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客室に殿下を迎え、まずは会談が行われた。イヴァルテ一家と殿下は対面するように椅子に腰掛けている。殿下の供回りは椅子の背を挟んで彼の背後に並び立った。班隊規模にもかかわらず、非常に頼もしく見えるのは、乱れない動きと、今なお待機の姿勢として直立不動であることの整然さから感じられるのかもしれない。
時節の挨拶、来訪への謝意、近況の語らいと話が進んでいく中、イヴォンヌは失礼のない程度に殿下を観察していた。目の前の彼は十六歳で、見知ったはずの精悍さを感じる容貌に、どこか新鮮さを覚える。
(殿方は、一年の間に顔つきが磨かれるのでしょうか)
年に一度お会いできれば良い程度にしか、イヴォンヌは過去殿下と面会をしていない。距離的な問題もあるし、直近は祖母の訃報もあったからだ。
婚約後の初回となる面会は殿下が十七の時と割と最近の話である。その時の様子と比較して、殿下のご尊顔にはどこかまだ年齢分の柔らかさを感じる。搾り出した濃い蜜の色をした髪色や瞳が目に優しいからだろうか。
「お恥ずかしながら、当家には騎獣の抱えが無いもので……この季節ということもあります。何か至らぬところがありましたら気兼ねなくお申し付けください」
イヴォンヌの知る限り、当家へ足を運ばれる方の殆どは馬を使う。 騎獣を伴う来訪など滅多に聞かない。
それだけに兄が気を揉むのも無理はない。当家には騎獣がおらず、勝手も分からない。しかし、だから致し方ないとするのは兄の性分ではないのだ。客人を不足なくもてなしたいのである。
「気遣い感謝する、シルヴェール殿。あれらは平時、体表を魔力の膜で覆っている。それゆえ寒暖の影響は受けん。だから、まずその点は安心して欲しい」
その言葉を受けて、兄は素直に表情を緩めた。
「左様でしたか。余計なことを申しました」
「いや。ありがたい申し出であることに変わりない。あれらは、勝手気儘な嫌いがある。ヘクター、以前の南方視察では何があったか」
すると、呼ばれたのが彼なのだろう。殿下の真背後にいた褐色髪の屈強そうな男性が、それまでの真面目な顔から僅かに顔を緩めた。
「果樹に生った実の匂いが気に入ったようで、食いたいと駄々を捏ね……青果は備蓄に無く。融通頂いたこともありました」
「こういった感じだ。それ故に、頼み事は少なからずあるかもしれん。その時は頼ませて欲しい」
これもまた、兄は頷いていた。
一方で、イヴォンヌはこのふたりのやり取りを把握する傍ら、この頃は兄と身丈が同じ程度だったのか、などと場違いなことをも考えていた。
未来、兄は殿下よりも背が高い。父のように巨躯になる。とはいえ、殿下の身丈も低いわけではない。むしろ、貴族社会の面々だと高い部類のはずで――などと。
(あら、わたくしって思いのほか肝が据わっていたのね)
この方のお顔を拝謁するために王都まで行って、私は首を刎ねられた。 それなのに、こうして正面から顔を見ても、思考も心も不思議なくらい騒がない。
体感として、二ヶ月程度の時間ではある。 たったとも言えるはずだったが、もう既に己が十四のイヴォンヌであることへ馴染んでしまっているのかもしれない。
ただ「そういったこともあった」と事実がそこに在るだけになってしまっている。 思い出そうと思えば幾らでも思い出せるのに、あの時の自分の感情だけが上手く辿れなかった。それが少し、居心地悪かった。
当家としての会談が終わり、一旦部屋で寛ぐのだろうかとぼんやりしていたら、「それでは私たちはこれで」と、ぞろぞろ家族らが部屋から出ていく。
そこでハッとした。
(そういえば、殿下はわたくしに会いに来てくださったのでした)
茶や菓子のセッティングを一通りさせ、彼女らが部屋の扉を閉め切らずに出ていく。密室にしない対応である。
