【八】
村正が扉を開いた先に居たのは、酒井忠次一人であった。いつの間にか姿を消した服部半蔵の事など最初から居る訳がなかったかのように、
「直接話を聞いて貰いたく、今回はこのような手段を取らせて貰いました」
香香香と話していた時よりも少し落ち着いた声色で話し始めた忠次は、
「中に入っても?」
一度わざとらしく辺りを見回してからそう尋ねた。
扉が開かれた瞬間から全てを悟っていた香香香の表情は苦虫を噛み潰したような表情から変わらず、光も同じような顔でじっと忠次を見つめていた。しかし、家主である村正は意外にも今現在の状況に動じている様子は無く、
扉に手を掛けていた方とは逆の手で家の中を示し、
「綺麗とは言えないですけど、どうぞ」
そう言って彼を中へと招き入れた。
村正は、立ったままの忠次や香香香、それに光の間を縫うようにして奥へと足を進め、一番奥の壁側に腰を下ろすと、
「ここまで来た労力を認めて、とりあえず話だけは聞きましょう?」
忠次に座るように促して言った。座敷には村正と忠次が対になるように正面に座り、村正の両隣には香香香と光がそれぞれ腰を下ろした。一人、自分だけが場違いな気がしていたが、今更言い出せる筈も無い光は、黙ったままそれぞれの話、言い分を黙って聞いていた。
最初に口を開いたのは忠次であった。
この酒井忠次という男は、歴史上で言えば徳川家康の右腕とも言われる男である。そんな大層な号を得た男が何故村正に刀を打って欲しいのか、それをぽつりぽつりと語り始めた。
「史実では徳川家康が村正の作った刀を嫌っていたという話があるのはご存じですか?」
あまり歴史に詳しく無い光と香香香は、そうなんだと黙って頷いていたが、
「まあ、俺も村正の号を貰ってからはそれなりにこの人について色々調べたからね」
「そうですか」
と、相槌を打った忠次は、
「しかし、その話は作り話ではないかと言われています。それを証拠に徳川家臣の愛刀や愛槍は村正一派作の物が多いのです」
「そういえば、酒井忠次の愛刀、猪切もそうだった?」
忠次はその言葉に黙ったまま頷く。
「だから、史実通りに刀を俺に打って欲しいって話?」
村正は続け様に尋ねた。
「このゲームで一番刀を作るのが上手いプレイヤーにその村正の号は行くんだ。その刀を使ってみたいという好奇心と言ったら怒られるかもしれないが、我々もそれなりの号を持っているのだから、良い武器を使いたいというのが本音だ」
出てしまった忠次の本音に、
「歴史云々関係ないじゃん」
溜め息を交えて返した村正は呆れているようだったが、
「その史実もさ。何が正しくて何が間違ってるかなんて俺たちには分からない。歴史の教科書に載ってるだけであって、誰も見て確認した訳じゃないんだからね?資料も残っていない事だってざらだし、下手したらあんたらの所に妖刀がいくかもしれないよ?」
大真面目な顔で冗談を言った。しかし、この冗談もあながち嘘ではない。徳川家康が村正の刀を嫌ったという逸話と同じように村正の作る刀が妖刀だという逸話も残り、そして語り継がれているのだ。それが実際に起こった事なのか、後の人間が創作した話なのかは分からないが。
「それでも構わない。家康に良い物を使わせてやりたいんだ」
言いながらゆっくりと目を閉じた忠次は、そのまま頭を深々と下げた。それを見つめていた村正は深い溜め息を今一度吐き出すと、
「分かった。刀をいくつか打って出来上がった物をあんたの所に送るよ。実物を見て満足した物にだけお金を出してくれれば良い。もし気に入らなければ全て返品で構わない」
刀を打つという話どころか、忠次にかなり有利な取引を提案され、少々驚くが、
「宜しく頼む」
座敷に擦りつける勢いで再び頭を下げた。




