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14 疑惑

 週末の午後。ジゼル姫の葬儀がしめやかに行われたようである。病欠しているデイディは葬儀には参加していない。


 少し冷静になったディディは疑問を抱いていた。


 死んだのは侍女なのにジゼル姫が死んだことになっている。おかしい。なぜ、みんな気付かないのだろう。イーダが行方不明になっているのに、なぜ、誰も騒がないのだろう。


 あれからペポロは店には来ていない。昨夜から店を再開している。ナーラがいないので、あまり凝った料理を出せないが、それでも賑わっていた。


 その翌日の事だった。書記が集う『知恵の館』の入り口に向かっていると、不意に呼び止められた。ディディの名前を小声で連呼ているようだが、誰だろう。


(えっ、どこ?)


 振り向くと木の陰からヒョッコリと顔を出した。コソコソと手招きしている怪しい男はババスである。こいつの顔を見たのは久しぶりだ。いつもなら、嫌な気分になるのだが珍しく真剣な目をしているので逆に気になってしまう。


「ディディ、ちょっとこっちに来い。おまえに聞きたいことがある」


 ババスは木立の方向へとディディを誘った。ここは役人達の遊歩道になっているのだが、朝から呑気に小路を歩く者はいない。


「ババス様、どうなされたのですか?」


「聞いてくれよ。ジゼル姫は自殺なんかじゃないぜ」


 たちまち、興味を引かれて心臓が跳ねた。ババスは用心深く声を潜めながらも怯えたように語っている。


「あの日、ちょうど、ここの繁みから見てしまった。姫の遺書を書いたのは書記長なんだよ!」


 ガツン。恐怖に似た衝撃が全身に走っている。ディディは目をカッと大きく開いて見つめ返していく。そして、鋭く問い返していく。


「何かの間違いではないのですか?」


「でもなぁ、確かに見たんだよなぁ~ 二人の宦官が担架で運んでいたのさ」


 あの日、ババスは宿直だったが、いつものように仕事もせずに惰眠をむさぼり、早朝に目覚めた。


 散歩がてらに繁みで立ちションベンをしていたところ、ハレムの至福の門から遺体が外に運ばれてきたという。


 書記長の住居は事件現場からも近い。二名の夜勤の宦官と書記長の三人で当直の医官が来るのを待っていたのだが……。


「いつもは冷静な書記長が顔色を変えて狼狽していたぜ。医官達が遺体に背を向けた一瞬の隙を狙って、遺体の袖口に紙切れをねじ込んだんだよ」


 その瞬間、ババスは驚きの余り動けなくなったという。


 遅れてやって来た医官が、ドレスの袖口に遺書があったと急に騒ぎ出したというのだ。


「おまえは、あの夜、姫と王子の近くにいたんだよな? まさか、おまえも事件に加担していないよな?」


「そんな訳がないでしょう!」 


 何でも噂にして楽しむババスも、これに関しては憶測や妄想を口走っているようには見えない。逆に、怖気を滲ませながら尋ねてきた。


「まさか、書記長が姫を殺したのか。なぁ、どう思う?」


「書記長様は関係ありません。いいですか。そのような事を誰かに口走ったなら、あなたの首がフッ飛びますよ」


「もちろんさ。こんなの父上にも言えないぜ。書記長のことだから、王族の伝記に相応しい遺書とやらを捏造したのかもしれないけどな」


「そうですよ。きっとそういうことなんですよ」


 言い切ってみたものの騒がしく揺れる胸を押さえながら知恵の館へと向かう。心は乱れている。どうして、気付かなかったのだろう。

 

 なぜ、書記長が遺書を書いたのか。


「どうしたのだ? まだ顔色が悪いようだな。無理をしなくて良いのだぞ」


 席に着くと、書記長が優しい言葉をかけてきた。聡明な表情や物腰に少しも濁りはなかった。


(この方が人殺しに加担するなんてあり得るのかしら? もし、そうだとしたら、殺人の動機は何なのよ?)


 やっと、王子が連れてきた女性を殺すなど考えたくないけれども、遺書は書記長によって捏造されている。


 何を信じたらいいのか分からない。まるで、自分が書記長に突き落とされたかのような息苦しい気持ちになってきた。


 ちなみに、亡くなったジゼル姫のことはこのように記されている。不在のディディに代わって、書記長が記したのだ。


『この日、不幸な事故が起こってしまった。おそらく、妊娠のためにジゼル様は錯乱しておられたに違いない。姫は窓から落下してお亡くなりになったのだ。王子は、再びお一人になってしまった。沈痛な面持ちで暮らしておられる』


 自殺という不穏な言葉は使っていない。遭えて事故という言い回しにしておられる。色々と想像の余地がある。想像するのが辛くなり、ついに、ディディディは我慢できなくなり尋ね。


「あのう、突然ですが、書記長様、教えてくださいませんか。十四歳の頃、王子が旅の途中で毒を飲まされたそうですね。本物の犯人は誰なのでしょうか」


 仕事の最中なのにディディは何の前触れもなく切り出しているものだから驚くのも無理はない。書記長が訝しげに目を細めながら聞き返している。


「なぜ、そんなことを尋ねるのだね?」


「今回、ジゼル様が死んだ事と過去の王子の暗殺未遂事件は何か関連性があるのではありませんか? 王子暗殺未遂の犯人は、赤の砂漠から来た出稼ぎの初老の男だったとされていますが、本当に、その人が犯人だったのでしょうか?」


