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※字下げ編集をいたしました
本題が終わったところで、イヴォンヌは呼び鈴を鳴らした。ここから先は、秋を満喫するお茶会である。
イヴォンヌは思い出したようにヌガーの置かれた皿を見た。
白地に金の縁取りが施された小皿には、縁に寄せてとりどりの小さな花が描かれている。
載せられたヌガーが主体で、その額縁のようなデザイン。食を彩る役割を正しくストイックに体現した洗練さが、イヴォンヌは気に入っていた。
その一つを口に運ぶ。咀嚼する度に不思議な食感がある。カリカリと砕けるのはナッツ。ぷちりぷちりと弾けるのはイチジクだろうか。伸ばすように口の中へ広がる甘さをまた一口紅茶を含んで整える。
つくづく食の娯楽だと、イヴォンヌは僅かに目を細めた。
菓子の出来は相変わらず素晴らしい。余韻を噛み締めながら、彼女はヌガーの皿を手元から外し、目の端に入らぬよう机の端へそっと押しやった。
「お裾分けですか」
「ええ、お仕事をしていただいたからね」
程なくして、軽快なノックが聞こえ。
入室を許可すると、メイドが二人戻ってきた。
丸いサービング皿に乗ったパイやクッキー。コンポートに盛られた飾り切りの美しいフルーツ盛り合わせ。替えのティーポットや給湯ポットも載ったワゴンを一人が押し、一人が補助として侍っていた。
あれをひとつ、これが食べたいなどと、マノンと話をしながら卓を飾っていく。
それも収まってふと、先程避けたヌガーの皿を見た。
そこからはふたつ、ヌガーが消えていた。
(あら、お好みの味だったのかしら)
目に見えぬ同居人の食いつき具合をイヴォンヌは観察するように見つめた。
ヌガーは勝手に消失したのではない。
ちょっとしたお手伝いのお駄賃としてもらわれていったのだ。
部屋の中でちょっと困ったことがあった時に助けてくれる。そんな同居人。
イヴァルテでは、彼らを部屋つき妖精と呼ぶ。
古い屋敷に棲みつく、妖の類だ。
例えば部屋の中で「誰か」と声をかける。
すると、彼らは部屋つき妖精の間で声をかけあって「誰か」を呼んでくれる。
彼らは甘いものが特別好きだ。好みの差はあるが、花蜜の含まれたものである方が好まれやすいとイヴォンヌは知っていた。同じサイズのクッキーだと半分かじったくらいで置いていく。
ついで、ドライフルーツも持っていきやすい。
「いつ見ても不思議なものです」
マノンもしげしげとヌガーの皿を見ていた。
アナマキエは家臣として古くから仕えてくれているが、度々天災で家をやられてしまっているため、住み着かれてはいないらしい。
来る度に興味深そうに見てるのもまた、イヴォンヌには面白いことだった。
人前で部屋つき妖精とやり取りをする方が少ないからだ。彼らは見せ物ではない。
ただ、マノンの様子には彼らへの悪意がない。
彼らも、マノンがいる時は家人の前と同じように菓子をさらっていく。
警戒対象がいる時は、彼らも食べに来ないのだ。
「結婚してしまったら、この光景も無くなってしまうのだけどね」
多分、フィリップ殿下のために用意される館には、彼らがいないだろう。そもそも、王都には住み着かないのかもしれない。
少なくとも、タウンハウスに彼らはいない。
(だから、常にメイドが部屋に居てくれないと困るのよねぇ)
見えない同居人は、存外に便利なのである。
「ご結婚前のお話にしては、ずいぶん実務的でいらっしゃいますね」
マノンの言葉に胸が少しはねた。
心の声が漏れていたのだろうか。
「あら、どういうことかしら」
「姫様、お顔に『勝手が悪い』と書いてございます」
イヴォンヌは抜け目のないマノンに隠し事はできないとつくづく思った。
「だって、同居人のみなさまが有能なのだもの」




