第三章 カーボンニュートラルの存在と滑らかさ 7
七
その様子をみて、郡馬が追い詰められている、と勘違いしたのが塚であった。
塚は前日、仁楠と郡馬から、今日のヒアリングについて、新たにできたもう一つの目的を聞いていた。
ローザンヌ社への提案には、レスターのような、成功している同業者の協力が必要不可欠であり、その足掛かりをつくる、というものであった。これについては、現場でのレスター側の反応を見ながら、可能ならその場でローザンヌ社と電話をつなぎ、実情を話しながら商談のきっかけまで作ってしまおう、という算段があった。難しそうでも、配送における工夫を洗いざらい聞き出す、という手段が考案された。
愛内の反応は、後者であった。そのため郡馬は作戦の軌道修正を考えていたのが、早計したのが塚であった。
わたしが、状況を打開しないと。
「た、たとえば。電気自動車が難しければ、自転車の配達パートナーの外注のような方法もありますよね」
塚の声は少しうわずっていた。
その緊張は、愛内や新頓を前にした緊張ではなく、自分の働きによって、困ってしまった様子の郡馬を救わなければ、という思いに駆られた、思い付きの行動であったための緊張であった。
「それは、どういうことでしょうか」
「あの、カーボンニュートラルを達成するにあたって、導入コストが高い電気自動車よりも、まずは可能な範囲から着手するというのはどうかな、と思いまして」
「それは我が社への提案、でしょうか」
愛内の語調は強かった。
ただ強いだけのようでもあったが、新頓の少しハラハラした表情を見ると、もしかすると怒気をはらんでいる可能性もあるのかもしれない。そうなると郡馬もハラハラしてしまった。
「いえ、そういうわけではなく」
塚もそこでようやく明確に言いよどんだ。ここでローザンヌ社の名前を出して、そうした方策の有意性を問うてしまえば、明確に取引先の情報漏洩になってしまう。それだけは避けねば、と口をつぐんだのだが、その沈黙が逆に愛内に誤解を与えた。
愛内の両目が、塚に正対した。
鷲が小動物を鷲掴みにすべく、大翼を開いて、飛び立った。
「プレスリリースしていますが、排出量の抑制は順調に進んでいます。電気自動車についても、伸びは芳しくないものの、少しずつ導入は始まっています。高コストをかけて、社会貢献を進めているつもりです。
そこに自転車ですって。自転車で運べる量とトラックで運べる量の差を考えて。自転車が排出ゼロ? トラックと同じ量を運ぶのにいったい何時間かかって、どれだけの食べ物を消費するの? エネルギー消費の面ではそれも環境負荷ですよ? その上、外注? 今現在進行形で、労使関係について大きな問題が起きているというのに?」
自社による社内の徹底管理が信条の会社に、外注、という言葉は地雷であった。勢いに押された塚は目を見開いてしまい、後ろに倒れてしまいそうであった。郡馬はやっとタイミングをつかみ、
「申し訳ございません。わけがございまして」
と間に入った。愛内も、態度を変えすぎた、と思ったのか、
「いえ、塚さん、失礼」
と、顔をそむけはしたものの、少し頭を冷やそうとしているのが分かった。
「郡馬さん。先にわたしに、そのわけというのを話してくれませんか」
新頓が場をとりなすように尋ねた。郡馬はチラリと塚を見た。顔から血の気が引いているのが分かった。だが郡馬は、レスターとの関係悪化を恐れ、新頓に、あまり深く言うと我が社の契約上まずいのですが、と前置きをした上で、昨日のローザンヌ社とのやり取りを話し始めた。愛内も聞いていたので、誤解だったと分かり、
「塚さん、申し訳ありませんね。我が社への悪意があったわけではなかったんですね」
とフォローがあったが、塚はうわの空になっていた。郡馬はそこでようやく塚の肩に触れた。
冬に触る鉄製の手すりのような冷たさであった。よく倒れずに立ち続けたな、と郡馬は感心してしまった。




