【九】
「村正さん、急にやる気になりましたね?」
忠次の居なくなった家の中からは香香香のそんな声が聞こえた。普段からやる気が無く、ゲームにインしてもゴロゴロしたり散歩をしていて、ほとんど武器を作っている姿を見せてくれない自分の師匠の意外な言葉に彼女は嬉しくなっていた。しかし、村正から出て来た言葉は彼女には思いがけないものであった。
「家康のとこに持ってく武器は香香香ちゃんに作って貰うから」
かしこまった雰囲気で話をしていた為に肩が凝ってしまったのか、彼はそんな事を言いながら自分の首や肩を触っている。
「あの、言ってる意味が良く分からないんですけど」
「香香香ちゃんが作った武器を徳川家康に渡すの」
改めて言い直したが、大して説明の情報量は増えていない。
「でも、それって詐欺になるんじゃ?」
香香香が不安そうに言うと、
「香香香ちゃんに複数本作って貰って、俺も一本だけ打ってそれらを全部渡そうと思ってる。詳細でしっかりと確認すれば誰が作ったかなんてすぐに分かる訳だし、納得した分だけお金を出してもらうって話になってるから問題無いでしょう?」
「それ、やる意味ありますか?」
「腕試しだと思ってさ、頑張ってみない?気に入って貰えば、あの徳川家康が香香香ちゃんの武器を使うかもしれないんだよ?」
「でも……」
師匠に言われ、なかなか返す言葉が出て来ない香香香の姿を光は黙ったまま見つめていた。
「香香香ちゃんは、鍛冶組合に顔を出すと周りが一生懸命職人仕事してて、それを見てると自分のやる気が無くなるとかって普段は言ってるんだけどね。本当は恥ずかしいだけなんだよ」
村正はそこまで言ってチラッと光へと目を向ける。が、言葉が返って来たのは反対側に座っている香香香からで、
「ちょっと!何言ってるんですか!」
睨むような鋭い視線だった。その視線と向き合うように首を戻した村正は、
「村正っていう号を持った俺の弟子ってだけで注目度が上がってる訳だからね?周りの目がある所で下手な物を打てないっていう気持ちも分かるし、それがプレッシャーになってるってのも分かる。しかも香香香ちゃんがそういうのに弱いのも知ってる。高価な素材を使った武器とか失敗しやすいもんね?」
そう言って笑いを挟んで更に続ける。
「でも、俺が居ない時にここを使ってたくさん練習してるのも知ってる」
そんな言葉を聞いてしまった香香香は照れ臭そうに下を向いてしまった。しかし、村正の話はまだ終わりでは無く、
「光くんと出会ったのは露店だって言ってたっけ?」
再び視線を戻し、光の頷きを見ると、
「その時、香香香ちゃん偉そうじゃなかった?」
光からの返事を待っていたが、言葉が飛んで来たのは反対側からで、
「ちょっと、偉そうって何ですか!」
「偉そうって感じはしませんでしたけど、威圧感は少しありましたかね?」
言葉を選んで返した光に村正は笑いながら頷き、
「そう。でも、本当は繊細な女の子なんだよね」
恥ずかし気も無く言う。逆に言われた香香香の頬がどんどんと赤くなって行き、
「なんか、話がズレてないですか?」
「そう?まあ、プレッシャーに弱い香香香ちゃんの弱点克服だと思って少しだけ頑張ってみない?」
香香香から言葉はすぐに返って来ないが、一連の話を聞いていた光は、闇市場に並んでいた大量の失敗作であろう香香香の武器を思い出し、納得していた。
「分かりました。どれくらい出来るか分かりませんが、頑張ってみます」
俯いたまま言う香香香に、
「うん、頑張って」
そう優しく声を掛けた村正は、光へと視線を移すと、
「光くん。さっきも言ったけど、相談とか乗ってあげてくれるかな?師匠には出来ない話とかもあると思うからさ」
再び笑いながら彼は言った。




