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憎まれ令嬢、死に戻ったけど政略結婚を選び直します  作者: おいや


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※字下げ編集をいたしました

 隠すことをやめたイヴォンヌにマノンはくつくつと笑った。


「それでは、部屋付き様を引き抜きなさっても良いかもしれませんね」

「できるのかしらね」

「やらずに後悔するより、やって後悔でございましょう?」


 そう言ってマノンはカップに口をつける。


(まぁ、たしかに)


 イヴォンヌは、というより、イヴァルテの家風として何事も試さねば始まらぬというものがある。

 もちろん、試す価値の精査はした上で、だが。


(セイラン・カップもそうだし)


 イヴォンヌは自分のカップを拾い上げた。獣の骨を混ぜて焼き上げられた白磁は、どこか光を含むような柔らかさを持っている。そこに深い青で蔓の文様がさらりと描かれていた。


 海の向こう、咲華(シャンホワ)という国に伝わる青の技によるものだ。それが東隣のブリテナを経て、舶来の品としてもたらされた。


 ゆえに、それは青藍茶器(セイラン・カップ)と呼ばれている。


 当初は半ば物珍しさから試したに過ぎない。軽すぎる器など頼りないと、周囲の評判も芳しくはなかった。


 だが、実際に使ってみれば話は別だった。


 フラナリアに広まるティーセットよりも軽く、薄い。指に触れる感触はどこか心許ないが、その分、持つのに疲れない。中身の熱は器に籠もらず、ほとんどそのままの温度で口へと届く。


(……これは、ありがたいのよね)


 猫舌なイヴォンヌにとっては、それだけで十分に価値があった。


 そして何より、装飾が控えめなものが多い。白地の印象が強いその簡素さは、皿の上の菓子を引き立てる。これはイヴァルテ式の歓待と親和性があった。


 イヴァルテは小麦こそ育たないが、果樹に恵まれており、軽食に用いられることが多い。しかし、取ったままを皿に出すのは、もてなしとして片手落ちと考える貴族が多かった。平民でもできるからである。そのため、見た目や味、食感などにひと手間を加える文化が生まれた。つまり、それ自体に意匠を持たせる傾向がある。

 ゆえに、器の主張が強すぎると、全体がくどくなりやすい。


 そうした事情もあって、フラナリアの厳かで芸術的な陶磁を扱うのは、難易度が高かった。余程のセンスがないと品がなく見劣りしてしまうからだ。


 結果としてイヴァルテでは機能的需要から陶芸の内製が進み、中堅の工房がいくつも育つことになったのだった。


 ただ、内需を満たすだけでは立ち行かなくなりやすい。もちろん、周辺領からも受注はあるようで、ぼちぼちやれているようだ。


 しかし、発展の伸びしろが少ない。質素というのは差別化がつけづらいのだ。ともすると、衰退の可能性を否定できなくなってしまう。


(教えることもなくなったのに、弟子がいつまでも工房にいるのも据わりが悪いでしょうしね)


 よって、テコ入れを考えていたのだ。

 そこに現れたのが、セイラン・カップ。


 北に行けばたくさんの獣がいる。骨の調達には困るまい。青の顔料も分析を進めている。領内で調達が難しいかまだ分からないが、売り先は富裕層だ。余程のコストにならない限り、検討できるだろう。


 使い勝手の為に犠牲になるのが耐久性というのも、実は悪くない。使い勝手のいいものならば、割れてもまた買う。そうすると上手く市場は循環する。


 こうして技術を取り込み、他のフラナリアの陶磁と差別化を図らせ、伸ばしていく一助としていく。


(……そういうものだわ)


 与えられたものを、そのまま受け取るのではなく、どう使うかを考える。

 婚姻もまた、同じこと。


 フィリップ殿下にイヴォンヌが嫁ぐにあたって、もちろん、イヴァルテにも利がある。

 それは、イヴァルテの筆頭商会が隣国ブリテナと取引するにあたり、関税免除になるということだ。


(厳密な理屈はあるのだけれど)


 重複関税による摩擦を避けるため、免税商会を設ける話が進んでいる。

 名を、王許通商協会。

 その第一号が、イヴァルテに生まれる。


 もちろん、ただの優遇ではない。

 売上に応じた協会費の支払いが求められる。


(王家も、ただ甘いだけではないのね)


 フィリップ殿下との婚姻が、この機会を呼び寄せた。イヴォンヌにとって願ってもない事だった。


 イヴォンヌがどこかに嫁ぐ未来は変わらない。

 兄がいて、弟もいる。


 何もなければ兄が父の後を継ぎ、兄が育んだ家族がイヴァルテを護っていく。


 世代交代とはそういう意味では残酷かもしれないが、別側面で考えれば、イヴォンヌには自分の未来に対し裁量があるとも言えるし、実際そう考えていた。


 幸いなことに、イヴォンヌの父も母も、余程過酷な未来の待つ婚姻でない限り、彼女の選択に関して寛容だった。


「誰かと生きていくことは、覚悟と責任が要るもの。自分で抱えられるものに決めて良いのです」


 当時、イヴォンヌはそう、母に言われたのだ。


(それならば、利のある結婚にしたい)


 齢十二であったが、イヴォンヌには賭けない選択肢など全くなかった。

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