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――あら?
イヴォンヌが最初に覚えた違和感は、枕の柔らかさだった。
拘置所の寝具は粗末ではないにせよ、これほどではなかったはずだ。
頬に触れる感触があまりに心地よくて、つい顔が緩む。
顎を軸に顔を押しつけては離し、もう一度押しつけてを数度繰り返した。――良い。ふわふわだ。
腹を預けるマットレスも、藁の硬さではない。
ふわりと沈み、やわらかく押し返してくる。均等に詰められた羊毛の感触。
(……わたくしの、ベッドですわ)
気づいたときには、そうとしかイヴォンヌは思えなかった。
ひと月ほど前まで当たり前に実感していたものがそこにあった。
確かめるように、ゆっくりと寝返りを打つ。
見上げることになったベッドの天蓋、それが何よりの答え合わせになった。
「やっぱり……!」
視線の先には、花畑から手を差し伸べる天使たちの絵。
叔母から譲られた、あのベッドにしかない絵がそこにあった。イヴォンヌは嫁入りに持っていきたいと駄々までこねるほど、このベッドを大切にしていた。自分を見下ろす天使たちが、天使違いではないと確信している。
見慣れた寝具。見慣れた感触。
――けれど。
(わたくしは、処刑されたはずではなくて?)
なぜ自分が実家のベッドでいつも通りうつ伏せで寝ていたのかが分からない。
イヴォンヌは自分の首に触れた。――はっきり覚えているのだ。
処刑人に手を引かれ、断頭台へ上がったことを。
あれの上にうつ伏せに横たわり、首元に木の感触が触れた時。イヴォンヌは思っていたのだ。
うつ伏せで眠る癖があってよかった、と。
そうすれば、「いつものように眠るのだ」と自分に言い聞かせることができたから。
頭上から自分の首を狙う大きな刃は、やはり威圧的で、恐ろしかった。
ベッドから降り、姿見の前に立つ。
首が繋がっていることは分かっていた。
それでも、確かめずにはいられなかった。
「……あら?」
鏡に映るイヴォンヌ。彼女の首は、傷一つなく繋がっていた。
それどころではない。
イヴォンヌは、鏡に映る自分を見つめて、息を止めた。
処刑のために切り揃えたはずの亜麻色の髪は、肩を覆う長さになっていた。
広い額。垂れがちなモスグリーンの瞳。父譲りの長い睫毛。低めの鼻。薄い唇。口元のほくろ。
見慣れたはずの顔立ちは、変わってはいないはずなのだが。
(……わたくしの顔ってこんなだったかしら)
そのとき、扉が叩かれる。
返事を待たず、静かに開く音。
「あ……お嬢様、お目覚めでいらっしゃいましたか」
振り向いた先にいたのは、メイドのメアだった。
見慣れた顔。見慣れた仕草。
朝の支度を整えに来るのも、いつものこと。
ここが実家――イヴァルテ領の屋敷であるならば。
イヴォンヌは、ただ見つめることしかできなかった。
(……どういうこと?)




