41話 古い術式の覚醒・広域戦術指揮
椅子に深く腰掛けたまま、ユウキはめんどくさそうに溜息をつく。
普通なら絶望する局面。だが、ユウキの脳裏に、王都の露店でお忍び散策をした際に気まぐれで購入した、一本の武器の存在が思い浮かんだ。
魔力を流したことで錆が落ち、鋭い刀身へと変貌したものの、手加減が難しくなるという理由でずっと別邸の壁に飾り放しにしていた、あの「古びた剣」だ。
ユウキは、座ったまま無造作に右手を横へと伸ばし、壁に掛けられていたその剣の柄を掴んだ。
「おい、そこの不届き者。せっかくのんびりスローライフを満喫しようと思ってたのに、わざわざ埃を被ってた愛剣を使わせるなよ。手入れが面倒なんだからさ」
「往生際の悪い! そんな鈍らを抜いたところで、我が絶対防御は破れん!」
暗殺者リーダーが猛然と踏み込み、漆黒の短剣を突き出してきた。
その瞬間、ユウキが「魔力を帯びた淡く光る剣」を鞘から引き抜く。
キィィィィィン――!!!
別邸の、いや、王都全域の空間を震わせるほどの、高く清澄な金属音が鳴り響いた。
ユウキの身体から溢れ出た海のごとき膨大な魔力が剣へと流れ込んだ瞬間、剣の柄頭に埋め込まれていた、くすんだ赤色の魔石が、まるで数千年の眠りから目覚めたかのように、爆発的な真紅の光輝を放ち始めたのだ。
『個体名:【極光の天剣・グラム】――覚醒を検知。かつて辺境の最果てにて、巨万の災厄(魔物)を封印せし伝説の神造兵装』
脳内に響く無機質なアナウンス。
ユウキ自身すら「ただのちょっといい剣」だと思っていたその武器は、かつて世界を救った英雄が用いた、伝説の魔石を宿す神話級の遺物そのものだったのだ。
「な、なんだその光は!? 我が呪具が、魔力を相殺しきれないだと……!? ば、馬鹿なッ!!」
暗殺者リーダーの顔が、恐怖に引き攣る。
魔法を無効化するはずの古代呪具が、ユウキの剣から放たれる圧倒的な神威の前に、ミシミシと悲鳴を上げてひび割れていく。
「自重しろって脳内で誰かが言ってる気がするけど……まぁ、いいや。一瞬で終わらせてやる」
ユウキが座ったまま、気怠げに剣を一閃した。
魔力を極限まで収束させ、周囲の建造物に被害が出ないよう、刃の軌道上にだけその破壊力を集中させる。
刹那、空間ごと敵の「絶対防御」がガラスのように粉々に砕け散った。
「ぎゃあああああああッ!?」
光の障壁も、物理の霧散術式も、伝説の天剣の前にはただの薄紙に過ぎない。
暗殺者リーダーは刃に触れることすらできず、剣圧の奔流だけで胸元の古代呪具ごと吹き飛ばされ、骨の砕ける鈍い音とともに別邸の分厚い壁を突き破り、遥か彼方の庭園の地中深くへと埋め込まれて完全に気絶した。
静寂が戻った執務室で、ユウキは刀身に宿る真紅の輝きを見つめながら、再び深く溜息をついた。
「初級魔法で森を焦土にしちまうから剣を使ってみたけど……これ、手加減の難易度がさらに上がってないか? まったく、とんでもないハズレ物件(伝説の武器)を引き当てちまったもんだ……」
ユウキは呆れたように首を振ると、再び静かに明滅を始めた天剣を鞘へと収め、窓の外へと冷めた双眸を向けた。
すでに彼の『索敵スキル』のマップは、第二陣となる数百の大軍勢の赤点で埋め尽くされている。
♢古い術式の覚醒・広域戦術指揮
地響きのような無数の足音が、ユウキの滞在する別邸を包囲するように轟いた。
「第二陣、か。ご苦労なこった」
重厚な椅子に深く腰掛けたまま、ユウキは冷めた双眸を窓の外へと向けた。
すでに彼の脳内にある『索敵スキル』のマップは、赤く染まった無数の光点で埋め尽くされている。中央貴族が私兵や傭兵、お抱えの魔導師たちを総動員したのだろう、その数、実に数百におよぶ大軍勢。別邸の周囲は、蟻の這い出る隙もないほど完全に囲い込まれていた。
これほどの包囲網を前にすれば、王国最高峰の騎士団であっても絶望に顔を歪めるはずだった。
だが、ユウキにとってはただの「面倒事」でしかなかった。
(一人一人、殴って回るのもさすがに骨が折れるな。……いや、その必要もないか。せっかく用意した“あれ”があるんだからな)
ユウキは、上着のポケットから掌に収まるサイズの、美しい蒼色の魔導石が組み込まれた通信魔道具を取り出した。
その洗練された術式構成を眺めながら、ユウキの脳裏に、数日前の穏やかな放課後の記憶が鮮やかに蘇る。
学院の魔導書控室。薔薇の香りが漂う二人きりの空間で、サラサラの金髪を揺らした第一王女セルシアが、重い古い文献を広げてサファイアの瞳を輝かせていた。
『ユウキ様、この古の記述……どうやっても魔力の波形が霧散してしまいますの。でも、もしこれを固定できれば……』
『どれどれ……ああ、これはただの通信術式じゃないな。個人の魔力を基点にして、広域のネットワークに全同期させる高難度の通信・制御術式だ。魔力波形の指向性をこう変えれば、回路が繋がるぞ』
『まあ……っ! 流石はユウキ様ですわ! まるで世界そのものを掌に収めるような、完璧な最適化……!』




