23.男物のクツ
人間、不思議なものだ。
たった1ヶ月。
たった1ヶ月住んでいないだけで、
18年近く住んでいた街を懐かしく思うからだ。
今日は母さんの彼氏が夕方に家にくる日だ。
俺は気持ちが落ち着かなくて、家を出て、
古びたチャリンコで街を走っていた。
(・・・たまには人生を振り返るか)
そんな事をふと思った。
俺は自分の人生の、場所を振り返っていた。
幼稚園。
記憶が無い。
でも、何も考えず、無邪気に遊んでたんだろうな。
小学校。
ああ、ここらへんだな。
あの男が去ったのは。あまり記憶は無い。
それで引っ越したんだ、今のアパートに。
貧富の差、って言葉ここで学んだ。
中学校。
クソガキだったな。
母さんにビンタされるまで俺は反抗的だった。
いま思えば恥ずかしい態度を取っていた。
そうして、真面目に生きる事にしたんだ。
そういえば、風の噂だけど、アイドルになった同級生がいるとか、
自殺した奴がいるとか、色んな噂が絶えない。
同学年の奴らは、どうしているんだろう。
高等学校。
可もなく不可もなくだけど
公立の高校に入学できた。
それでも母さんは学費に悩んでたけど
俺はバイトもせずに生活できた。
その資金繰りの秘密は分からないが
そのお陰で俺は勉強に専念して、大学に行けた。
そうして、ひと通り振り返って辿り着く。
実家。
気が付けば実家に戻っていた。
玄関のドアを開く。
見慣れない男物のクツがひとつ。
「こんにちは」
母の男。今の彼氏。
見た目はマイルドヤンキーな母に見合わず、
清純派といったところだ。スーツを着ている。
「ミツルさん」
母の紹介はそれだけだった。
ミツルさんは立ち上がり、自己紹介を始めた。
ーはじめまして、ミツルです。
ー近くのスーパーで雇われ店長をしています。
ーその、
ーお付き合いを、させて頂いてます。
「改まらないでいいよ」
何故か俺は年上にタメ語を使ってしまう。
必死の、虚勢。
そこから微妙な空気が緩やかに流れた。
そうして、少し、気がついてしまった。
あれ、俺の居場所って、もう
ここじゃないのかな?




