6
目が醒める。
イヴォンヌに微笑むのは花園のあの天使たちだ。
(ああ、わたくし、気を失ったのでしょうね)
体を起こし、ベッド脇のサイドチェストに置かれた呼び鈴を鳴らす。
いつもの起きがけより酷く喉が渇いていて、体もどこかこわばっている心地がした。
(どうしましょう)
漠然とした不安が、イヴォンヌを襲っていた。
今が過去だとして、どうすればいいのだろう。
死ななかった。
それ自体は光明である。
しかし、イヴォンヌの中で処刑まで生きた自分を無かったことにするのは非常に難しい。
到底、できることではない。
その上で、イヴォンヌはこれからどのように生きていくのが最善なのか。
処刑までの日々をなぞるように生きていくなんて不可能だ。――では逆張り?
それだって現実的ではない。なにかに怯えて生きていくなんて真っ当ではない。いつか壊れてしまう。
イヴォンヌはため息をついた。
そんな時だ。
(騒がしいわね)
ドアの向こう側から、ドタドタとはしたなく迫る音がする。それも多分、数が多い。まとまった数の音だ。それが思いのほか早い速度で距離を詰めてきて、かくして、イヴォンヌの部屋の扉は開け放たれた。
「イヴォンヌ!」
その声が父のものだとイヴォンヌは理解したが、ぞろっと人々が顔を現した。
父だけでなく、母に、兄に、弟に、本来呼んだはずのメアは、家令と共に最後扉を閉めて姿を見せる。
(そうよねぇ)
そうなのだ。
皆一様に顔を心配一色にして。
何があったのか、加減はどうか、とりあえず水かと、イヴォンヌのベッドの周りに集まって甲斐甲斐しく。
イヴォンヌはしかめっ面になりそうな自分を叱咤しながら、兄が手ずから水を注いでくれたゴブレットを受け取った。ただでさえ、カラカラだ。泣いて流す水分が勿体ない。
しかし我慢すると、顔はどうにも不細工になってしまう。不機嫌ではないのに。
「ありがとう、ございます」
あの時、イヴォンヌは最期に家族と顔を合わせることはできなかった。あの時王都にいたのはイヴォンヌだけで、他は皆領地にいた。領地を丸空けにできない状態だった。当時、イヴァルテ領と隣国の境付近で不穏な気配があったのだ。父と兄はその警戒、母が弟と領都を守っていた。落ち着いたら、自衛軍や家臣たちに任せ、合流をする予定だった。
イヴァルテ領は北東の国境に面した広大な領地で、王都までは馬車で二週間ほどかかる。
思い返すに、囚われてから断頭台に上がるまで一週間程度。どんなに頑張っても間に合わない。
(わたくしは、この方たちに、どれほどの苦労をあの時かけてしまったのか)
ただ倒れただけで、これほど心配してくれる家族。過保護と笑い飛ばしてしまえばそれまでだけれど、それは静かに当たり前に控えていた平和の一端だ。
イヴォンヌは、首にざわりとした心地悪さを覚えながら、自分の失敗で自分が失ったはずのものを実感する。
(何かを失うって、簡単に起こってしまうのね)
イヴォンヌは、自分の左手を見る。
この手はあの時、新調した扇子を握っていたのだ。




