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憎まれ令嬢、死に戻ったけど政略結婚を選び直します  作者: おいや


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 マノンとのお茶会の日から二週間程度経った。

 木々が葉の色を変えきって落とし始め、冷え込みが気になる時分になってきた。

 自室の窓カーテンが断熱魔法のカーテンに切り替わり、ベッドには天蓋カーテンが掛けられる。少しでも熱を逃がさない工夫だった。元々、着替えと寝るためにしか使わない私室には、暖を取るための機能がない。ただ、冷たい部屋で寝るのはかなり厳しいため、温石をベッドの中に入れる工夫はするけれど。

 どの部屋も温かくするというのは難しい。それで、イヴォンヌや母、ローランは居間で一日の大半を過ごす。

 イヴォンヌは、向かいで刺繍の図案本を広げていた。


(少し、即物的かしら)


 過去とはまた別の、違う何かを引き出すために、誰かに調べてもらうだけでなく、自分からも何か話が聞けないかと。

 そう思って、まずはきっかけづくりを始めようとしたのだ。

 イヴォンヌも不義理ではない。死に戻る前も折を見て婚約者へのご機嫌伺いとして、贈り物をしてきた。

 ただ、実用的でもらっても困らなさそうなものを贈るだけだった。それだけに、渡して終わりになってしまっていた。勿論、それが目的だったのだから、過去は惜しむことはなかった。

 そこを、まずは変えてみようと思い至ったのである。


(さすがに、気にしなさすぎていると指摘されてしまうとね)


 令嬢の嗜みとして、手すさびに刺繍をすることはよくあること。

 それを異性に渡すことは、少なからず相手を想っていることの意思表示である。


(これがなかなか、どうしたらいいものか)


 やはり、フィリップ殿下を示すオリーブの枝と五つの実を刺すべきか。

 それとも、獅子や鷲、天馬など、勇猛な意匠が良いものか。

 あるいは、あくまで令嬢の手すさびアピールとして、あえて百合や薔薇、水鳥などが良いのだろうか。


「イヴォンヌ、あなたどんな大作を作ろうとしているの?」


 不意に、母から尋ねられる。いつの間にか、本を読む手を止めて、こちらを見ていたようだ。

 イヴォンヌは首を傾げた。


「いえ、ハンカチにあしらうつもりで」


 すると母は、厄介なものを前にしたような視線をイヴォンヌに向けた。


「そのハンカチは贈り物?」

「そのつもりです」

「……お父様や、あなたの兄や弟にあげるものではないわよね?」


 確認するような様子に、真意がつかめないものの、素直に頷いた。


「殿下へと」


 すると、母は肩を落として小さくため息を吐いた。


「悪いことは言わないから、殿下のイニシャルを刺して差し上げなさい。あなたの見ている図案集だと、大作になってしまうから」


(なぜ、大作ではいけないのかしら)


 納得いかないぼやきを胸の内でつぶやきながら、イヴォンヌは書庫のある棟への渡り廊下を歩く。

 メイドに頼むことはしなかった。文字の意匠だってパターンがある。それを人任せにするのは主義に反した。


 足を進めながらふと、窓から見える景色に目をやる。

 東西に伸びるウーヴォ山脈。あれはイヴァルテを北方からの侵攻から守ってきた自然の防壁である。そびえる山々を越えてイヴァルテを害そうなど、文字通り、成し得ることではない。


(武装兵が隊をなして越えられる山ではまずないというわね)


 そして、山越え自体に注力すれば、あそこを棲み処とする獣たちとの生存競争に打ち勝つことはできない。


(ただ――二年後、北のスコルトラは秋の終わりに)


 西隣の公爵領と国境線を共にする北西地域ハシュマンタールから、隣国スコルトラの不審な動きの通報があった。

 ハシュマンタール以西は、連なる山岳も小高い程度となり、主要な越境ルートとなっている。

 自領が直撃される可能性は比較的低いが、何かあった時は公爵領との連携が必要になる。

 となると、ハシュマンタールに指揮官が必要だった。それで、父と兄が現地に向かったのである。


(今から気にかけられることなんて、あるのかしら)


 そう考えてすぐに、無理だと頭が答えを出す。

 スコルトラは高山地帯が主な土地となるのだが、彼らの抱えた問題にまず食料問題がある。ここにしばしば巻き込まれ、隣領ともども苦汁を飲まされている。どうにも彼らは、奪えば容易いと思っている節を、イヴォンヌだけでなく皆が感じていた。


(いつまで、短絡的でいられるのかしら――何かの拍子で農業革命でも起こして頂きたいものだわ)


 何事も為せば成る、と、イヴォンヌは識っていた。

 イヴァルテとて、昔は食料問題を抱えていたのだ。


 ウーヴォ山脈を始めとして、イヴァルテの地形は全体的に盆地状で、気候に移り変わりがある。それを大きく四つに分け、それらを四季と呼んでいた。暦とも概ね一致しており、一月から三月を春、四月から六月を夏、七月から九月を秋、十月から十二月を冬と呼ぶ。


 夏に多く雨が降り、湿潤になるイヴァルテは麦が育たない土地だった。

 北の獣を狩ったり、西で育つ果樹で金を産み、主食たる麦を買って領民を食べさせるのは酷く非効率で――先人は自領で育てられる穀物を探し、そして今に至る。イヴァルテでは、「コメ」と呼ぶ泥の中に苗を植えて育てる穀物が主食になっている。


 この時期は基本的に農産業が収穫を終え、休業に入っていく。水が凍るほどの気温になるため、作物自体が育ちづらい。

 温室栽培は一部研究で行われているが、まだまだ平民が手を出せるものではない。設備投資、設備維持コストが高すぎるのである。生産物の販売で相殺すらできない。


(何代にもわたる研究会(サロン)だけれど、まだまだ頑張って頂かなくては)


「――あ」


 イヴォンヌはつい、声が出た。

 書庫の中で、己が手に持っていたのは、イヴァルテの地誌だった。言わずもがな、そこに刺繍の図案はない。


「また同じことを繰り返すところだったわ」


 過去のイヴォンヌはこの時期、イヴァルテの農産業の知識を得て、知的探究に精を出していた。

 あの時選んだ暮れの贈り物は確か、舶来品の中から見つけた、クラバットを留めるアンバーの装飾ピンだったか。


(ああ、そういえば殿下があれをお召しになった姿さえ、見たことがないわ)


 ここで初めてイヴォンヌは、申し訳なさをひしと感じた。


作者自我控えておりましたが……リアクション、評価、ブクマありがとうございます!

大変励みになっております(/・ω・)/

クセが強すぎるヒロイン、イヴォンヌを今後ともよろしくお願いします。

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