第一章1 『ニートでいることは、自由を求める叫びだ。』
何ゆえ我があの山の上で、文字通り神に中指を立てられる羽目になったのか。それを理解するには、すべての始まりまで遡らねばならない。下界にある、我が部屋まで。
カチカチカチ。
「よし、完了だ」
PC画面に映る我のキャラクターの頭上に、「Lvl.347」の表示が浮かんでいた。
「このレベルに到達したことで、我はついに、このオンラインゲームにおける最強のプレイヤーとなった」
我は芝居がかった仕草で髪をかき上げ、顔を仰け反らせた。
「我はまたしても、人類に対する己の優越性を証明してみせたのだ!」
我が名は森丈二郎。平均を優に超えるIQ(わざわざテストなど受けずとも分かることだ)と、トップクラスの容姿(我が家の者は皆、いつもそう言っている)を持つ青年である。
森――それは戦国の世において、絶大な権勢を誇った一族の姓だ。つまり論理的に考えて、我は武士の名を、戦士の名を持っているということになる。統べる者、崇められる者としての名を。
これは絶対的な真実だ。我こそ、母なる自然が生み出した中で最も完璧な人間である。
誇張ではない。ただ純然たる事実を述べているに過ぎない。
「我は客観的に見て、他の誰よりも優れている」
コンコン。
「ジョージロー?いるの?今週はあんたが皿洗いの当番なの、分かってるでしょうね」
くっ、今はまずい……
我は椅子から立ち上がり、急いでドアを開けた。そこにいたのは一人の老婆――我が母だった。
「あんた、この一週間ずっと部屋から出てないじゃない。それ、結構心配なんだけど……」
母は呆れたように笑みを浮かべていた
「我は四海に我が偉大さを広めていたのだ!全世界は我の存在を知るべきなのだからな、オオサカよ」
「こら」母が新聞紙で我の頭を叩いた。「母親を名前で呼ぶな、って何千回言わせるの。失礼でしょうが!」
く、くそ……なぜこれが地味に痛いのだ?まさか我は、この老婆より弱いというのか――
いや。断じて違う。我が肉体は、一撃を受けるたびに向上心が高まるよう、あえて痛みに敏感になっているだけなのだ。それが真実だ!
「ねえ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「皿洗いのことか?」我はため息をついた。「我は優れた存在なのだぞ!そんなもの、断じて――」
再び新聞紙が飛んできた。
「ぐっ、分かった、分かった!ゆ、指先の精密動作の訓練になるかもしれんからな、その理由でのみ、そなたのクエストを受けてやろう」
Twitterアカウントの宣伝に割く時間は少々減るが、その価値はあるだろう。
そういえば、あのアカウントでは、この二年間毎日欠かさず自己称賛の投稿を続けている。その成果は――ツイート数122,233件、フォロワー数4人(8個の裏アカウントを除く)、コメント数2件(他アカウントからの174,567件を除く)。
コメントのひとつは「これって何かの宗教?」、もうひとつは「大丈夫?一度カウンセラーに相談してみたら?」というものだった。
だが、我は不快にも失望にも感じない。むしろ、この結果は予想通りだった。
なぜなら我は、政府による検閲の対象なのだからな!
無論、真実は封じられるものだ。現実を検閲し、隠蔽しようとする――それはまさに、日本政府がやりそうなことである。
いや、よく考えてみれば、世界中のあらゆる政府が結託し、我の偉大さを隠蔽しようとしていると考える方が、より筋が通っている。
ふむ、なかなか良い説だ。だが思いついたばかりなので、もう少し調査する必要があるな。
「ちょっと、聞いてるの?」母が手を振った。
「無論だ。なぜまだ我の前にいる?皿洗いは喜んで引き受けると、既に言った――」
「いつになったら仕事を探すの?」
その言葉を聞いて、我は固まった。
「じゃなきゃ、また勉強を始めるとか。あんた、もう19なんだから、大学に行くとか、スーパーで働くとか、できるでしょ。何もしないまま大人になった人間を、いつまでも養い続けるつもりはないの――」
「ニートであることこそ、正義なのだ!!!」
我は激しい屈辱を覚え、叫んだ。
「全能なる我が、社畜として働くなどという屈辱に甘んじられるはずがなかろう!ニートであるということは、己の人生の支配権を握るということ、自由を得るということ、そして己が望む者になれる力を持つということなのだ!それは屈服などではない、賢明にシステムと戦うということなのだ!一日八時間労働を強いる世界において、我は反逆を選ぶ!自由を、幸福を選ぶのだ!我は――ぐわっ!」
再び新聞紙が我の頭に炸裂した。
「黙りなさい!あんたを私の遺産で養い続けるのも、もう疲れたのよ。いい加減、自分の人生で何かしなさい」
く、くそ……我がこの老婆に圧倒されているだと……!
