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斯くして、フラナリア王国第五王子フィリップ殿下がイヴァルテを訪問した。手紙が届いて三日後のことである。
手紙にあった、イヴォンヌが贈った品を受け取ってからの動きとなると、一週間を多少超える程度。殿下という身分であればこそ、並々ならぬことだった。誰がどんな無茶をしたのか、イヴォンヌは少し気になったが、深く考えないことにした。客観的に見て、傲慢にしかならない。
そして、容易いことではない、と言うにはもうひとつある。王都からイヴァルテまでは馬車で二週間の距離である。が、殿下はそれを、一週間足らずで踏破してみせた。――空から。数騎の翼なき騎獣を伴って。
これは父への手紙から予め知っていた内容であったが、イヴォンヌは初めて、文字通り空を駆ける獣を見た。理屈は分かる。魔法の力で宙に足場を作り、地面による制限を受けずあらゆる所へ駆けて行けるのだ。
殿下がイヴァルテまで乗ってきた騎獣は、ただ人を乗せるためだけの生き物とは思えぬ巨躯だった。
四肢は太く、盛り上がった肩には獣らしい力強さがある。騎獣は殿下を降ろすと地面へ静かに座し、大人しくしていた。長くしなる尾を後ろへ流していたのだが、時々揺れるそれに、イヴォンヌはつい目がいった。尾だけでも、イヴォンヌ一人の背丈をゆうに超えていて、それが度々動くのだから。
(あれが私の体を弾いたらと思うと、ゾッとするわ)
とはいえ、胸中は好奇心が勝る。白銀の毛並みには縞が走り、その姿は大型のネコ科を思わせる。
猛々しいはずなのに、どこか可愛げがあるのは、猫を思わせる顔立ちのせいだろうか。騎獣の発する威圧感や存在感も、野生の獣にある粗暴さと違う。研ぎ澄まされた力の塊と言うべきか。触らなければ降りかからぬ、と、周囲に自然と人を遠ざける威圧がある。
なんとなく、伴が数騎であることに得心がいった。たとえば、騎獣でもって縮めた道程は、果たして常人に耐えうるものだったのだろうか。まして、この巨躯を御し続けるなど。そう考えると、この騎獣を乗りこなせる者はそう多く居ないのだろうと自ずと思い至るのだ。
この騎獣を乗りこなす殿下は、間違いなく騎手として優秀な方である、とも。
(知りませんでしたわ)
イヴォンヌは複雑に思う。果たして、没したイヴォンヌ十六歳の過去に未来があったなら、いつこの事を知ることになったのだろうか。過去と今で、果たしてどれだけのことが違ったのだろうか。
(刺繍を入れたハンカチくらいで)
少し気を配った品を添えた、それだけの事で。ここまで未来が分岐するなどと、誰が思っただろう。返して言えば、それほどに、イヴォンヌが殿下に対して無関心だったということなのだろうか。
イヴォンヌは、首周りに言いようのないチリつきを感じた。無いはずの傷が、疼くような。死に戻ってから、省みることが既にいくつかあった。そしてここまで来ると、どうにも詰られているように思えてくる。
イヴォンヌしか知らぬ未来が、あの時に至っては必然だったろうと、じろじろと顔を覗きこんで、咎めてくるように感じられる。知ることに、初めて苦さを感じた。果たして、あのイヴォンヌの死は、イヴォンヌが悪かったのだろうか。
(わたくしは、未来を知っているわけではないのだわ)
希望なのか、恐怖なのか、イヴォンヌにはまだ分からなかった。




