第三章 カーボンニュートラルの存在と滑らかさ 6
六
「ここ、担当のトップが女性なんですよ」
塚が向かったのは、レスターという運送会社の、超大型倉庫併設の東京本店であった。日本有数の保有台数と配送ネットワークを持ち、先の、カーボンニュートラル認証事業者の数少ない一つの会社である。そして同時に、ローザンヌ社のような、スピードスタイルの荷物の受託はもっとも嫌う会社であった。
「まぁ、ぼくもここは興味があったよ」
仁楠の代わりに同行することになった郡馬も、今日の見学には興味があった。郡馬は理想論のような方策は非常に毛嫌いしている一方、このように地に足をついた方法で環境問題の解決に寄与している会社に対しては、反動のように強い好感を抱いている。
エレベーターが三階を示すランプを光らせ、ズンと重量感を持って開いたとき、二人の前に、同じく二人が待ち構えていた。
白髪交じり、いや白染めをしているであろう、少し癖っ毛のつよい背の低い男性と、塚よりも背の高い、鷲鼻の、なんなら喧嘩まで強そうな女性とであった。
「愛内です。あら、そちらも女性なんですね」
ロジスティック部門部長の愛内と、ナンバーツーである新頓直々の出迎えであった。一方でハンブルク研究所は、一番の若手と、管理職未満であるサブとでの訪問であったので、郡馬は少し気負った。
今回は、ハンブルク研究所による、ESG経営の成功例の一つであるレスターの見学、というものであり、当然ハンブルク研究所には一銭も賃金は発生しない。
塚は、愛内の視線が、一瞬自分の足元に向いた気がした。しまった、黒とはいえ、スニーカーで来ちゃった、と塚の耳が少し赤くなった。一方で愛内のヒールは七センチはあった。ヒールの高さは仕事の出来具合に比例する。塚は靴で気圧されてしまった。
「資料等は後程お配りしますが、まず、一見に如かずということで」
と、新頓が長い廊下の先の方を指さした。このフロアから、そのまま例の超大型倉庫に直接入れるようだった。
一瞬、沈黙となった。あ、何か話さないと、と慌ててしまったのが塚だった。
「あ、愛内さん。安全靴とかに履き替えなくて、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。あなたも、スニーカーで十分ですよ」
そんなはずはないのだが、そんな愛内の返答でさえ、塚は皮肉か嫌味のように聞こえてしまい、なんとかこのマイナスの印象を返上しないとな、と意気込んだ。
「これが自慢のフロアです」
ここは都内の臨海エリアにある超大型倉庫であり、ここで集約した荷物を全国へ配送する。ここでの徹底的な作業のオートマ化、省人化が、レスターの評価されている点であり、郡馬たちの見学の目的もそこにあった。
元々レスターは、ごく一般的な運送会社であったが、すでに二十年前から環境問題を意識し始めていた。ロジスティック部門のエースであった愛内は、プログラミングを得意としており、自社内で作業のシステム化を押し進めていた。
運送とシステム、とは一般には繋がりづらい言葉ではあるが、荷物を集荷するときに集荷票をスキャンすれば、集荷時から配達されるときまで追跡が可能なこと一つとっても、膨大なシステム化の上に可能になっているサービスである。
さて、レスターのこの超大型倉庫の売りは、今紹介を受けている倉庫フロアである。
「わ、わ、ロボットで棚から箱をおろしていますよ」
箱形の、小さなフォークリフトのようなロボットが、縦横無尽に走り回り、目的の番号の棚に到着するたびに、リフトを上下させ、器用に箱を取り出している。
「ここのフロアの棚は、様々なお客様に、場所を提供している形になります。間借りさせている、とイメージしやすいですかね。お客様の在庫をここで管理して、通販サイトを経由して注文があれば、ああやって自動でピッキングをして、集荷ラベルを貼ります。そしてベルトに流して、北向け、西向け、といった具合に、配送先ごとに流れていきます。ここまでで人間が現場に登場する必要がありません」
愛内の説明する通り、部長が現場まで来ているというのに、そもそも人がほとんどいないので、ざわつくこともなかった。
郡馬は新頓に対して、一日の作業可能量を確認した。郡馬の知る限りでは、人力でこのような業務をすれば、作業面積からすれば、一日三千個をさばくことができれば十分な量だと見込んでいた。
「最大は三万個可能な計算です。そこまで注文があることはないので、実際は多くても二万個は超えることはありませんがね」
サラリと言ってのけた新頓に郡馬は感嘆した。
「たしかに、休憩時間というものが不要ですしね」
「二十四時間稼働できます。昔は、これだけの物量をさばくために、作業員として二交代制で常に現場に三十人以上の人員を投入していたのですが、今は三交代制で、システム管理者と現場補助要員とが数名現場にいれば事足りるようになりました」
郡馬は満足そうにうなずいた。
ESG経営というのは、そのうちのSに、労使関係についても要素に加わる。ハンブルク研究所としては、基本的には環境であるEの部分だけに言及していればいいのだが、コンサルをした会社が成長することが一番の宣伝にもなるので、郡馬や仁楠らは、会社経営自体についても関心を持ち、必要とあれば提案の中に組み込むこともあった。
一方で、郡馬としては、今日は感心してばかりもいられなかった。
「電気自動車の導入、普及はまだ進み切っていませんよね」
いや、手厳しいところですね、と新頓が苦笑した。横から愛内が助け舟を出すように、
「導入コストが高くって。ハイブリッド車の普及もまだ百パーセントではありません。当然、認証事業者にも選ばれたので、最終的には完全使用を目指しますが、今は、ドライバーへエコドライブを徹底することまでしか」
そう謙遜する愛内であったが、レスターはアイドリングストップを始め、ドライバーへの教育が徹底されており、またハイブリッド車も大半を占める割合に迫っているため、環境問題に対する姿勢としては十分な能力があった。すべて自社手配というのがやはり大きいのであろう。
やはりレスター社の姿勢が、尾怒への提案の一助になる、と郡馬は確信して、切り出そうとした。
「実は、社名を出すことはどうしても憚られるのですが、配送事業で出る排出ガスの抑制を目指す会社がありまして、何か参考になればと思ったのですが」
「配送については、電気自動車は難しくとも、我々のような取り組みを進めるほかないとは思いますね」
暗に、今我が社で対応していることが、現実的対策としての限界ですよ、と言わんばかりの愛内のもっともな意見に、郡馬も頭をかくことしかできなかった。
高い鷲鼻のことや、ドン、ドンと正論を重量たっぷりに叩きつけてくる様子から、外国人を相手にしているようだ、と郡馬の汗が脂汗に変わった。




