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憎まれ令嬢、死に戻ったけど政略結婚を選び直します  作者: おいや


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 「嵐の前の静けさ」という言葉があるけれど、それは渦中の時や、過ぎ去った後に嵐の起こる前を思い返して「思えばあの時は静かであった」と追想しての言葉ではないかとイヴォンヌは思う。


(予知できないから、(脅威)なのよ)




 モンカリオの中心街が賑やかな時期になって、イヴォンヌの心も浮き足立つ。年末年始の慌ただしさは決して、社交の為だけではない。あらゆる領域で第一線を走る知識人が営むサロンのイベントで領都の日々が埋まるのである。

 サロンは簡単に言ってしまえば任意の分野をテーマに交流する場だ。小国だった名残から、イヴァルテはこのサロンが発達している。

 起点は知識の活用である。

 特定分野の知見を政治に生かす際、最も単純なのは有識者を屋敷へ招き、直接話を聞くことだ。しかし、イヴァルテではそれだけでは足りなかった。

 国から領へ移行する際、イヴァルテでは貴族制の再編が行われた。現在イヴァルテを支える子爵・男爵家は、その整理を経た家々である。その際、爵位を失った家々の受け皿として、イヴァルテには都官吏および郡官吏という公職が用意された。これには領民全てが志願でき、身分は準貴族という公人として扱われる。そして、爵位家が没落した場合、この準貴族が位上がりする取り決めが成された。

 つまり、イヴァルテは貴族家がいつでも入れ替わられる仕組みにある。よって、停滞せず周りに遅れを取らず、学び続ける必要がある。なぜなら、知識や技術が時に身分の境を揺らがせるからだ。

 無論、爵位家と領民では求められる責務も役割も異なる。互いを同列に扱う思想ではない。だが、それでも油断して良い理由にはならない。

 この結果、双方向性と合理性によって最適化された形が研究会(サロン)である。

 知識は聞いた者のものになってしまう。同じ知見を必要とする者がいても、屋敷ごとに有識者を招き、同じ問いを繰り返さねばならない。理解も解釈も家ごとに分かれ、知見は共有財ではなく、各家の持ち物になっていった。この無駄の多い閉鎖性を整えるために、門を開き、交流会の体に整えたのだ。

 この場に身分は問われない。イヴァルテ侯爵家もこの学び合いを推奨し、幾つかの公会堂を建設して支援した。

 新しい知見を持ち込めば名を上げられ、逆に遅れれば置いていかれる。ある者は更なる知識を求め、ある者は新たな着想を求め、色々なサロンを回る。モンカリオは舞い散る雪華を溶かす程に熱が高まる。

 ただし、幕間というのは存在するもので、イヴォンヌにとっては今日がそうだった。連日外出の身体的な労を癒しながら、イヴォンヌは新たに調達した論文集を居間で眺めていた。

 そんな時、強くノックの音がした。

 入室を許可するとミアが穏やかでない表情で現れた。


「どうしたの?」

「お手紙をお持ちになった方が」


 そう言って、彼女はイヴォンヌへ手紙を寄越す。

 上質な白い封筒を留めた真紅の封蝋。そこに刻印されたオリーブの枝と五つの実をみて、イヴォンヌはミアの落ち着かなさを察した。

 ペーパーナイフを受け取り、開いて手紙を取り出す。封蝋印が見えるように封筒をテーブルに置いて、向かいに座る母の方へ向けて滑らせた。手紙の送り主を気にしている様子をイヴォンヌは感じたのだ。

 便箋を開くと、青みを感じる黒のインクが美しく文字を綴っていた。ただ、心持ち線が濃く感じた。いつもと違って、そう思って少し苦い気持ちが湧く。


(彼もまた、若くなっているのだから)


 この時はまだ、《《未来よりも》》文字を書き慣れていないのかもしれないと、イヴォンヌは思う。

 筆圧が、長く文字を書くには非効率な程の強さだったのだろう。逆算的な成長を感じて複雑だった。


 時候の挨拶から、様子伺い、簡単な自分の近況と、形式的な記述の後、本題はいつも通り実にシンプルに書かれていた。

 先日贈った品物は無事に届いたらしい。が。


 ――それはさておき、会いたくなったので、今年の年末はそちらで過ごすことにした。


「突然すぎますわ」

「何と書かれているの?」


 封蝋印を見て相手を理解した母が、呆気にとられた様子のイヴォンヌに尋ねてきた。


「こちらに《《滞在する》》そうです」


 イヴォンヌは伺いを立てられたわけではないことを強調して、母に答えた。伝わったようで、目が微かに開きを増した。


 こちらに伺いを立てるのではなく通達であるあたり、顔の皮の厚みを感じざるを得ない。しかし、先んじて申し出ていただけた事にはイヴォンヌは安堵と感謝をしていた。なにせ相手はいきなり来ても多少の皮肉で許さねばならない相手だからだ。


「お父様にもお手紙はあった?」


 イヴォンヌの問いかけに、ミアは重要なことだと伝えるように、こっくり頷いた。それを見て、つい、くすりと笑ってしまった。


(突発的でも、最低限の配慮はなさるのね)


 きっと父も執務棟の方で苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。侯爵の職務も絶賛年末進行である。その中に、急な王族滞在の話が挟まるのだ。


「旦那様のもとへ向かいます。どのようになさるのか、お話を伺わなくては」


 そう母は言って、自身の専属メイドを引き連れ、部屋を出る。


「だれかくるの?」


 ローランが無邪気にイヴォンヌへ問いかけた。


「ええ、私の婚約者がいらっしゃるのですって」

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