第四章 Background of Spirited Daughter予想 5
五
「勝てますか、仁楠さん」
少しずつ日が短くなってきた夕方、再び昭和記念公園で落ち合った一行の中で、初めに口を開いたのは押照であった。
良足くんと堀音さんは、自分たちのせいで渦中に巻き込んでしまったと思い、押照に申し訳なさそうな顔をしていた。
「訴訟にならないのが一番ですがね」
「あー、いや、そうですね。それが一番ですが、相手は市議会議員ですしね。念のため、裁判が実際に始まったときのために、参考までに」
考え込む押照に、和井得が答えた。
「判例だけを見れば、勝訴、敗訴の両ケースともにあり得ます。
そもそも、学校や駅の騒音については、棄却になるケースも多くあります。学校という施設が、公共性のあるものですからね。
ですが、日田子さんの言った、後出しで出来る施設については、近くに住んでいる住民に選択権がない、というのは事実です。そこを突かれると痛い。
具体的には、何デシベル以上の音が日常的に出ているか、などが争点になりますが、結果的に、施設側が防音壁を建てて和解に収まるケースも見られますね」
「それは、ぼくも、増真くんが望まないと思います」
良足くんが同時に口を開いた。
「元々、校庭を広げようと始めたことなのに、分厚い壁を建てて、なお狭く感じるのは、嫌です」
「でも、わたしたちが原因でこんなことになったんだから」
堀音さんの指摘に良足くんはうつむいてしまい、答えが出ないことにもどかしさを覚えていた。
「防音壁を建てておしまい、というのはわたしもおススメはしません。
建てることで学校側にどんなメリットがあるか、と言われるとほとんどありません。街の景観としても見栄えが悪くなる。日田子議員はあるいは、それも狙っているのかもしれませんね。段階を踏んで、ボルドー小学校をこの街から排除しよう、という」
和井得の分析に、押照、古里織はうなずいた。
「我々としても、騒音対策の相談は何度か受けています。方法は考えていきますよ」
そう強く宣言した仁楠の携帯が鳴り、場を離れた。そして少し話したと思うと、和井得と塚にその場を預けて、仁楠は別行動をとった。
公園を出て、駅に向かおうとした仁楠は、目を細めざるを得ない西日を感じた。また、雲がない。明日も、夏日になるだろうな。
「悪いね、突然呼び立てて」
仁楠を立川駅に呼び出したのは、亜院であった。
「いえ、わたしも、この問題の出口に悩んでいましたから」
亜院から、塚について話すことがある、とのことで立川駅で待ち合わせた仁楠は、議員だけじゃなく、面倒な問題を同時に二個も抱えてしまったな、と気疲れしてしまった。
「それで、塚さんについて、進展はあったかい」
喫茶店に入り、テラス席に陣取ってにやつく亜院に、一人で抱えきれない問題ということ、また、今日一日の疲れもあり、つい、仁楠は洗いざらい暴露してしまった。
塚と自分とのDNAが一致した、と告げられたことを。
「君自身、心当たりはあるのかい」
「まったくありません。いや、そりゃあ、夜遊びくらいはしたことはありますけど、こんな今さら目の前に突き付けられても信じられません」
「でも、一致、したんでしょう」
「だから困惑しているんです」
はあ、と仁楠はため息をついた。九百円したアイスコーヒーにまだまったく口をつけていない。
「とはいえ、知った以上、塚さんに何も言わないのはおかしい気はするよ」
「それは、今考えています。実際、彼女のデスクや床から髪の毛を採取したのは事実ですし、それもずっと黙っているのは罪悪感を覚えます。
でも、なんて言えばいいんですか? 君の夢だった父親さがし、勝手にぼくが髪の毛を集めて検査した結果、ぼくでした、って? 気持ち悪がられちゃいますよ。」
「じゃあ、父としては一生娘の前に現れないんだ」
「意地悪なことを言わないでくださいよ。ぼくも今悩んでいるんですから」
髪の毛をくしゃくしゃと掻く仁楠に対して亜院は、
「ただ、黙っていればいるほど、話しづらくなるよ。日が経てば経つほど、どんどん考え込んでしまって、口が動きづらくなってしまうからね」
と正論を投げつけた。一人で考えますから、と仁楠はいったんそれを拒んだ。正論は純粋に正しければ正しいほど、受け入れられないものだ。
話題を変えようと、仁楠は、亜院に、今直面しているボルドー小学校について少し話した。
「それにしても、実際、その議員は校長をそこまで恨めるものなんですかね。本人に直接聞いたわけじゃないですし」
「よっぽど嫌いなんだろうね。学校として、突かれたら痛いところを徹底的に調べ上げたんだろう。
アンチはファンより詳しいんだから」
仁楠は、亜院の言葉に納得して、そして光が見えた。
「そうですね。日田子議員からしても、明後日の方向から議論されるより、それだけ苦心して調べ上げた分野から、真正面に議論されて、負ける方が、絶対に悔しいですよね」
「そうだ。ぐうの音も出ないほど、痛めつけてやれ」
勝算を見出した仁楠は、郡馬にメールを一通送り、水滴でびしょびしょになったグラスを掴み、ストローを使わず一気に飲み干した。