 書記長の目が強張った、


 動揺が走る様子が見て取れる。やがて、苦いものを噛み砕くように語り出したのである。


「あの時、犯人が白状したのだ。そこで、調べは終わっている」


「でも、レイ王子だけが狙われるなんて変ですよ。王も次男のアルバ様のことも狙う筈ですよね。暗殺未遂事件の少し前に王子の愛馬が変死している。それ以来、王子は、いかなる動物も可愛がろうとはなさらない。馬も殺されたのですね?」


「毒殺だった。王子を脅す意味があったのではないかと推測している。遊牧民の間では、そういうやり方で相手を恐怖に陥れることがあるのだ。その頃、王子は、軍の主計局の監査をしておられた。不正を暴こうとしていたのだ」


「やはり、カルゴが背後に……!」

 

 思わず、その名前を口走ると書記長が慌てたように身を乗り出した。


「やめなさい! おまえは絶えず注目されているのだぞ。ババスが言いふらしている。おまえはレイ王子の愛人だと。おまえが、ジゼルを殺したのではないかと噂する者までいるのだ。みんなは、それを聞いて無責任に面白がっているのだぞ」


「愛人だなんて、まさか、そんなの嘘ですよ!」


「そんな事は分かっておるとも」

 

 一晩、王子の寝所で眠っていたのだが、やましいことは何もない。


 書記長は、透徹した深い眼差しを向けると諭すように告げた。


「人々は、ありもしないことを噂して卑しめる。ディディ、おまえが権力者に人殺しの罪を着せられた場合、決して、そこから逃げられない。危ない場所に近寄ってはならないのだ。巻き込まれないようにしなさい」


 言いながら、書記長がディディの机の引き出しの中からそれを取り出している。


「翡翠の腕輪はジゼル姫のものだね。なぜ、おまえが持っているのだね?」


「あっ……」


 自宅に持って帰ろうと思っていたのに色々あって忘れていた。


 あたしは本物のジゼルなのです! 祖母の形見なのです! 正直に言えたならどんなにいいだろう。しかし、この状況で言うと余計にややこしくなってしまう。


「答えられるのなら構わぬ。分かっておるとも」


 書記長は、ゆっくりと考えるように視線を絞っている。

 

「ジゼル様は、おまえを気に入っておられた。おそらく、気前よく贈り物をなさったのだろう。だが、こんなものを持っていたなら、おまえが疑われるぞ。おまえは、決して人には言えない秘密を持っておる。わたしが言わずとも分かっているであろう」


 男装していることなのだろうか。まさか。それとも……。脈絡の無い不安か胸にヒタヒタと押し寄せてくる。


「その様子だと、わたしがジゼルの遺書を書いたと気付いたようだな」


「なぜ、そんなことをなさったのですか?」


「事故なのか殺人なのか分からない状況だと、そこにいた者たちが調べられる。遺書さえあれば、それ以上、調べようとは思わぬ」


 混乱の中、デイディを庇おうとして偽装してくれたのだと気付いて胸が熱くなる。ゴクリと唾を飲み込むようにして尋ねる。


「ところで、書記長様は犯人をご存知なのですか?」

 

 ディディは喉の渇きを感じ始めていた。この事件の裏で何か大きな力か動いている。全貌はつかめないが陰謀の影がハレムに広がっているというのは肌で感じる。


「あの日、わたしは自室の窓際にいたのだよ」


 ハレムの一画、つまり事件の様子が見える場所にいたという。


「早朝という事もあり、二人が何をしているのか詳細は分からなかった。ベランダに婦人が立っていた。不意に、あの方が背後に忍び寄り背中を押し出して突き落としたのだ。一瞬の出来事だった」


 ドンッ。打ち付けられた鈍い音と生々しい瞬間を思い出したのか書記長の瞳が軋んでいる。


「あの方は紫色の装束の裾を翻して無表情のまま立ち去っていった。その直後、ジゼル様が死んだと皆が叫んだ。なぜ、あの方が、彼女を突き落としたのか分からなかった」

 

 あの方……。ハレムにいる人物で書記長様が敬意を表す相手は限られている。


「いいかね。もう、これでこの話は終わりにするぞ。おまえは二度と口にしてはならぬ」


 そう言い残して書記長が去っていたのである。しかし、残されたディディは、深刻な表情のまま考え続ける。


(あの時、レイ王子はあたしと一緒にいたのよ。あの方、あの方……。紫色の装束を身につけられる人は限られているじゃないの……)


 紫を身に着けてもいい人物は三人だけ。レイ王子、アルバ王子。そして、ファシマール・アルハス王。


(でも、レイ王子は関係ないのよ。どうしよう。アルバ様と王様のいずれかが犯人ということになっちゃうじゃないの……)


 まさか、そんな! 誰が犯人だったとしても、彼等がジゼルを殺す動機というものが分からないのだ。

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