「侯爵には苦労をかけたか」
と、殿下。彼は公私で口調を変える。が、数少ない二人きりで言葉を交わした時を思い返すと、改まった場では弁えてお話になるということのようだとイヴォンヌは理解した。そう違和感は覚えなかった。
「いえ、とんでもございませんわ。お会いできて嬉しゅうございます」
「そうか。なら、ゾルグで飛ばして来た甲斐があったってこったな」
「あの立派な騎獣の名ですか?」
殿下は頷く。
「獣種は天虎だ。だが、そう呼ぶと機嫌を損ねる」
その言葉を聞いて、イヴォンヌははて、と首をかしげた。てっきり、ゾルグという種なのかと理解しかけたのだ。
「名で使役する、と聞いたことがありますけれど」
「気位が高いからな。だが呼ぶなよ?」
教えたのに、口にするなと言う。イヴォンヌは、噛み合ってない違和感を覚えながらも、頷いた。すると、殿下はその機微を察したらしい。
「認めた人間以外が名を呼ぶと頭と体が飛ぶ」
と、悪戯を教えるように語った。なるほど、そのあたりの知識が乏しいイヴォンヌも意味を理解した。名前を知られて困るわけではない。名を呼べることが関係性の証ということなのだろう。
「こちらには、なぜ?」
「顔が見たくなった」
「それだけ、ですか?」
「ああ。なんだ? 不足か?」
「いいえ。ただ、随分と軽やかだと思ったのですわ」
手紙が来てから思っていたことの片鱗を、イヴォンヌは殿下に向けてみる。
「重々しく来りゃ満足だったか?」
「少なくとも、空から勇んでいらっしゃる理由には聞こえないのです」
どうしたって、手間だろうに。
「嫁候補の顔を見に来るのに、理由が要るとは思わなかったな」
「……候補、でございますか」
「安心しろ。逃がす気はねぇよ」
「物騒も程々になさいませ」
王都から辺境と言っていい程の距離をからかいを交ぜてちょっとした散歩のように語る。
殿下とはそういう御人である。決めたことに躊躇いがない。その点は自分と重なるところだと理解していた。しかし、こういう所が合わないとも思う。
「ついでに、嫁の祖国を視察することにした」
フラナリアの王子であれば、イヴァルテを自国領と呼ぶこともできたはずだ。あえて「嫁の祖国」と言うあたりに、彼なりの文化的配慮をイヴォンヌは感じていた。
「今の季節は、特にお見せするものも少ないのですけれど」
「構わねぇさ。一年いる」
「……は?」
が、さすがにこれは思いもよらなかった。
驚いて言葉を失ってしまったのだが、何を思ったか、
「時折公務で王都へ戻るがな」
などと、殿下は見当違いな補足をする。
(……色々と足りるかしら)
「安心しろ。ゾルグ達の餌なら、冬越え分を後から運ばせる」
イヴォンヌは思ったままが口から零れていた。それに殿下は自信ありげに言葉を返すが――違う。そうではない。
「殿下、ここは雪国ですのよ?」
「アキルダのツァルキ軍港から、コルマッチ鉄道」
「輸送費が随分と王族的ですこと」
「王族だからな」
「開き直られましたわ」
「餓死させるわけにもいかねぇ。あれは食う」
「存じております。ですから、普通はこの時期にいらっしゃらないのです」
「普通ならな」
そんな言葉の応酬で、イヴォンヌもようやく現実を理解してきた。
「……まさかとは思いますけれど、本当に一年?」
「ああ」
「感服いたしますわ」
「俺からしたら造作もねぇ事だな」
違う。そうではない。イヴォンヌは堪らなくなった。
「わたくしの顔は一年も見るほどのものではございませんのよ!!」
「代わり映えしねぇってか?」
「ええ!!」
「良いじゃねぇの。それも」
殿下は不敵に笑った。その表情に、言い聞かせるようにしっかりと重みをのせて発された言葉に、イヴォンヌはつい毒気を抜かれて言葉が続かなかった。
「見慣れることに意味があると思わねぇか?」




