第24話 パケット解析
深夜の解析室に、本田はいた。
スペクタクル社の自社ビル最上階。通常は戦略会議に使う部屋だが、今夜は本田が1人で使っている。巨大なモニターが3面、壁に並んでいる。
中央のモニターに、今日のIブロックの映像が映し出されていた。
5機のドローンが撮影した映像を同期させて、1つの空間として再構成している。本田がモニターを操作すると、視点が自在に切り替わる。真上から、側面から、斜め後方から。どの角度からも、同じ瞬間を確認できる。
その瞬間というのは、ライカの広域魔法が炸裂した2.5秒間だ。
本田は再生を止めた。
魔法のエフェクトが最大に膨らんだ瞬間。光と衝撃波が、通路全体を満たしている。
そこに、春山がいた。
側面の位置。本田が指示した場所だ。エフェクトの範囲内に、完全に入っている。
本田は映像処理のソフトウェアを起動した。春山の座標を、ピクセル単位でトラッキングする。エフェクトが通過する2.5秒間、春山の輪郭がどう変化するかを可視化する。
処理が走った。
結果が、モニターに表示された。
エフェクトが春山に到達した瞬間、春山の輪郭が0.3秒だけ消えていた。完全に消えた、というより、検出できなくなった。ピクセル単位のトラッキングで、春山の存在が0.3秒間、映像から外れている。
エフェクトが収まると、春山は元の位置に立っていた。
本田は再生を止めて、その0.3秒を拡大した。
春山が消えた瞬間と、春山が現れた瞬間。その間に、エフェクトが通過している。
物理的に、エフェクトは春山を通り抜けた。
「……透過している」
本田は静かに言った。
ドアをノックする音がした。
「入ってください」
セイラが入ってきた。
今日の随行が終わってから数時間が経つが、セイラはまだ起きていた。装備のメンテナンスを終えた後、本田に呼ばれてここに来た。
「確認してほしいものがあります」
本田がモニターを指した。
「この魔法の余波、物理的な生存確率は」
セイラが画面を見た。
エフェクトの規模。魔力密度の数値。衝撃波のベクトル。そして春山の装備、管理局指定の作業着の耐久値。
セイラが端末を取り出して、数秒だけ操作した。
「0%です」
迷いのない声だった。
「回避行動も間に合いません。魔法の展開速度と春山さんの位置関係から、どんな動きをしても範囲を外れることはできない。不確定要素を除外すれば、彼はそこで消滅していなければなりません」
「なるほど」
「でも、消滅していなかった」
「そうです」
セイラが少し間を置いた。
「春山さんの説明、余波が均質に広がらなかった、というものでしたね」
「ええ」
「それは」
セイラが端末を操作して、別の数値を表示させた。
「このエリアの魔力分布データと照合すると、余波の偏りで生存できる可能性はありません。計算上、彼の説明では説明がつかない」
本田が頷いた。
「ありがとうございます。以上です」
セイラが部屋を出た。
ドアが閉まった。
本田は1人になって、モニターに向き直った。
セイラの計算は正確だ。計算上の死を、春山は回避した。物理法則の外側で、何かが起きた。
本田は別のウィンドウを開いた。
管理局のシステムに残っている、春山の清掃記録だ。
Cブロック、Dブロック、Eブロック。担当区域ごとの回収ルートと回収量が、時系列で並んでいる。
本田はその記録をスクロールしながら、パターンを探した。
回収ルートが、不自然なほど最適化されている。同じ区画に複数回入っているにもかかわらず、回収量が一定のラインを維持している。管理局の制限が入った後も、ルートを変えながら効率を保っている。
まるで、区画のどこに何があるかを、事前に把握しているかのような動き方だ。
イレギュラー個体の出現記録。管理局の記録では「個体は自然消滅、春山は孤立後に自力で脱出」となっている。
しかし今日の映像を見た後では、その記録が額面通りには読めない。
本田はウィンドウを閉じた。
証拠はある。しかし証拠だけでは動けない。
春山が何者なのか。何ができるのか。何を知っているのか。
それを直接聞く必要がある。
本田はスマートフォンを取り出した。
管理局のデータベースから、春山の個人情報は事前に取得していた。緊急連絡先として登録されている私用の携帯番号を、画面に表示した。
時刻は午前5時47分だった。
本田は少し考えてから、発信ボタンを押した。
春山の携帯が鳴ったのは、アラームの5分前だった。
いつも通り、アラームより早く目が覚めていた。布団の中で天井を見ていたところに、着信音が響いた。
手を伸ばして、画面を確認した。
非通知ではなく、番号が表示されていた。知らない番号だった。
出た。
「おはようございます、春山さん」
本田の声だった。
春山は少し間を置いた。
「……なぜ、この番号を」
「管理局のデータベースです。緊急連絡先として登録されていました」
「……そうですか」
「こんな時間に失礼。ですが早急にお伺いしたいことがございまして、ご連絡差し上げました」
「用件は」
「昨日の件について、直接お話ししたいことがあります」
「昨日の件、というのは」
「先日の『幸運』について、詳しくお聞かせください」
春山はしばらく黙った。
「幸運の話なら、計量所でもできます」
「いいえ、弊社のビルでお願いします。管理局を通さない形でお話ししたい」
管理局を通さない。
本田は、管理局と春山の関係を把握している。管理局が春山に揺さぶりをかけていることも、知っているのかもしれない。そしてその状況を利用して、春山を管理局から切り離した場所で接触しようとしている。
「……場所と時刻を教えてください」
「ありがとうございます。詳細はメッセージで送ります」
通話が切れた。
春山は携帯を布団の上に置いて、天井を見た。
本田が動いた。
管理局を通さない形での接触。これは「排除」ではなく、やはり「利用」だ。
問題は、利用されることが春山にとって、どういう意味を持つかだ。
利害が一致するなら、利用される側にも得がある。しかし本田が何を求めているかが、まだはっきりしない。
春山はアラームが鳴る前に起き上がった。
「……仕様の確認が必要だ」
独り言が、六畳一間に落ちた。




