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第二章 デオキシリボ核酸の存在と現実ギャップ問題 6

 六




「緑課主任、浦夢ウラムです。よろしくお願いします」




 都内の西端青梅のハンブルク研究所から、都内の東端江東区役所まではるばる七十キロ、ようやく着いた庁舎の中の、端っこの会議室で、浦夢と李今との初の名刺交換が行われている。




「彼女は塚です」


「塚です!」




 真夏だというのに冷房があまりきいていない部屋をあてがわれた不快さは、塚のその溌剌さでほんの少し晴れた。




「まだ新人で、今回は立ち合いをするのみです。今回の請求としては、わたしと李今の二人分だけですので、ご安心ください」


「見習いさんの実地見学、といったところですね。歓迎ですよ」




 浦夢はにこやかに塚とも名刺交換をした。




「浦夢さん、いつから主任に?」


「先月です。いや、この緑課の働きとして、というより、勤続年数での昇格といったところなので、仁楠さんとは訳が違いますよ」




 浦夢のその謙遜の通り、緑課はまだ何ひとつ結果を残していない部署である。何なら、ハンブルク研究所への支払いばかりかさむ、お荷物部署なのかもしれない。




 そんな浦夢の後ろに、塚とは対照的にこじんまりした、それでいて大人しそうな女性がいた。七月なのでクールビズのためか薄い真っ白なシャツを着ているが、それでも、大学生、いや高校生にも見える幼さがあった。




「こちらも様変わりしまして。新人の奈朱ナシュです」




 浦夢の紹介に、また変わったんですね、の一言を仁楠は飲み込んだ。この緑課の緑地化案件の泥沼化の原因は、この緑課の体制にも一因がある。




「以前の方は、やはり退職でしょうか」


「いえ、いつものです」




 いつもの、を理解できるのは、仁楠と、浦夢と、あとは奈朱だった。奈朱本人、という表現のほうが適切かもしれない。




 緑課新設時は、区役所としても成果を期したものであったのだが、開始直後の予算削減、遅々として進まない課内作業、それらが要因となりハンブルク研究所もろくなサポートができず、課としての結果が出ることは一度もない、という状況が続いた。




 緑課に配属される課員も、そうしたお荷物部署ということはある程度察しており、送り出す元部署も、一時的なものだから、というニュアンスで送り出す。そして一定期間が経つと、また別の新人と入れ替わる、というのが繰り返されていた。




 やる気があるのは浦夢ただ一人であった。仁楠もその体制を理解していたので、緑課内で話がまとまることは今後ないだろう、と諦観しているところもあった。




「今回は、わたしどもの進展がございまして」




 枕詞のように、会議は浦夢のこの発言からいつも始まる。




 本来は、初回打ち合わせ後、緑課内で意見がある程度まとまってから再度ハンブルク研究所を再度招聘する、という方向であったが、まとまることはなく、結果的に四か月に一度の定期ミーティングが行われてきただけである。当然今回も、臨時招集がかかるほどの進展があったというわけではない。




 ひとつ誤解がないように補足しておくと、浦夢自身は毎回大真面目であった。




 中途で公務員になった浦夢は、以前は非常に労働環境の悪い会社に勤めていた。大手印刷会社であったが、現場職だった浦夢は、工場出勤で、毎日のように作業着で出勤していた。




 毎日、というのは、本当に毎日であった。




 週二回はカレンダー上は休みであったが、現場はほぼすべてが派遣かアルバイトで構成されており、社員は浦夢ともう一人しかいなかった。二人でシフトを組んではいたものの、今の緑課と体制が変わらず、もう一人のペアは半年も経つと人事異動により新人と交代になった。無理もない話であった。




 憧れていた大手会社に就職したのに、インクの匂いが染みついた作業着に袖を通して、とくに生産性があるわけではない、彼ら彼女らの業務管理をまかされるだけなのか、と、入社して間もない若人は敬遠しがちであった。しかし社員を置かないわけにもいかず、『あくまでローテーションだから』という名目で、コロコロと異動が激しく行われていた。




 浦夢はというと、浦夢も当然同じ待遇ではあったのだが、初めの半年で非常に張り切り、現場と友好を深めた結果、『浦夢さんはここに必要だ』と、派遣社員の中で一番の古株から浦夢へ直訴があった。浦夢自身は、現場から褒められました、くらいのテンションで上長に報告をしたつもりだったが、結果的に浦夢を異動させづらい状況になった。




 そして一年経つと、今浦夢を動かすとタイミングが悪い、となり、一年半経つと、さらに都合が悪い、となり、段々と抜けさせづらい状況に陥った。




 結果的に、体調を崩したこともあり、二年で退職した浦夢は、何の因果か、結果的に同じような境遇の緑課に配属されている。カレンダー通り休みをとれていることは唯一の救いだろう。




 だが浦夢は休日も、都内の緑地公園や、千葉の埋め立て地域などに出向いて足で情報を集めている。ハンブルク研究所とのミーティングでは、たいてい、こうした浦夢の調査報告が行われる。

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