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殿下の長期滞在は、イヴォンヌ以外には知れていたことらしい。振り返れば、兄が騎獣について話をしていた時も、話題になったのは寒さへの備えや、気紛れな性質への対応ばかりだった。見た目からして肉食だろう彼らの餌については、ほとんど触れられていない。思いのほか、うつつを抜かしていたとも振り返れそうで、イヴォンヌは苦虫を噛み潰したような心地を覚えた。
「あなたには無駄足を運ばせてしまったかしら」
「いえ、あちらはあちらで色々と情報収集が進んでいるようです」
と、マノンは微笑み、カップのハンドルを摘む。
マノンも多少なり、アナマキエコミュニティから、殿下の件はそれなりに把握済みらしかった。
兎にも角にも作戦変更と相談のために、イヴォンヌが招集をかけたのだが、彼女は快く参じてくれたし、こうして話を聞いてくれていた。
「それにしても、殿下は活動的でいらっしゃるのですね」
「わたくしも驚きました」
「ふふ、どうです? 殿下は」
「どう、と言われても……殿下は殿下でいらっしゃいますわ」
***
まず、殿下は自分たちに合わせなくていいとお話しになった。それは、いらした直後に開いた晩餐の時だった。さすがに、イヴァルテ貴族全てを呼ぶのは厳かすぎると重鎮のみを呼んでの会としたのだが、王都とイヴァルテではまず食文化が違う。だから、並べられる料理には王都式の配慮をした。が、翌日殿下から、
「我らは視察に来たのだから、ありのままを拝見したい」
その日の昼からは徐々にイヴァルテ式へ切り替えることになった。
もっとも、それはそれで悩ましかった。
国内でコメを主食とするのはイヴァルテだけである。パン食主流の王都文化の人間にいきなり出すには憚られた。
そういうわけで、まずはリゾットを主食にした献立を提供した。念の為、パンも用意した上で。
殿下はどちらもお召し上がりになった。ただ、
「イヴォンヌ」
「はい」
「俺は具合悪く見えたか?」
「……は?」
なんでもリゾットが、王都では体調不良の際に出される麦粥というものと似ていたらしい。イヴォンヌは詫びて経緯を説明すると、殿下は一笑した。
「気遣いも過ぎれば障るってこったな」
と、チクリと刺されるに終わった。なお、パンまで平らげたのは体調に問題ないことを示す為だったらしい。少し腹が張るとまた、笑っていた。
そういうわけで、次はパンと炊いた米両方用意した。お出しする前に確認をして、選んでいただくことにしたのだ。勿論主菜や副菜はどちらにも合わせられるものを並べるなどして。迷わず殿下はコメを選んだ。数日過ぎた今、殿下はイヴォンヌらが食卓で使う箸に興味津々のようだ。棒二本で食事ができる効率の良さに目がいったらしい。ナイフやフォーク、スプーンなど使い馴染みのあるだろうカトラリーは並べさせているが、数分練習している。器用なもので、ばってん箸をしなくなるところまできている。
また、この数日といえば、殿下はサロンの発表会にもご関心があったようで、当家で内々に用意しているリストをご覧になるなり、イヴォンヌやイヴォンヌが参加の難しいものは兄同伴のもと、出席をしていた。
供回りの方も科目に合わせて変わっていた。元々閉鎖的な会では無いため、驚かれること必至であったが、歓迎された。発表者はどの顔も割り増しに緊張していたが、熱量も一際だった。
ただ、殿下が来る前に発表が終わっていたサロンらはタイミングを惜しんでいた。が、そこは殿下もバランス感覚がよく、父と相談して、ある程度厳選したものを簡略化したものという前提で、再演する計画を立てているらしい。ふるいをかける手間こそあるが、確執を生むよりたやすいこととイヴォンヌにも思えた。
***
「まぁまぁ、姫様のことですから、卒なく当たり障りなくお過ごしと思ってましたけれど」
マノンがくすくす笑う。
「行くはずないでしょう。お父様も、お母様も、お兄様も、長くいらっしゃるって伝えもせずに。殿下のお願いで、滞在中の殿下のお世話は私が監督することになっているのも、お話してすぐ後に知りましたのに」
勿論、補助はするとの事だったが、なにぶん事前準備というものがほとんど無い。確かに、采配は合理的である。当家の責任に及ぶ範囲は兄らが。それ以外はイヴォンヌが。イヴァルテ侯爵家として、それだけにかまけては居られない。父と母にはイヴァルテ領の仕事がある。ならば、婚約者の世話は婚約者がするのは矛盾しない。それでも、来るまでにできた色々があったろうと思えば、手紙であえて伝えなかったフィリップの所業には少し、苛立ちもする。
「姫様も完璧主義ですからね」
「あら、どういうことかしら」
へそを曲げがちなイヴォンヌに、マノンはどうしたものかと、言葉を選ぶような顔をした。
「姫様は、こうして私をお呼びつけなさるでしょう」
「ええ」
「でも、計画してお呼びになってらっしゃいますか?」
「……いいえ、その点は申し訳ないわ」
「いえ、問い詰めたいのではございません。私はそれを誇らしく思っております」
マノンは、目を細める。
「私はありがたいことに、長くお仕えしておりますので、気兼ねなくお呼び頂けていると自負しております。もしかしたらですが、殿下がお求めなのも、そういう事ではないのでしょうか」
「……そうだとしたら、そういえば良いのでは」
「姫様はそれで立ち回れますか?」
イヴォンヌは、言い返せなかった。
それを見てマノンは、「そういうことにごさいます」と、得意げな顔をする。これがまた、先日見たどこかの殿下を思い出させて、イヴォンヌは少し、悔しさを感じたのだった。




