。

 エンリカが更に二度、落雷のような音を響かせる。

 

「ニルさん! ヨハンナさまやエヴァールさまの座学に対する姿勢も悪ければ、勉強会にも出ていらっしゃらない。それで成績がよければワタクシも口を閉ざしますが……」

「そういえば、アンリがいない」

「アンリさんは落第を免れていますわ」


 ベッドの上段を指差す。

 アンの手がある。ひらひらと答案用紙を揺らし、見せつけている。低い点数だが、宣告を受けた四人よりはずっとよかった。


「すごいなー」

「だまらっしゃい! ペルラさん、エドワルドさん、お二人はもう少し根本的なところから見直さなければなりません!」

「わたしがバカだっていいたいのか! 無礼だぞ!」

「そうは言ってないんじゃない?」

「バカもの! ほぼ言ってるみたいなものではないか! いてっ!」


 エドワルドの頭が鈍く悲鳴を上げる。拳を握り締めるマグナスの爽やかな表情がほとんど消えているように見えた。


「僕のところのバカが申し訳ない」

「助かりますわ。とにかく、今必要なのは知識を得る効率、そして速度。それを考慮すると、おそらく今までのやり方では通りませんわ」

「そこで、ボクたちから提案なんだけど……。一人が一人に付いて、一週間付きっきりっていうのはどうかな……?」

「ノトゥさん。提案ではありませんわ。これは強制ですわ!」

「ご、ごめん……って感じだからエドワルドよろしく……」


 ノトゥがエドワルドの頭を撫でる。

 一人が一人に付く。赤点は四人いる。つまりは、四人がそうするはずだが、この場の人数は九人。


「ニルは僕だ。これから僕たちも勉強会に参加する。よろしく頼む」

「んなもんに入るよりいでっ!」


 マグナスの拳骨が飛ぶ。ニルは顔を赤くしていたが、逆らうことはなかった。

 エンリカがペルラの肩を叩く。


「グレイスさん。貴女はベルさんをお願いしますわ」

「え、えっ! 私が……ですか……?」

「アンリさんには絶対任せられませんからね」

「私も、やる気はないな」


 上方からアンの声がした。今日一日そのまま寝て過ごしてしまうくらい満喫している。

 

「とまあ、このような具合ですので。ですが、ワタクシから見てグレイスさんにとってもよい経験となるはずですわ」

「エンリカさんがそう言われるなら……」

「では、ペルラさんは、ワタクシが。本日は修練のない日ではありますが、早速配置に着きますわよ!」

「よろしく、エンリカ」

「ええ、よろしくお願いしますわ! 厳しくいきますわよ!」


 その一言をきっかけに、性別ごとの部屋に戻り、早速始められた。

 エンリカはペルラを席に座らせると、いきなり問答を始めた。知識の程を始めの内に把握しようというのだろう。

 ティアは、まず本を用意する。同じく、初心者を意識してのものだ。


「ベルさん、よろしくお願いします」

「よろしくー! いつもはリカちゃんだから新鮮だねー」


 輝く茶色の眼が向けられる。

 座っていても忙しなく手と脚が動いている。

 ベルは使徒候補者最年少で、随一の元気を持つ。そのせいか、落ち着かない様子が度々ある。

 しかし、逆に言うとそれだけだ。反抗的であったり、プライドが高かったりということはない。

 実際に四人の中では一番点数が高い。学習意欲もある。


「ぐーっ、ぐーっ」


 しかし、眠りやすいという弱点があった。


「ベルさん、ベルさん」

「んわぁ……ああ、ごめんごめん。また寝ちゃったー」

「少し休憩しましょうか。20分後に再開しましょう」

「はーい!」


 ベルが部屋を飛び出して行った。まるで水を得た魚のように。

 学問に関する事柄が彼女の一番の苦手分野だ。本を読む、話を聞くだけでも眠りに誘われてしまう。そのため、勉強会でもあまり力をつけられていない。

 勉強会は主に復習をする。ベルは復習のみで以前にやった範囲をエンリカやノトゥが根気強く教えていた。

 だが、彼女は幼い。ティアやアンよりも低い背丈で身体能力と体力も並といったところ。日々の修練を必死で行った後に、頭を働かせるのも困難だ。

 

 20分後、勉強をまた始められたが、結局数十分しかもたなかった。

 その夜、女性部屋の皆が寝静まった後、ティアとエンリカは風呂場にいた。


「ふぅ〜生き返りますわ〜。グレイスさん、今日はお疲れさまでした」

「は、はい。エンリカさんもお疲れさまです」

「ペルラさんに半日くっついて汗ダクダクのクタクタ。明日以降、教官さまのお情けで修練が休止になるとはいえ、先が思いやられますわ……」


 初日だけあって、夜の勉強会では、女性と男性部屋両方が大騒ぎだった。そのせいで、アンを除く全員が疲労した。


「自ら行動するよい機会ではありますが……中々に難しいですわね」

「来期からそんなに自主性……が重要になってくるんでしょうか……?」


 エンリカがこの赤点軍団を引き受けた時、グレゴリーたちがそう言っていた。

 元々は、監督の三人がこの件の担当だった。


「勿論ですわ。教官さま方が修練だけでなく西方遠征の準備や使徒としての使命も並行して行わなければならないこの瞬間、正にワタクシたち自身の決定が重要となりますわ」

「西方遠征……」


 エンリカが自らの額を指で擦る。

 西方遠征、詳細はまだ分からない。エンリカやノトゥは事情を知っているような口振りだ。だが、教官たちが言うように、今は心身を鍛えることが優先されるとして語らなかった。

