第39話 独占権の証明
本田から連絡が来たのは、Jブロック到達の3日後だった。
「お時間をいただけますか。梅田のビルで」
「いつですか」
「明日の午後2時」
「了解です」
翌日、スペクタクル社のビルへ向かった。
阪神高速を走りながら、頭の中で情報を整理した。
あの隔壁を見てから3日が経っている。
フィルター越しに確認した構造は、頭の中に整理されている。コンクリートの隔壁。集積するデータ。床下と壁裏の管。上書きされたテクスチャのトリガー。
スペクタクル社が次に何をするかは、だいたい予測がついていた。
あの場所を、使う。
コンテンツとして使う。
どう使うかの詳細を、本田が説明しに呼んでいる。
案内されたのは、いつもの解析室ではなく、広い会議室だった。
本田が中央のテーブルに立っていた。壁面の大型モニターに、資料が映し出されている。
「来ていただいてありがとうございます」
「用件を聞かせてください」
「座ってください」
テーブルに着いた。
本田がモニターを指した。
「先日発見された聖域前室について、弊社として正式な発表を行います。管理局との協議の結果、スペクタクル社がこのエリアの優先探索権を取得しました」
資料に、発表のタイトルが映っていた。
『人類未踏の聖域、スペクタクル社が独占調査へ』
「……優先探索権というのは」
「他の事務所が聖域前室以降に進入するには、弊社の許可が必要になります。事実上の独占です」
春山は資料を見た。
管理局がスポンサーに便宜を図った形だ。あの隔壁の発見は複数の事務所が同席していたはずだが、記録上はスペクタクル社の発見として処理されている。
「Hブロックの異変については」
「聖域の浄化作用により、ダンジョン全体が活性化していると定義します。あの演習での怪現象も、その文脈で説明できます」
春山は少し考えた。
演習での怪現象。特級魔物が座標ずれで零れ落ちてきたあの事態を、活性化の証拠として使う。
システムが限界に近づいているサインを、ランクアップの前兆として再解釈する。
整合性はある。反証も難しい。
「次の計画を説明します」
本田がモニターを切り替えた。
新しいスライドが映った。
『聖域到達ライブ配信』
タイトルの下に、日程と構成が書いてある。
2週間後。ライカが聖域前室の隔壁に直接魔力を流し込む。それを鍵として、隔壁の奥への扉を開ける。その瞬間をライブ配信する。
「ライカさんが鍵になる、というのは」
「ライカのスキルは広域の魔力展開です。あの隔壁は、高密度の魔力に反応する構造を持っている可能性があります。セイラの解析によれば、隔壁の表面から微細な魔力の吸収パターンが検出されました」
春山は内心で、その情報を確認した。
セイラが隔壁の表面から魔力の吸収パターンを検出している。
それはフィルター越しに春山が見た、データの集積と一致する。外から魔力を入力すれば、内部の処理が動く可能性がある。
しかし。
保守されていないサーバーに、外部から大量のデータを流し込む。
前職でそれをやった同僚がいた。応答が遅いサーバーに対して、強制的に大量のリクエストを送り込んで反応を引き出そうとした。
結果は、サーバーがクラッシュした。
あのときは仮想環境だったから、再起動で済んだ。
今回は、そうではない。
「……一つ確認させてください」
「どうぞ」
「隔壁に魔力を流し込んだとき、周囲の空間への影響は想定していますか」
本田が少し目を細めた。
「どういう意味ですか」
「あの隔壁には、Iブロック全体から管が集まっています。設営作業中に確認しました。複数の経路が、あそこ一点に向かって収束している。どういう構造かはわかりません。ただ、そういう場所に外から大量の魔力を流し込むのは、少し気になります」
本田が少し止まった。
「管、というのは」
「床下と壁裏に走っている、光を通す管です。設営作業中に偶然見つけました。全部があの隔壁に向かっています」
本田が端末に何かを入力した。しばらく考えている気配があった。
「……セイラに確認させます。ただ、計画の変更は現時点では想定していません」
「わかりました」
春山は続けた。
「前職で、複数の経路が一点に集中している構造に外から負荷をかけたとき、予期しない反応が出たことがあります。あの隔壁の内部がどういう状態かは、外からではわかりません。」
「……リスクとして記録します」
本田が端末に何かを入力した。
「しかし計画は予定通り進めます。この配信は弊社にとって、これまで最大規模のイベントです。リスクを取ることも、判断の一部です」
春山は答えなかった。
本田の判断が変わらないことは、最初から分かっていた。問いかけたのは、リスクを伝えたという記録を残すためだ。
以前上長に懸念を伝えて議事録に残した、あのときと同じだ。
「随行はお願いできますか」
「…了解です」
ビルを出て、駐車場に戻った。
軽自動車に乗り込んで、エンジンをかけた。
2週間後。ライカが隔壁に魔力を流し込む。
止める手段はない。本田の判断を覆す立場にない。
管理局に何を言えばいいかも、分からない。
あの管の存在を報告したとして、管理局がどう解釈するかは想像できない。聖域の構造物として記録されて終わりだろう。
これに似た感触を以前味わった。デッドロック寸前の現場だ。複数の処理が一点に集中して、どこかが詰まりかけている。何かが起きる前の、空気が変わる瞬間。あのときは間に合った。
しかし今回は、自分が何を見ているのかすら、まだ正確には分かっていない。
できることは、現場にいることだ。
何かが起きたとき、対処できる位置にいること。
前職でもクラッシュが起きると予測していたサーバーの前で、発生した瞬間に対応できる準備をして待った。
クラッシュを止めることはできなかった。しかし対処は、誰よりも早くできた。
阪神高速の入口が見えた。
アクセルを踏んだ。
2週間、やれることをやる。
隔壁の構造を、もっと詳しく把握する。管の配置を、全部確認する。フィルターの解析精度を上げる。辞書登録を増やす。
クラッシュが起きたとき、どこから崩れるかを事前に把握しておけば、対処の速度が変わる。
保守員の仕事は、最悪の事態を想定して準備することだ。
43号線へ降りると、夕方の渋滞が始まっていた。
赤いランプの列に加わりながら、春山は2週間のスケジュールを頭の中で組み始めた。




