72.正式
少し遅めの時間に入ったその蕎麦屋は
平日という事もあり、
俺たち3人以外は客がいなかった。
狭い店内の見上げた角にテレビがあり、料理が届くまでの気まずい時間を取り繕うように、ワイドショーが流れている。
ー〝しかしまぁ最近、不可解な事が多いですねぇ〟
円形隆起に続いて、雪が降った絵空市の話題は未だに報道されている。
最近はテレビまでもが魔女伝説に縋り付いているようだが、本当の事を知っているのは俺くらいじゃないだろうか。
ま、俺だって全てわからないことだらけだ。
「どーなってんのよ、絵空市は」
「魔女の仕業だってさ」
「ははは!魔女か!」
会話に混ざってくる男。
俺が何も言わないから、一瞬の間が出来る。
「魔女なんていたら笑うよね〜私も魔法使いたいわ〜」
母が無意味な事を言い、話を広げようとする。
微妙な間。
実は俺は、なんとなく察しているのだ。
たぶん、
私たち、結婚します
って、そう正式に
2人の口から出てくる。
そう思っている。
俺はどうしたら良いのだろう。
少し怖い。
もちろん母の苦労は知っている。
男に逃げられ、女手一つで俺を育て
貧乏ながらも俺が大学に行けるのは
母のおかげだった。
ミツルさん、はとても良い感じの人だ。
でもそれは俺にだけ見せている顔かもしれない。
また、母があのクソ男みたいな人間と
結婚しないか、心配なのだ。
俺には、それが分からない。
届いた蕎麦を食べながら
複雑な気持ちも飲み込む。




