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辺境伯家の最強令息、王都の学院で王女殿下に全力で懐かれる  作者: あるふぁ
第6章:王女殿下の「正妻ムーブ」と義妹の焦燥

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35話 影の特等席と、唯一の癒やし

♢影の特等席と、唯一の癒やし


「はぁ…………死ぬかと思った……」


 夜、別邸の自室のフカフカとしたベッドに泥のように沈み込みながら、ユウキは天井を見つめて重く深い溜息を吐き出した。

 昼間に学園のサロンで繰り広げられた、あの恐ろしいキャットファイトのせいで、彼の精神的な疲労はすでに限界へと達していた。


 その時、月明かりが差し込む室内の影が不自然にゆらりと伸び、そこから一切の音もなく銀髪の美少女――シアが姿を現した。


「お疲れ様です、主様」


「うお、シア……。お前、昼間のあれ、絶対に見てただろ……」


「はい。物陰からこっそりお茶をいただきつつ、微笑ましく見守らせていただきました。私は主様の『影』であり、誰よりも一番近い妹枠兼従者ですから。あのような泥沼の激しいレースにわざわざ混ざる必要はなく、常にこの特等席にいられるだけで大満足しております」


 シアは神秘的な翡翠色の瞳を細め、最初から勝利を確信しているかのような、どこか余裕のある淡々とした静かな笑みを浮かべた。


「シア……お前だけが俺の唯一の癒やしだ……」


 ユウキが偽らざる心からの本音を漏らし、そっと差し出されたシアの滑らかな銀髪を優しく撫でる。

 すると、シアはまるで最愛の飼い主に甘える猫のように気持ちよさそうに目を細め、ユウキの手のひらへと嬉しそうにその小さな頭を委ねてくるのだった。



♢控室のアクシデント


 そんなコメディ感溢れる賑やかな日常の中、ある日の放課後、ユウキとセルシアは学園の奥まった場所にある魔導書控室で二人きりになり、古い文献の解読作業を行っていた。


「ユウキ様、この記述なのですが……」


「どれどれ……ああ、これは古い時代の術式の構成案だな」


 静かで、のんびりとした時間が心地よく流れる中、セルシアが読み終えた重い魔導書を棚の上の段へと戻そうと、小さく背伸びをした。

 だが、その拍子に、彼女の穿いていた長い制服のスカートの裾が、近くにあった椅子の脚に不運にも引っ掛かってしまう。


「あ、なっ――!?」


 完全にバランスを崩したセルシアの身体が、重力に従ってそのままユウキの方へと倒れ込んできた。

 ユウキはとっさに彼女を抱き留めて受け止めようと力強く手を伸ばしたが、突発的な勢いを完全に殺しきることはできず、二人は控室の真ん中に置かれた大きな革張りのソファの上へと、重なり合うようにして勢いよく倒れ込んだ。


「ひゃうっ……!?」


 普段はどこまでも気高く凛とした王女が、予想外の強い衝撃に小さく可愛い悲鳴を上げる。

 ドサリという柔らかなソファの沈み込みの直後、ユウキの視界は、目の前に広がった高貴な金髪のまばゆいきらめきと、鼻腔をくすぐる甘い花の香りで一瞬にして埋め尽くされた。


「……っ」


 ユウキの逞しい胸に、セルシアのしなやかで驚くほど柔らかな体躯がぴったりと隙間なく押し当てられている。

 ドクドクと速いリズムを刻む彼女の心臓の鼓動が、肌を通じて直に伝わってきた。それと同時に、ふわりと空間に漂う、高貴な薔薇に似た甘く上品な香気が、ユウキの鼻腔を熱くくすぐる。

 白いブラウスの薄い生地越しに、彼女の確かなぬくもりと、女性特有のしなやかな曲線が、生々しいほどの質量を持った熱となってユウキの身体全体に伝わってきた。


 吐息さえ触れ合うほどの至近距離で、潤んだサファイアの瞳と、戸惑う黒い瞳が真っ正面から見つめ合う。

 セルシアの気品ある美しい瞳が、みるみるうちに深い羞恥と、どこか熱い感情でじわりと潤んでいく。


「あ、う……ご、ごめんなさい、ユウキ様……。その、わざと、わざとではないのです……っ」


 耳たぶまで完全に真っ赤に染め上げたセルシアは、至近距離にあるユウキの端正な顔から目を逸らすこともできず、ただただ細い肩を小さく震わせるばかりだった。


「……って、どこを見ているのですか! す、すぐ退きますから、そんなにじっと見つめないでください……! 私の、心臓の音が、お兄様――いえ、ユウキ様に聞こえてしまいますわ……っ」


 恥ずかしさのあまり消え入りそうな微かな声で抗議しながらも、彼女はユウキの仕立ての良い上着の胸元を、白く小さな手でギュッと掴んだまま、魔法にでもかけられたかのようにしばらく身動きが取れなくなっていた。


(やべえ……。強敵を前に魔力調整をミスるより、まったく別の意味で心臓が破裂しそうだ……)


 ユウキは内心で激しく動揺し、冷や汗を流しながらも、その腕の中に収まる心地よい重みと甘い香りに圧倒され、全身の筋肉を硬直させることしかできなかった。


 ――しかし、このあまりにも甘く微笑ましい日常の裏で、王女に執着し、ユウキの持つ圧倒的な才能に激しい嫉妬と恐怖を抱いた中央貴族たちの、どす黒く狂った悪意の足音が、すぐそこまで確実に迫っていたのだった。

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