ノウスサウザンド。
闇夜を駆ける黒い影。
焼け焦げずたぼろの布切れと化したその黒の衣装を纏った彼、アレクサンドロ・ハルノブは森を真っ直ぐに走り抜けた。
イリスの住む街と反対方向に走るハルノブに、腰のデルタが話しかける。
「ねえ。まさかと思うけど逃げる気じゃないよね?」
「まさか。拙者ごときが魔王様より逃げ切れるなど考えてもおりませぬ。クノープルの南、ノウスサウザンドに向かいますが」
「はう。そこにお前の雇い主がいるわけ?」
「そうです。拙者、今回の失態を直接報告し、そのままおいとま願い出る所存」
「ふーん。でもそう簡単にいくの?」
「そこは、まあ。こうして救って頂いた命。惜しくはありませぬ」
もう。手を切れだなんて簡単に言っちゃうから。
デルタはそう呟いてみたけれどかといってそこまで同情をしているわけでも無い。
これの命にしたって先程の戦いで無くなっていたかもしれないそんな些細な話。生き残れただけでも幸いなのだ。
空が薄紅に染まってそろそろ陽が昇る寸前の時間であると知らせてくる。程なく見え始めた朝日を横目に走る彼の目の前にノウスサウザンドの城壁が見えてきた。
城壁に囲まれた街、ノウスサウザンド。
ここはかつての国境線。今はそうでもないけれど昔は国境の外には魔獣が蠢き、人の領域を脅かしていた時代がある。
ノウスサウザンドの街はその前線の砦として機能していた名残もあって、周囲を取り巻く長大な城壁が残っているのだった。
門に到着した時にはもう朝日は昇りきっていた。
開門の時刻もすぎ、人が往来始めている。
クノープル一帯はレキシカンドロスという地域に分けられアレハンド家はその地域を治める領主であった。しかしそこに属する街はそれぞれ町長を中心とした自治が認められていたため、それはこのノウスサウザンドにおいても例外ではなく。
「はあ。この街は門での検問があるんだ」
「ええ。城壁を守る守護隊がこうして街に入る人間を選別しているのです。拙者は通行手形がありますゆえ問題はありませんが」
「空はーー、結界が張ってあるみたいだね」
「表向きは魔獣対策、ではあるのですが」
「いきはよいよいかえりはこわい、かなぁ」
「仕方ありません。雇い主は慎重な方であったので」
「そっか。まあだいたい予想がついちゃった」
最後のデルタの言葉にハルノブは答えず、守備隊の検問官に通行手形を見せる。魔具でもあるその手形に守備隊の水晶が反応して紫に光ると、
「よし!」
「通ってよし!」
門に詰めている検問官二名がそう声をかけると同時に軽く会釈してその場を通り抜けた。
出入りの行列はまだ続いている。一度に通り抜けることができるのは一名であるからこれでは随分と時間がかかりそうだ、と、そんな感想を持ったデルタだったけれど、そのまま黙って様子を伺うことにした。
街の中にもどうやら胡散臭い連中がいるようだ。
ハルノブが真っ直ぐ大通りを抜けていき街の中央、行政区に向かうのを見て今回の黒幕がこの街の権力者なのだろうとあたりをつけたものの、まあ自分にはそこまで関係ないやとばかりに一眠りすることにする。
イリスが来なくってよかったよ。あの人手加減とか苦手そうだし。
そんな事も考えて。