 使徒になるための実戦とアンは予想している。それなら、自主性が重要になってくることにも納得できる。

 しかし、その言葉はティアの顔を硬くする。


「けれど、心配することはありませんわ。失敗、苦悩、いずれもワタクシたちが助力いたします」


 エンリカが自らの胸に手を当てる。

 キリッとした眉は自信の表れ、その声は昼間の怒声と異なり柔らかい。四歳しか違わないが、すでに母親のような気風がある。

 間を置いて、ティアは小さく頷いた。


「では、ベルさんのことなんですけど」

「苦戦、していらっしゃるようですわね」

「はい。……一つ考えていることがあるんですけど、自信なくて。エンリカさんのご意見をいただけますか?」

「……ふふ、どんな意見か、是非ともお聞かせ下さい!」


 エンリカの紫の眼がキラリと光った。


 翌日早朝、ティアはベルを連れて聖都の街に繰り出した。

 ティアは地図を広げながらゆっくり歩いている。聖都は広大で、建物も多い。


「こっちにお魚屋さんとお肉屋さん、食べ物を売ってくれるお店が多いんだよー。で、こっちにはお野菜やお花のお店があってー」


 ベルが地図と方角を指差しながらティアに説明する。


「では、アルタン肉と言う肉屋さんの向かいにあるご飯屋さんはどこにありますか?」

「それはねー。ここだねー!」

「ベルさんすごいです。こんな細かい地図をスラスラ読めるんですね!」

「リカちゃんとよく街を歩いてるからねー。でも、地図って簡単なんだねー」


 ベルは地図の読み方に苦戦していた。言語にして整理することで、ここは克服できそうだ。

 外出の主目的は勉強だ。

 街を散策しつつ、知識を試して解答を得る。半ば実践的なもので、ベルの興味も引き出せる。

 そこにエンリカの事前知識が役に立った。何が好きなのかメモとして渡されてもいるが、昨夜なんとか覚えた。お陰で、淀みなく出題ができている。

 

 地図と照らし合わせながら道を進んでいた。

 街は活気に満ちている。自分たちの背丈より遥かに大きい人々が道を行き交い、商売に励んでいる。

 食料品だけでなく、武器や衣服、特産品や娯楽など様々だ。

 目に映るものがどれも真新しい。前は、使徒同士の騒ぎもあって散策ができなかった。ほとんどを修練場内で完結しているというのも要因だ。

 

 皇城の近く、そこに煌びやかな通りがあった。

 目的地ではないが、地図によると衣服を多く取り扱っている通りらしい。エンリカメモでは貴族御用達の店も多いとある。


「…………」

「ベルさん……?」

「……あ、ううん。何でもないよー」


 ベルが足早に去る。

 今の一瞬、視線が通りに釘付けにされたように見えた。

 うずうずとした快活な目に、静寂が宿る。それは、新たな発見だった。


 東方軒と書いてある店に辿り着いたのは、それからすぐだった。

 いらっしゃい、と若干訛りのある言葉で挨拶され、席に通された。


「お腹空きましたねー。何食べましょう」

「こういうところ初めてきたなー。うーん、字が読めなーい」

「東方(オリエント)の文字ですね。少しだけなら読めますが……これは、米? を炒めたものですね、こっちは野菜……カエルを茹でたもの……」

「へー東方ってところにもお米やカエルがあるんだねー。……ん? 東方って聞いたことあるなー」

「ふふふ、ここに地図があります。聖都がここで、そこから東に広がる広大な土地が東方です」

「ざっくりした地図だー! これは見たことあるよー」


 広げた地図は、確かに輪郭くらいしか分からない。聖都の地図に比べ、精巧さに雲泥の差がある。


「西方にはない独特な文化があるということです。あちらではお米? が主食になっているとか。お米って麦みたいなものなんですかね?」

「ちょっと違うかなー。ベル、お米食べたことあるけど、匂いとか食感とか全然違うよー」


 米をティアは知らないが、エンリカが知識として把握していた。

 ベルは農家の生まれだ。作物や食べ物の話にはある程度理解がある。


「では、私はこの炒めたお米を」

「ベルも同じのー! あでも、お金ってどうするのー?」

「ヨハンナ先生に出していただきました! ですが、その数には限りがあります。この後、買うものを今の内に考えておいて、お金の足し引きをしてみましょう」

「大事だもんねー。やってみるー!」


 料理を待つ間、金の計算をした。

 ティアにとっても金銭をしっかり取り扱うのは初めての経験だった。エンリカメモはこういう時欠かせない。

 それが終わると、ざっくりとした地図を広げつつ西方と東方の違いを共に学んだ。

 そして、黄金色に光る料理が彼女たちの前に現れる。


「これが炒めたお米! すごいです。香ばしさでよだれが……」

「このお米パラパラだよパラパラ! でも、全然パサパサしてない! キラキラだよ!」


 二人とも目を輝かせていた。

 その時だけ、勉強も忘れてひたすら米を口の中にかき入れていた。

 熱い。黄金の米から立ち込める湯気、食した瞬間にジュワッと広がる熱が、ティアの額から汗を流す。

 ベルも同様だ。共鳴したかのように無言で味わっていた。

 年少の組み合わせ。自由に学び、休み、食べる。ティアが目指した方向性だ。

 楽しくありたい。ベルの喜ぶ姿を見て、ますます体が熱を帯びた。

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