第四章 Background of Spirited Daughter予想 10
十
「ちょっと待ってね。ぼくはほんの少しお酒が回り始めているから、分かりやすく言ってほしい」
仁楠は両手を広げて突き出した。酒に酔うと、一つ一つの動作がオーバーになるようだった。
「じゃあ、結論から。その二回目の毛髪から、わたしと黒根社長とのDMAが一致していたのが分かったんです」
「ああーーー! ちょっと待って! 途中式が足りなさすぎるよ!」
「分かりやすくって言ったのに!」
「分かりやすいと説明不足は別だよ!」
やいのやいのとじゃれ合う二人をつまみに、亜院は二合瓶の二本目を傾けている。
「整理をさせて! 交通整理だ!
とりあえずさ、どういうこと?」
「主任は無関係なんですよ。わたしの家系図に」
結果が出たタイミングで、亜院から高木に接触が入り、そこから仁楠には、異なる結果が伝えられ始めていたのだった。
「うーん、ちょっと、うーん。うーん」
語彙力も低下した仁楠が腕を組んで唸り始めた。そして捻りだしたのは、
「話を続ける前にさ。高木さんはさ、守秘義務とかあるよね? なんでその時点で、その検出結果を亜院さんに漏らしたの?」
「ぼくの方がたくさん払ったからね」
大人はだれかの味方には完全にはならないんだよ、とこの前小学生に言ったばかりだったので、仁楠は閉口するしかなかった。
「続けますね。それで、黒根社長と、新しく入ったわたしとが親子関係だと分かった亜院さんは、ひとまず賀臼部長と昼鈴部長に相談したんです」
「そしたらガウス、顔色ひとつ変えず、無表情で言ったよ。
【とりあえず、クロは泳がせましょう。女遊びがひどすぎる。こらしめないと】って」
ガハハ、と笑った亜院は、三本目の酒を頼んでいた。
「亜院さんは昼鈴部長と相談して、それから部長がわたしに、一部始終を教えてくれました。
社長は肉親になる。悪いのは当然女遊びの激しい彼だ。そんなことを知らせずに採用した我々にも責任がある。働きづらいなら、転職したいなら斡旋するし、嫌なら社長を降格させるよ、と」
穏健派昼鈴のしそうな気づかいだな、と仁楠もやけになって亜院の二合瓶から手酌をして、グイと飲んだ。
「夢はかなったんですよね、そこで。わたしの青春時代の夢、お父さんを見つける、っていうのが。
じゃあ、そこから次どうしよう、と思って。
まぁ、確かに家族と働くっていうのはすごくやりづらいですけど、別に社長のことを父と思ったことはこれまで一度もなかったですから。あまり仕事をしていても接点はないですし。
とりあえず、まだ社会人一年目ですから。がむしゃらに働いて、それから考えます、って」
殊勝だよねぇ、と亜院は仁楠の肩を掴んで、乱暴に揺らした。
「ひとつ、分からないな。だとするとさ。ぼくを騙す必要はないよね? それもさ、仁楠さん、あなたと女性とのDNAが一致しました、なんてさ」
「必要はありますよ。
やっぱり勝手に髪の毛をとられていたのは許せなかったので、主任のこともちょっとこらしめたくなりました」
返す言葉がなく、仁楠はただただ陳謝した。
「それで亜院さんと高木さんとで一芝居うってもらって。ちょっとの間、うんうん悩んでもらおう、って。
あ、それから、わたしのことを娘だと思ったら、どんな反応するのかな、っていう期待もありました」
「思い切り遊ばれていたのか。それは気分が悪い」
「女の子の髪の毛を集めていた、って大問題ですよ」
「本当にごめんなさい」
塚は笑い、でも、これでおあいこですから、と逆に仁楠に謝った。机に突っ伏すようにうなだれた仁楠の右手がなんとか握っているお猪口に、塚は容赦なく注いで、トントンと肩を叩き、ほら、飲んで忘れましょうよ、と目じりを下げた。
お酒のせいなのか、恥ずかしさのせいなのか、耳の裏まで真っ赤になった仁楠は、ゆっくりと上体を起こした。そして酒臭い息をふうと吐いた後、崩していた足を正座に組み直し、亜院の方へ膝ごと正対した。
「ここまで裏で動かれているとは思ってもいませんでした」
「君が思う以上にぼくは先を考えていたよ。何もしてないと思ったかい。止まっているように見えたかい。これは、そうだな、相対性理論とでも言おうかな」
にやりと笑う亜院に、仁楠はまた閉口した。
仁楠の予想の最大次数は、実際に起きていた事実の前にはゼロ地点であった。




