プロローグ 『神にだって中指がある』
雄大な山の頂。ゴウゴウと吹き荒れる風に立ち向かう、孤高の英雄的な人影。
下界での最後の日、我――森丈二郎が演出したかったのは、そういう画だった。だが現実は、Tシャツ、金色のズボン、そして激怒中の連れ、というやつだった。
「ようやく、下賤な民どもを見下ろすにふさわしい場所に辿り着いたな」
我の背後で、青い髪の女がドサッと地面に崩れ落ちた。汗まみれの顔で、彼女はもはや我の足元まで這いずるしかなかった。
「ジョ、ジョージロー……やっぱり分かんない……」ついに動くのを諦め、彼女は息を切らした。「一体何のためにこんな場所まで来たがったのよ?何がそんなに重要なわけ?」
「無論、重要なことだ」我は腕を組んだ。「ここからなら、我が支配すべき世界の全貌を見渡せるのだからな!」
この場所からは、この世界のあらゆる王国が見える。すべての街、すべての人、すべての木々――まるで神が、この我のためだけにこの絶景を用意してくれたかのようだ。
「そ、それで……こ、これからどうするのよ?」女は両手を膝につき、なんとか立ち上がろうとした。
「うむ、これにて終了だ。よし、それでは下山す――」
「何が『下山』よ!」エヴァはこめかみに血管をビキビキと浮かせて跳ね起きた。「たった三秒カッコつけるためだけに、あたしを二日間も山登りに付き合わせたわけ!?」
「景色を眺めるためだけではない、女よ。我が心を決意と自信で満たすためでもあったのだ――」
「時間の無駄よ!二日もかけて登ったのが、あんたが……カッコつけたかっただけって、そういうこと!?」
ふむ。この登山、もっと有効に活用すべきかもしれん。世界の頂点に立つというのは、そう容易く成し遂げられることではないのだからな。
そして、世界の頂点に立つということは――すなわち、彼により近づくということでもある。
「女よ、そなたの建設的な批判、しかと受け止めた」
「ほ、本当にこの旅を無駄にせずに済むわけ?」
「無論だ。宣言をもってな!」
我は肺いっぱいに息を吸い込み、大仰に叫んだ。
「天上に坐す全能なる主よ。我、森丈二郎は、そなたより授かりし神聖なる使命を全うすることを、ここに誓う。そのために――我は神になる!!!」
一瞬、風が弱まったような気がした。
背後で女がクスッと笑った。「はいはい、夢でも見てなさい」
「待て」我は顎に手を当てた。「女よ、もっと大きな夢を見るべきなのだ。命じられたことをそのままなすなど、この我自身への冒涜に他ならん」
「そんなこと言ってないし……あとあんた、あたしの名前がエヴァだって、何兆回言わせる気?」
彼女の言葉などほとんど耳に入らず、我は再び天へと向き直った。
「天にまします全能なる主よ。我は、そなたが求めた以上に壮大であることを決めた。そなたを超えてみせると、ここに誓おう!」
風は……正直、特に弱まった様子はなかった。
我は振り返った。「よし、これで終わりだ。帰るぞ」
「もう勘弁してよ……って、うわっ――」
突風がゴォッと吹き、二人ともよろめきかけた。
――かけた、だけだ。当然、自然などという矮小な敵に、この我が敗れるはずもない。
「ジョージロー、後ろ!」彼女が我の背後の空を指さした。
振り返ると――おお、空が動いている?まさか――
いや、待て。何を驚くことがある?神が、人類の存在するあらゆる宇宙の中で最も重要な人間である我に応えようとするのは、当然のことではないか。
「我が主よ、何なりと言うがいい、なすがいい」我は両腕を広げた。「そなたが我のために用意したものを、この目で見せてもらおうではないか!」
雲が震え、形を成していく。いかなる科学をもってしても説明のつかぬ現象――それは紛れもなく、神だった。
雲は捻れ、ひとつの巨大な形へと変わっていく。それは、我の眉をひそめさせる形だった。
息を呑んだ。
……
それは、中指だった。
「はぁ!?ふ、ふざけんな!またかよ!!」




