第3話 ゴミスキルの烙印
能力判定は、月に1度ある。
ダンジョン管理局が運営する「適性測定」で、探索者もハイエナも、全員が同じ窓口に並ぶ。場所は南港の倉庫を改装した測定センター。天井が高く、蛍光灯の光が白く平たく広がっていて、役所の待合室に似た空気がある。番号札を引いて、呼ばれたら端末の前に立つ。それだけだ。
春山は13番だった。
待合の長椅子に座って、周囲を観察する。
探索者のグループが3組いた。装備が違う。姿勢が違う。笑い方が違う。
Aランク帯と思しき一団は、端末の前に立っても表情一つ変えない。測定結果が「強さの証明」になる彼らにとって、ここは通過点に過ぎない。
ハイエナの列は短かった。春山を含めて5人。全員が無言だった。
「13番、春山さーん」
呼ばれて立ち上がると、隣に座っていた初老の男が「あ、ワイより先やったんか」と呟いた。
春山は軽く頭を下げて、端末の前へ進んだ。
測定端末は、古い型だった。
金属製の筐体に、縦長のモニターが1枚。測定台の上に手を置くと、モニターにステータスと同じ書式で数値が表示される仕組みだ。身長、体重、基礎体力、魔力感応値。測定員は隣に座って、そのモニターを見ながら記録を取る。自分でウィンドウを展開したときと違って、ここでは担当者と画面を共有することになる。
数値が並んでいく。春山は毎月この数字を見るが、毎月同じ感想しか持たない。平均以下。可もなく不可もなく。
モニターの右端に、「固有能力」の欄が表示された。
【メニュー高速化】
それだけだった。
説明文は短い。「ステータス画面の展開・収納速度が上昇する」。以上。
戦闘補正なし。魔力上昇なし。移動速度への影響なし。効果範囲は「自分のステータス画面」のみ。
担当の測定員が、モニターを見たまま言った。
「……確認できました。固有能力は相変わらずですね」
声に感情はなかった。悪意があるわけではない。ただ画面に映った数字を読み上げているだけだ。
「適性リストに反映しておきます。管理局への提出は今月末になりますので」
「……わかりました。仕様ですから」
測定員は一瞬だけ間を置いて、「そうですね」と言った。
測定センターの出口付近に、今日も探索者たちが固まっていた。
結果待ちのグループの中に、春山より少し年下と思しき男がいた。長身で、装備が高そうだった。仲間と笑いながら、何かを話している。
「なあ、今月の清掃員リスト見たか」
「見た見た。また出とったやろ、あの人」
「メニュー高速化な。南港名物やん、もう」
笑い声が上がった。春山は歩調を変えずに、その横を通り過ぎた。
「最速で絶望を確認できるやつ、て誰が言い出したん」
「知らんけど、上手いこと言うよなあ」
また笑い声。出口のドアを押して、外に出た。
潮の混じった風が吹いた。雲が低い。
「……最速で絶望を確認できる」
駐車場を歩きながら、春山はその言葉を1度だけ繰り返した。
測定端末のモニターは測定員と共有される。そこに表示された固有能力の名前は、適性リストに転記されてギルドへ渡る。
清掃員を現場に割り振るための「カタログ」として出回り、現場のリーダーや、情報の横流しを趣味とする職員の手を通じて、探索者たちの耳に届く。自分でウィンドウを開いても他人には見えないが、測定を受けた瞬間に、その内容は管理局のデータベースに刻まれる。ここ南港では春山の名前と、そのスキルの名前は、セットで定着していた。
言い得て妙だと思った。実際その通りだ、とも思った。
春山は車に乗り込んだ。
軽自動車の中で、ステータスウィンドウを展開した。
自分だけに見える、半透明の光。誰かと共有されるわけではない、自分専用の画面。固有能力欄。【メニュー高速化】。
試しに、閉じる。
即座に消える。
もう1度開く。
1フレームの遅延もない。思考と同時に、光が網膜に突き刺さる
「……速い、か」
速い。それは事実だ。だが何のために速い必要があるのか、春山にもわからなかった。少なくとも今は。
閉じる。開く。閉じる。開く。
信号待ちの間、春山は無意識にその操作を繰り返した。指先がリズムを刻む。かつて格ゲーのコントローラーに指を置いていた頃の、あの感触に似ている。1フレーム単位の入力を体に叩き込んでいた頃。今は指先だけが残骸のように、その記憶を覚えている。
閉じる。開く。
画面の明滅が、車内で繰り返された。
「……まあ、今は関係ない」
春山はウィンドウを閉じて、アクセルを踏んだ。
帰路の43号線は、今日も詰まっていた。
ラジオをつけると、ニュースが流れていた。大手探索企業スペクタクルが、南港ダンジョンの深層開拓に着手すると発表したという内容だった。Aランク探索者・橘ライカを筆頭に精鋭チームを編成、深層資源の大規模採掘を計画している。株価が上がった、とアナウンサーが明るい声で付け加えた。
春山はラジオのボリュームを少し下げた。
深層。
清掃員が入れる範囲は、せいぜい中層までだ。深層は探索者専用区画で、資格と装備と、何より「強さ」がなければ入れない。深層から持ち帰られる素材は別格の単価がつく。ハイエナには縁のない話だ。
ただ、1つだけ引っかかった。
深層の採掘規模が大きくなれば、ダンジョン全体の「処理負荷」が上がる。
処理負荷。また自分でその言葉を使っていることに、春山は気づいた。前職の言葉が、ダンジョンの話に混じり込んでくる頻度が、最近増えている。
「……考えすぎだ」
静かに呟いた。
だが、否定した直後に、今日の端末の前で見た光景が戻ってきた。モニターに映し出された数値の並び。そして【メニュー高速化】という、戦闘には何の役にも立たない能力。
役に立たない、とは誰が決めたのか。
測定員か。あの探索者たちか。それとも、このスキルを「そういうもの」として設計したシステムそのものか。
仕様には、必ず理由がある。無駄な仕様は、存在しない。それが春山の、10年間の保守業務で得た唯一の信条だった。使われていないように見えるコードにも、書かれた理由がある。意味のないパラメータは、設計段階では意味を持っていた。
閉じる。開く。
指先が、またリズムを刻んだ。
春山はそれを止めなかった。
コンビニで半額の弁当を買い、駐車場の隅で食べた。
今日の稼ぎは6,800円。測定センターの往復で少し時間を食った分、作業時間が削られた。仕方ない。月1回の固定コストだ。
箸を動かしながら、「要観察」リストを更新する。
魔石の配置の再現性。固定されたダメージ計算式。ポリゴン消滅というオブジェクト削除処理。旧型ソフトのコードと、1971年という発生年。
そして今日、新しい項目が1つ加わった。
【メニュー高速化】の、正確な動作仕様。
なぜこのスキルが存在するのか。なぜ「速くなる」だけで、他に何もないのか。設計者の意図があるとすれば、何のために用意された能力なのか。
「……ゴミじゃない、とは言い切れないけどな」
弁当の蓋を閉めた。
窓の外では、43号線がまだ光の列を作っていた。春山はエンジンをかけて、その列に滑り込んだ。
頭の隅で、フラグが1つ増えた。「要観察」が、また少し重くなった。




