8話 特別な特訓スペースと、甘い囁きの密着指導
「何って、可愛い妹の頬が膨れてて柔らかそうだったから触っただけだぞ。嫌だったか? 嫌ならもう触らないようにするけど」
「は? だれも……嫌なんて、言ってないし。か、勝手に決めないでよね……っ」
蚊の鳴くような声で、だけど明確に嫌ではないと告げるミオル。ユウキは思わず不思議そうに首を傾げた。
「ん? いやいや、今までの記憶だとめちゃくちゃ嫌がられてたはずなんだけど、どうしたんだ? そんなこと言ってると、もっと触るぞ。柔らかくて最高の手触りだったしな」
「……っ、勝手にすれば良いじゃない。べ、別に、嫌じゃないわよっ」
ミオルは再びプイッとそっぽを向いてしまう。しかし、真っ赤になった耳たぶを晒しながら、長い睫毛の隙間からチラチラとユウキの様子を伺うような、落ち着かない仕草を繰り返していた。掴んだ腕に、かすかに加わる力が増していく。
(あれ……? 俺、こいつに嫌われてるんじゃなかったっけ? なんとなくだけどこれ、もっと触れって求められてるのか……?)
前世の感覚からすれば、こんな画面の向こう側の美少女に触れられるチャンスなど一生に一度あるかないかだ。
しかも、相手が拒まないと言っているのだから、遠慮する必要はどこにもない。夕刻の静寂が広がる訓練場の片隅で、ユウキは戸惑いつつも、目の前の愛らしい現実を受け入れる覚悟を決めるのだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ユウキは思い切って手を伸ばすと、ミオルの柔らかな両頬を親指と人差し指でぷにっぷにっと小気味よく触り、そのまま包み込むように両手で優しく挟み込んだ。
手のひらに伝わってくるのは、絹のようになめらかで、信じられないほどモチモチとした極上の柔らかさ。体温を吸い上げた肌の心地よい熱が、ユウキの指先をじんわりと包み込んでいく。前世の記憶を合わせても、これほど繊細で愛らしい感触には触れたことがなかった。
「うにゅぅぅぅ……ばかぁ。変な顔にしないでぇぇ……っ」
顔をお餅のように優しく変形させられ、ミオルは不明瞭な声を上げながらジタバタと小さな拳を振るう。
言葉では変な顔だと怒ったように文句を言っているものの、彼女の華奢な身体はユウキの腕の中にすっぽりと収まったままだ。じわりと広がる夕闇の静寂の中、トスンと胸に当たる拳には微塵も力がこもっておらず、そこから本気で逃げ出そうとする気配など、どこを探しても存在しなかった。むしろ、その心地よい拘束を全身で受け入れるように、彼女の呼吸はどこか甘く、熱く、ユウキの胸元に吸い込まれていくのだった。
♢特別な特訓スペースと、甘い囁きの密着指導
ユウキはミオルの後ろに回り込み、背後からその白い頬を両手でむにむにと優しく触ったまま、一歩を踏み出した。向かう先は、一般の兵士たちが使う場所とは一線を画す、上級魔導師や役職付きのお偉いさんだけが使用を許された専用の特訓スペースだ。
より強固な結界で守られたその一角へ向かって、二人はゆっくりと進んでいく。
当然、犬猿の仲のはずだったユウキとミオルがそんな密着した体勢で共に移動しているのだから、すれ違う周囲の者たちの注目を一身に集めてしまう。訓練中の兵士たちが、信じられないものを見たというように目を見開き、得物を握る手を硬直させていた。
「お、お兄様……ちょ、ちょっと恥ずかしいですわね……」
ミオルは顔を耳の裏まで真っ赤にして口では抵抗しているものの、その小さな手は、自分の頬を包み込んでいるユウキの手の上にそっと重ねられていた。拒絶して引き剥がそうとする力など微塵もなく、むしろその大きな手のひらの暖かさを確かめるような、いとおしむような仕草だ。
「別に良いだろ? お互い嫌じゃないんだし。兄妹が仲良く歩いてるだけなんだからさ」
「……で、ですわよね。問題、ないですわね♪」
ユウキのあっけらかんとした言葉に、ミオルはそれまでの恥じらいを吹き飛ばすほど嬉しさを隠しきれない様子で声を弾ませた。背中から伝わる兄の鼓動を感じながら、重ねた自身の手にきゅっと力を込め、どこまでも幸せそうに微笑むのだった。
到着した専用スペースは、周囲を何重もの強固な防壁で遮断された、完全に独立した空間だった。
ここは上級魔導師が新魔法の研究による機密流出を防ぐための場所であり、同時に、もし魔法が暴走したとしても周囲への被害を最小限に抑えるための強固な結界対策が施されている。人目を気にせず、落ち着いて魔法を試すにはお誂え向きの場所だった。
まずは学生の基準を知るために、ミオルが的へ向かって魔法を放つ。
確かに彼女が放った光の弾丸は、同学年の学生という括りで見れば十分に優秀な部類なのだろう。だが、前世のゲーム知識や、この世界の凶悪な魔物の生態を考慮すると、実戦で一撃で魔物を仕留められるほどの威力や精度には到底達していない。的の表面をわずかに当たっただけで霧散するその光の残滓を見つめ、ユウキは小さく息を吐いた。
「ちょっと、手を貸してみろよ」
ユウキはミオルの背後からそっと寄り添うようにして、彼女の小さな手を優しく包み込んだ。
遮るもののない距離で、二人の身体が隙間なく密着する。背中に直接伝わってくるユウキの胸板の厚さと、衣服越しでも分かる熱い体温に、ミオルの華奢な身体がビクッと細かく強張った。
「もっと手に魔力を集める感じで……そう、標的に正確に当てるイメージをして」
すぐ耳元で、ユウキの低く優しい声が鼓膜を甘く揺らす。彼自身は純粋に、先ほど森で得た魔力制御の感覚を妹に分かりやすく教えてやろうと必死なだけだったが、ミオルの側はもうそれどころではなかった。
(ひゃぁぁぁ、これじゃ、集中出来るわけないじゃないっ。ばかお兄様……っ!)
うなじに触れる吐息が気恥ずかしいほど熱くて、肋骨の奥の心臓が壊れそうなほど激しく鐘を打つ。
頭の中が真っ白になり、肝心の魔法の練習など完全に吹き飛んでしまっていたが、同時にミオルの胸の奥には、今までに感じたことのない強い幸福感が波のように満ちていた。
(で、でも……すごく、幸せかも……この状況♪)
ユウキの大きな腕の中にすっぽりと収まり、その香りに包まれながら、ミオルは熱い頬をさらに上気させた。重ねられた手のひらから伝わる確かな熱をそっと受け止め、生まれて初めての甘い特訓の時間を、ただ心から愛おしそうに噛み締めるのだった。