いや、冷静になれ……問題ない。まさか彼女が――
「そんな生活を続けるなら、家から追い出すからね!」
「な、なにっ!?」我は心臓が止まりそうになった。「そんな勇気、そなたにあるはずが――」
「じゃあ賭ける?」
「……い、いや……ネットで金を稼ぐ努力をしよう、仮想通貨か何かで」
これは敗北を意味しない。断じて。これはただの戦略的撤退だ。一歩下がり、二歩前進するための――
「これで終わりだと思わないでよ」
バタン!
ドアが閉まった。母は我の部屋を出て行った。
待て、今、我を無視したのか?いや、こんな終わり方は許されん!
我はドアノブへと駆け寄り、渾身の力でドアを開け放った。
廊下に母の姿が見えた。「おい!」
母は廊下で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。「何よ」
「今夜の夕飯はオムライスがいい!お願いだ!!!……無論ケチャップ付きで!……できればハート型で!愛しているぞ、母上!」
「はいはい」
そう言って、母は去っていった。
ふう、よし。今のは、我が屈したわけでは断じてない。
我は高度な交渉術を用い、母を陥落させ、我の好物を夕食に用意させることに成功したのだ。あの「お願いだ」は、母の心を和らげるために、意図的に配置した一言に過ぎない。
まったく、我は天才だな。とはいえ、今更驚くことでもないが。
さて、そろそろPCの前に戻り、これから12時間、我がいかに素晴らしいかをツイートすることに費やすとしよう。
証拠が欲しいか?簡単なことだ。我はかつて、ワールドカップで優勝したことがある。
そう、サッカーのワールドカップだ。歴史上、最も制覇が困難な大会のひとつと言われている。
そして我は、実際にそれを四度も手にしている。
パソコンゲームでの話だが。だ、だがそれでもカウントされるはずだ、名前は同じなのだし、我はそれに何時間も費やしたのだから。
それが現実であったとして、一体何が違うというのだ――
「お、おお……」
突然、視界が一瞬ぼやけ、頭に鋭い痛みが走った。
「な、なんだ?わ、我はあぁぁ……」
視界はさらに霞んでいく。やがてすべてが暗転した。PCのファンの音が、次第に遠のいていく。
「そなたは、実に完璧な道化よ」
だ、誰かいるのか?今のは誰の声だ?我自身の頭の中から聞こえたような……一体どうして――
気づけば、我は暗い自室にいた。
瞬きをした。
気づけば、我は野外の都市にいた。
目の前に広がっていたのは、まさに中世そのものの街並みだった。木造の家々、露店の並び、風にはためく旗。粗末な布の服を着た者から、上等な衣をまとう者まで。ガタガタと軋む荷車、声を張り上げる商人たち、木を焼く煙と揚げ物の匂いが漂っている。
「おい、前をよく見て歩け!」老人がぶつかってきた――って、猫耳が生えているだと!?どういうことだ――
ああ、なるほど、実に明白なことだ。
我は異世界にいる。我は――異世界転生を果たしたのだ。
おそらく大半の人間は、今頃混乱していることだろう――中世に飛ばされたとでも思い込んで。だが、そのような者たちは、所詮ありふれた物語の主人公に過ぎない。我は違う。
我は確信している、これが異世界であると。なぜなら我は我だからだ。全宇宙の主人公――ゆえに――
いや、待て……「全宇宙の主人公」では、我という存在のすべてを言い表せていない。
もしや……ふむ……『すべて』の主人公。そうだ、その方がしっくりくる。
そして我は『すべて』の主人公であるがゆえに、いずれ異世界転生することになるのは、必然だったのだ。
そしてなんと、神自らが、何らかの使命を与えるために我をここへ送り込んだというわけだ。
神が我に神聖な使命を課す日が来るのは、時間の問題に過ぎなかった。この日が来ることは、我はずっと分かっていた。何も驚くようなことではない。
この手の展開を描いた物語なら、我は既に何十作と読んできている。何をすべきかは分かりきったことだ。ギルドを探す、それから娼館に行って……う……人生経験を積む、とかな。
心配は無用だ、我が主よ。そなたの救世主は、今まさに向かっている最中なのだから。




