第四章 Background of Spirited Daughter予想 1
一
「来たか、仁楠」
仁楠は黒根に呼び出され、社長室にいた。以前の、親の危篤をうたった長期休暇のにおわせの件かと思われたが、そうではなかった。
「外流から、一度、塚のことを聞いただろう」
仁楠は一秒、いやほんの一瞬だけ黙った。すぐに口を開こうとしたが、
「その態度を見れば分かる。いや、かまをかけたわけじゃない。外流の態度を見て、そう思っただけだ」
と制された。
仁楠はつい先日、塚と自分との親子関係を立証されたばかりであった。
いや、亜院の話を信じるなら、検出結果と事実とが違うこともあるはずだった。だがそんなレアケースに頼って安心を得られるほど、仁楠は単純な男ではなかった。
他の研究機関にも出そうかと思ったが、すぐにできる方法は、塚と、自分の検体を出すことなので、またも【一致しました】という結果を突き付けられる可能性があった。そのため二の足を踏んでいた。そして誰にもそのことを打ち明けられずにいた。
「外流さんから聞きました。塚が、社長の娘ではないか、という疑いがあって、なんとか調べられないか、と。
それで、断りました」
それは事実であったので、仁楠は淀みなく言った。そうか、と黒根は黙ってしまった。もしかすると、高木は秘密主義を破っており、黒根に何かしらの情報を漏洩したのかもしれない、と思い、仁楠はだんだんと脂汗をかき始めた。
「緊張することはない。別に怒るわけじゃない。そんなことに協力しろ、といきなり言われても、普通は断る。受け入れる方が、他人のプライバシーへ不用意に踏み入る人間だと思ってしまう。
ただ、事実確認をしたかっただけなんだ。もういい」
黒根は黙ってしまったので、本当にこれで終わりだと思い、仁楠は軽く会釈をして、退出しようとした。
「あ、少し待ってくれ」
黒根は自分から立ち上がり、仁楠の耳元まで口を近づけた。
「実際、仁楠はどう思う。塚の一番近くで接していて、かつ、俺とも付き合いは短くない。そこで感想だけ聞きたい。塚は、俺の娘だと思うか」
「予想、でいいんですか」
と仁楠は前置きしたうえで、
「社長の娘だと思います」
とそう告げた。そうか、と黒根は少しうつむいたあと、
「ちょっと、聞き方を変える。神に誓っても、そう言えるか?」
「社長の口癖じゃないですか」
「まだボーナスのことを根に持っているのか」
なんだか、話の腰が折れちゃったな、もういいや、と黒根は笑った。
「まぁ、大事にしてやってくれ。俺も、仁楠もだと思うが、もやもやしたまま働くのは嫌だからな。いつか、ちゃんと調べるよ」
仁楠は半ば塚を黒根に押し付けてしまった形になった。そしてまた、塚を傷つけまいと苦闘する日々が始まった。
「社長との面談なんて、主任はやっぱりすごいですね」
「部長代理昇進とかの話ですか」
仁楠がデスクに戻ると、塚と和井得がわらわらと集まっていた。野次馬というわけではなく、この二人というのには理由があった。
「そんな話じゃないよ。それで、どこで待ち合わせることになっているんだい。喫茶店かな」
「立川駅のすぐ近くの公園です」
「そういえば小学生か。喫茶店なんて入りづらいね」
そう、例のボルドー小学校の生徒の一人、良足くんから、再度依頼が入ったのだ。今度も教師経由ではあったが、状況が大きく違っていた。
『大人に騙された。助けてほしい』
あれだけこねくり回して考える彼らが、これほど幼いシンプルな内容を伝えるとは、おそらく単純明快に誤算があったのだろう、と予想できた。できたのだったが、実情は少し異なっていた。
議員が、小学生を騙して利用していたのだ。
八月もすでに残り一週間。青梅の夏が、もうすぐ終わる。




