第三章 カーボンニュートラルの存在と滑らかさ 4
四
ローザンヌ社を訪問したのは、その日から数日後であった。仁楠と郡馬の二人での訪問である。賀臼肝いりの案件ということもあり、主任と、次期主任との二人だけで取り組むことになった。塚は今日は和井得と留守番であった。
ローザンヌ社は港区の高層ビルに入っている。全国に大きな倉庫を借りており、流通の原動力としてはその倉庫にこそあると思われるが、初のヒアリングは高層ビルに間借りしている本社で行われることになった。
「埼玉県に、それは大きな倉庫を借りているそうですよ」
「自前の倉庫はまだあまり建設していないんだよね」
高くガラス張りで、空の青を吸収し反射している様子の高層ビルを見上げて尚、二人は冷静であった。環境のことを気にして外部にコンサルを依頼するのは、産学界を除くと、このようにある程度稼いでいる会社が多かったので、見慣れたものであった。
受付をして一階で待っていると、お待たせしました、と、彫りの深い顔をした、若い男性が現れた。美女縫と名乗り、急遽、尾怒が別件の顧客対応が入りましたので、と汗を拭きながら説明をした。はぐらかしたが、恐らくクレーム対応なのだろうな、と仁楠は察した。
「終わり次第、尾怒も合流します。さあ、急ぎましょう」
スピードが命です、と言いたげな美女縫の態度は、ローザンヌ社の信条由来なのか、天然なのかは分からなかった。うちののんびり具合と対照的だよね、と仁楠は郡馬に笑った。
「早速ですが、カーボンニュートラル問題について、わが社も取り組もうと思っております。こちらをご覧ください」
開放的な会議室に案内された二人の目の前には、紙の資料は配られず、どうやら美女縫が用意して投影するスライドのみが資料のようであった。SDGsを意識した経営を進めていくにあたり、流通業としてCO2排出を減少させることが急務である、といった旨の説明がされた。
補助金狙いですよね、とは仁楠はさすがに言わなかったが、ふと横を見ると、郡馬の機嫌がみるみる悪くなっていった。いつもの癖であった。彼は最近、
「今やどの企業も、うちに依頼をするときに、SDGsを意識するため、って言ってきますけど、それっておかしいですよね?」
と常々言っていた。
郡馬のいら立ちは、顧客相手に態度に出すのは評価できないが、その怒りの元になる理屈だけは理解できるものがあった。
言葉の定義で上げ足を取るわけではないが、本来、企業が意識するとすればESG経営である。環境と、社会問題と、企業統治、の三つの頭文字だ。それには、CO2の排出抑制を考えたり、労使関係を適切なものにしたり、という所を果たすように、地に足をついた方策が求められる。
しかし、国が掲げるSDGsをどの会社も声高に叫ぶようになり、理想論や、実情からかけ離れた環境への取り組みが行われるようになった。
カーボンニュートラルはその最たる例で、実際、環境省へ本格的に認証事業者として申請した会社は二桁にも届いていない。
にもかかわらず、多くの企業が、排出ゼロを目指す、と売り出し、方法が分からず、外部会社に相談をする。ハンブルク研究所としては、まずは排出量を減らしましょう、と軽く提案して、それを渋々受け入れてもらう、というのを繰り返しており、またそのパターンか、と郡馬はため息をついた。美女縫はそのため息に反応せず、仁楠はほっとした。
「弊社としては、サプライチェーンの末端の効率化を考えております。ご存知の通り弊社は、各エリアの大型倉庫には、多くの下請けとなる配送会社が荷物を積みに着車します。そこからその会社の地元倉庫に搬入して、迅速な配送を可能にしております」
そこだけ聞けば、非効率なニュアンスを感じられるが、元々自社の配送ネットワークを持っていないローザンヌ社が打てる手段としては最適解ではある。
日本にいくつかある、全国に配送網がある会社に配送をすべて丸投げするのも手の一つではあるが、ローザンヌ社のような貨物は毛嫌いされる。それらの会社では、常時追跡可能な配送システム、外装の不良でも補償の交渉が可能な体制が求められる。ローザンヌ社は逆に、その二者を無視してでも安く早く配送をしてしまう、ということを前提としており、相性が悪く、そうした荷物の受注は避けられてしまう。
であれば、各エリアに配送網のある下請け会社に、各エリアごとに配送をまかせきってしまう、というのは理にかなっている。
「最終的な、いわゆるラストワンマイルで、自転車媒体での配達パートナーを利用しようと思います。これは画期的です。稼ぎたい配達パートナーはどんどん営業所に集荷に来て、リードタイムが一日短縮されることも期待できます」
目をキラキラと輝かせて語る美女縫を見て、仁楠は、なるほど、と外見上感嘆した。郡馬の反応が薄いため、二人分オーバーにうなずいた。
こういうときの塚は、リアクションもオーバーで、助かるんだよな、と仁楠はふと思った。




