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第二章 デオキシリボ核酸の存在と現実ギャップ問題 5

 五




「主任、ご結婚されてないんですか」




 出発三十分前になり、少し軽食をとってから出発しようか、という話になり、塚、李今の三人とで近所の定食屋に入ったところ、塚が突然そう切り出した。




「塚さん、年上にでも、そして男性でも、そういうのはセクハラになるよ。ねえ、主任」




 李今は、やれやれ、やはり塚はマナーというか遠慮がない人だな、と心の中で呆れた。




「いいよ、ぼくは。対面で、相手との空気感を読んで切り出した話題なら、多少内容がセンシティブなものでも、成立することはあると思うしね」




 今じゃないけど、と仁楠は心の中でつづけた。李今は、さすが主任、フォローが大人だ、とますます仁楠を尊敬した。




「そうだね。結婚はしたいとはずっと思っているんだけどね」


「ご結婚されているのって、両部長だけですよね」


「社長もしているはずだよ」




 そう返したときに、これは塚に対して、黒根が君の父なんだよ、と伝えるタイミングが非常に難しい、と仁楠は感じた。自分の父はすでに別の家庭をもっている、とは、簡単に明かせる事実ではない、と仁楠は事の難しさを覚えた。




「李今さんもされてないんですよね」


「うん。ぼくは相手も今はいないからね。塚さんは?」


「わたしは彼氏はいますよー」




 塚はまだ何かを続けようとしていたが、ちょうど店員からうどんが人数分運ばれてきたので、いったん話が途切れてしまった。




 その間ずっと仁楠は、塚に彼氏がいる、という事実は、塚の業務の失敗を黒根や賀臼から守る、ということ、仁楠自身が仕事で結果を出すこと、塚と黒根とを適切なタイミングで引き合わせること、という、今現在仁楠の目の前にある三つの大課題に対して、どれにも何の寄与もない事実にもかかわらず、何か引っかかるなぁ、とモヤモヤした。




「話は戻るんですけど、主任はなんで結婚されないんですか」


「だから塚さんは遠慮がなさすぎるよ」


「今はそういう話だからいいじゃないですかー。さっき、結婚したいんだけどね、とは言っていましたよね。したいなら相手は探さないとですよ」




 ここまで畳みかけられると、仁楠自身、今だけは李今の肩を持ちたくなってしまった。




「実際お相手はいるんですか?」




 李今も塚側にまわってしまった。こうなると何かしらの説明をしないといけないか、と仁楠はため息をついた。




「あんまり、年の近い人とは、なぜか話が合わないんだよね。この会社の居心地がいいのも、ぼくの世代はちょうど誰もいなくて、上下五歳以上離れていて、その方が話しやすいんだよね」


「あんまり分からないです」


「うん、多数派な感覚じゃないとは思う。年が近いとため口になっちゃうんだけど、ぼく、自分のため口が好きじゃないんだ。なんだか偉そうな感じがして。当然、相手が話すそれも、偉そうに感じてしまって、あまりいい気分じゃないんだ。


 だからこうして、李今くんや塚さんに対してくらいの話し方が楽なんだけど、年の離れた人と出会うっていうのは、なかなか難しいよね」


「わたし主任のことは人として好きですよ」


「彼氏いるって言っていたじゃないか」


「娘みたいな年の女が何を、ってやつですよね」


「そこまではぼくはまだ年をくってないよ」




 ケラケラと笑い明るい話題がつづいたが、自分の性癖を吐露してしまったようで、仁楠は少し気恥しくなった。それを伝えると、




「分かりました。じゃあ運転中、ぼくの恋バナをしますから、それでとんとんということにしましょう」




 と李今が意気込んだ。塚もそれをはやした。店に入ったときの李今から塚への距離感はすでに縮まったようだな、と仁楠は安心した。




 その後の、江東区の庁舎へ着くまでの車内では、李今のドン引くような重い失恋話が展開され、塚も仁楠も絶句した。



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