5話 ドキドキな魔法の試し撃ち
陰で囁かれる使用人たちの冷ややかな声をあとにしながら、ユウキの胸の中は、恐怖や焦りとは真逆の感情で満たされていた。
ドクドクと脈打つ心臓が、心地よい高揚感を告げている。肋骨の奥から突き上げてくる熱い拍動が、全身の血を沸立たせていくのが分かった。
(なるほど、力こそがすべて、か……)
そんな強者が尊ばれる武闘派の世界に、ユウキはドキドキと胸を躍らせ、抑えきれないわくわくした感情を抱き始めていた。
何せ、彼には確信があったのだ。ふと思いついて脳内で「ステータス」と念じたその瞬間、視界に半透明の、まるでゲームのような透過画面が鮮やかに浮かび上がったからである。網膜に直接焼き付くような、淡い青光を放つ紋章。
しかもその奇跡的な能力は、自分だけに留まらなかった。視線を動かし、廊下を行き交う使用人たちに意識を向ければ、彼らの頭上にその名前や現在の魔力量といった詳細な情報までが、画面の端に丸見えの状態で次々と表示されていく。
そして何より、己のステータス画面に並ぶ数字は、世界の常識を置き去りにするほど完全に狂っていた。
(……おいおい、マジかよ)
ユウキは驚愕で目を見開き、喉の奥を鳴らした。
そこには、王国最強の兵士や魔術師たちが集う辺境伯家の中にあっても、なおずば抜けた身体能力の数値が容赦なく刻まれていた。体内に至っては、底無しの海のように膨大な魔力と魔力量が荒れ狂う渦となって暴れている。さらに、転生特典と思われる、見たことも聞いたこともない数々のチートスキルが、スクロールが必要なほどずらりと並んでいた。手のひらから伝わってくる微かな振動は、その数値がけっして幻などではないことを雄弁に物語っていたのだ。
だが、数字だけで自分の実力を把握しても意味がない。
本物の武闘派の世界を生き抜くために、実際の強さをこの目で確かめたくなったユウキは、即座に行動へ移した。
新しく発現した『隠密』のスキルを脳内で選択し、発動させる。その瞬間、身体を包み込む空気がふっと希薄になり、自身の気配が綺麗に消え去る奇妙な感覚があった。
ユウキは屋敷の窓に手をかけ、音もなく滑り出るようにこっそりと外へ抜け出した。すぐ近くを巡回中の私兵たちの鎧が擦れ合う音が聞こえていたが、誰も彼の存在に気がつく気配はない。誰の目にも留まることなく、広大な敷地の裏手に広がっている、薄暗く深い原生林へと足を踏み入れた。
鬱蒼と茂る巨木の緑の合間を縫い、腐葉土の匂いを嗅ぎながら、十分に屋敷から離れた開けた場所へと辿り着く。周囲には静寂が満ち、時折鳥の羽ばたきが聞こえるだけだ。
ユウキは一つ深く息を吐くと、脳内の記憶にある最も初級の攻撃魔法──『火球』を頭の中にイメージし、前方の空間へと右の手のひらを向けた。意識を集中させると、皮膚の裏側を流れる熱い奔流が右腕へと一気に集まっていく。
(よし、とりあえず小手調べだ)
しかし、中身の悠希としては、これが人生で初めての魔法発動である。前世の感覚のまま、ただごく普通に念じて魔力を押し出そうとしたため、この世界の魔術師たちが血の滲むような訓練で叩き込まれる「魔力の出力調整」という概念が、彼には全く分かっていなかった。魂の深淵に眠る底無しの海から、蛇口を全開にするどころか、防波堤を丸ごと吹き飛ばすような勢いで、破滅的な質量を持った魔力が手のひらへと一激で集中していく。
──それが、致命的な破滅を招く。
ドゴォォォン!!!
刹那、世界が激震した。
ユウキの手のひらから放たれたのは、初級魔法とは名ばかりの、周囲の空間すらグニャリと歪めるほどの巨大な熱線の濁流だった。赤黒い炎の塊が、大気を爆裂させながら猛り狂う。
凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れ、あまりの衝撃に足元の土壌が文字通り爆ぜ飛んだ。眩い光が視界を真っ白に染め上げ、鼓膜を破らんばかりの暴風が荒れ狂う。次の瞬間には、前方に立ち並んでいた何十本もの巨木たちが、燃える間もなく一瞬にして分子レベルで蒸発し、凄まじい爆風がさらに周囲をなぎ倒していった。
やがて、モウモウと立ち込める白煙と土煙が、熱風に煽られてゆっくりと引いていく。
あまりの熱量に肌を焼き焦がされそうになりながら、唖然としてユウキが目にしたのは、数百メートルにわたって扇状に真っ黒に焼け焦げ、生命の気配が完全に消え失せた完全な焦土だった。
地面にはガラス状に溶けたクレーターが深く穿たれ、立ち上る陽炎が視界を狂わせている。
「……嘘だろ? これ、初級魔法だよな……?」
自分の手のひらを見つめ、そこに残る微かな痺れと、世界を容易く書き換えてしまった規格外すぎる破壊力に、ユウキの背筋を冷や汗が伝う。想像を絶する暴力の残滓を前に、彼は自分の内に眠る力の恐ろしさを、ただ戦慄とともに噛み締めるしかなかった。
その時、新しく目覚めた強化された聴覚と索敵スキルが、遠方からの騒がしい足音を鋭く捉えた。




