第三章 カーボンニュートラルの存在と滑らかさ 2
二
弥古尾が四苦八苦しているのと同じ時間、仁楠と郡馬は賀臼に呼び出されていた。
いくら冷房がきいていても、賀臼を前にして、二人はジトっと粘度の高い汗をかいていた。
「ジン。緑課の件はお手柄だったな」
まずは賀臼の労いから始まった。郡馬は今社内で唯一、仁楠のことを尊敬だけでなく、ライバル視というか、目の上のたんこぶになる存在だと認識しているので、心からは喜べなかった。
「郡馬。今は和井得と二人で仁楠を支えるという立場だが、仁楠を取って食うつもりで気合を出してほしいと思っている」
口調は乱暴だが、決して横柄な態度ではなく、賀臼は二人をたきつけた。だが二人とも、ただはっぱをかけるために呼び出されたのではないだろう、と予想していた。
「明日からお願いしたい件があるのだが、わたしの古い友人からの依頼でね」
賀臼がメールを二人に見せた。それは、ローザンヌという通販サイトであった。いわばプラットフォームサイトで、多くのネットショップが商品を出品しており、配送の早さから、今話題のサイトであった。
「外資ですよね。外国色を前面に出して、多少の梱包の悪さなんて当然、無断の置き配も当然、と受け手にイメージさせてハードルを限りなく低くしておいて、とにかく配送が早いから、利用者がどんどん増えている、っていう」
「郡馬くん、詳しいね」
「カーボンニュートラルに取り組む会社増えているじゃないですか。大手の会社は大体目星をつけておこうと思って」
「やるじゃないか郡馬。まさにそれだよ」
郡馬の勘は冴えていた。ローザンヌ社が考えていたのはまさにカーボンニュートラルであった。
この言葉の説明について、この後、仁楠と塚とが話しているので、その会話から抜粋する。
「あれですよね。二酸化炭素の排出をゼロにするっていう」
「簡単にイメージするなら、ね。
でも、二〇二〇年に宣言したのは、二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を、全体としてゼロにする、っていう内容だった。知っての通り、温室効果ガスを構成するのは、二酸化炭素だけじゃないから、フロンガスや、一酸化炭素の排出も抑制しないといけない」
「それって、あと三十年で、車を全部電気自動車に切り替えたりするんですかね」
「排出をゼロ、じゃなくて、全体としてゼロ、っていうところがポイントだよ。排出量と、森林で吸収する量との差し引きをゼロになるようにしよう、というものだ」
森林、という単語に塚が反応した。
「あ、なるほど。じゃあ、この前の緑課みたいに、植林をバンバン増やせば、最悪自動車はそのままでもいいんですね」
「いいや。化石燃料の削減は重要になる。
植物由来の燃料で二酸化炭素が出ても、それは元々その植物が空気中から取り込んだもので、それを再度空気中に排出するだけだから、プラマイゼロだ。でも化石燃料を燃やしたら、ゼロからガスが生まれてしまう、っていう理屈で。極論として、ほんの少しでも化石燃料を使ったら、もうカーボンニュートラルは成立しない、ということになる」
「無理ゲーというか、無理なゲームじゃないですか。まあ、でも目指すことは大事ですよね。企業のイメージアップになるし」
「補助金も出るよ」
「この会社、いっつも補助金の話をしますよね」
といった具合の会話はこの後行われるが、今この場にいる三人は塚とは違い、この用語の意味や現状についてある程度把握しているので、話はトントンと進んでいく。
「ローザンヌの日本支社の代表は尾怒という。旧知の仲でね。わたしよりも怪物だ」
「部長よりも、ですか」
「あっちに同じことをきいても、同じように、わたしを持ち上げると思うがね」
ハハハ、と賀臼は大きな声で笑った。つまるところ、賀臼相手に商談をするようなものか、と、仁楠と郡馬の愛想笑いは少し引きつった。




