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憎まれ令嬢、死に戻ったけど政略結婚を選び直します  作者: おいや


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「それで、これからのお話について、でございますが」


 マノンはイヴォンヌをじっと見つめた。


「私から、状況を踏まえご提案なのですが」


 殿下がイヴァルテに視察が決まってからの動きに、偵察要員が着いていくことは不可能だった。長期滞在の関係で身の回りの世話をする人員は出立の時期同じく馬車にて後追いの状況、これに一名紛れて観測中との事。物資は水上輸送の許可が出たが、軍艦に軍人以外を乗せることは否決された模様、との事らしい。事実ベースで把握していた話ではあるため、イヴォンヌは静かに聞いていた。

 そのため、王都に数名まだアナマキエの偵察要員が残っている。彼らは殿下の偵察ではなく、殿下に関連する情報を収集しているとの事だ。


「誓って、宮廷内中枢への諜報活動は行っておりません。それゆえに、殿下が長期滞在なされる経緯も既にご存知の内容までしか把握できておらず。申し訳ございません」

「いいえ、線を弁えているわ」


 やろうと思えばできないことはなかったのだろう。しかし、きっとリスクも高く、本懐と並べた時、今は不要と判断したのだとイヴォンヌは納得していた。


「それで……ここからが私からのお願いなのですけれど、王都側にもう少々お時間を頂きたく」

「何か?」


 イヴォンヌが首を傾げると、マノンは視線を落とし、少しカップを見つめてから、またイヴォンヌへ向き直った。


「ご当人を知るには、ご当人のご様子だけを拝見なさるのみにあらず、周囲の観察も必要ではないかと」


 らしくもなく、ぼんやりとした言葉にイヴォンヌも少なからず姿勢が前へ傾く。


「……なにか出たの?」

「そうですね、出たと言うより当たった感覚を覚えておりまして」


 そのぎこちなさが、イヴォンヌだけが知っている心当たりを射抜いた。脳裏へ真っ先にあの令嬢が浮かぶ。


「そう」


 イヴォンヌは努めて平静さを装った。すぐにでも頷きたかった。 だが、それではまるで心当たりがあるように見えるのではないか。不安が、イヴォンヌを止めた。

 暫し考えるように視線を外し、カップを取り、ひと口茶を飲む。重く深みのある味わいが、熱を帯びた頭に行き渡る心地を与える。


「そうね、お願いできるかしら」


 発した声は、心の揺らぎを隠しきれていただろうか。十六のイヴォンヌを見せずにできただろうか。

 つい探るように、マノンを見てしまう。


「承知いたしました」


 ホッとしたような、マノンの顔。


(ああ、よかった)


 イヴォンヌもまた、自然と顔が緩む。




「それで、今あなたの知るところで、殿下のことを教えてくれないのかしら」

「えっ」


 イヴォンヌの切り返しに、今度はマノンが驚いた顔をする。


「届いているところでいいの。見てきたのでしょう? 今後の参考になるし」


 すると、マノンはじとりとイヴォンヌを見た。彼女が不満を示す時によくする顔だ。


「姫様、そういうところにございます!」

「え?」

「それは報告で聞くところではございません!」


 ご自身でお伺いくださいませ、と、マノンは放り込むように干菓子を口に含み、カップに口をつけた。


「拗ねるところでもないでしょう。あなたが答えを知っていて、なぜ改めて殿下に伺わねばならぬのです」


 諭す言葉をマノンに向けるが、マノンはすんとして語らない。

 どうしたものか、と、思ったところで部屋の扉を叩かれる。


「どうしたの?」


 扉の向こうに声をかける。向こう側は答えず、そのまま扉が開かれた。

 見えた顔に、イヴォンヌは思わず眉を寄せた。


「よぉ」


 こんな風に気さくに声を掛けられたら、きっと、宮廷貴族のご令嬢らは喜色に満ちた顔になるのだろう。イヴォンヌは全くそうはならないが。


「面白そうな話してんな?」

「外に漏れるほどの声でしたか」

「いや、存外俺は耳が良いもんでな」

「あら、それは存じませんでした」


 次の作戦会議はアナマキエのタウンハウスにしようとイヴォンヌは固く決意した。


「恐れながら」


 と、声を上げたのはマノンだった。

 いつの間にか彼女は立ち、淑女の礼を殿下に向けて施していた。


「どうした?」


 イヴォンヌではなく、殿下が答える。


「は。アナマキエ子爵家――」

「いい、挨拶は後に」

「有難う存じます。廊下はお寒うございませんか、殿下」

「そうだな、外ほどでは無いが」


 その婉曲なやり取りに、理解が及ばぬほど、イヴォンヌも愚かではない。いつまでも扉口に殿下を立たせたまま、軽口を叩き合うのは確かに宜しくない。

 ゆえに、半ば諦めるように言った。


「児戯に等しい茶会ですが、殿下もいかがでしょうか」


 殿下は鷹揚かつ満足気に頷いた。


「末席に与ろうか」

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