33話 白亜の教室と、恋する王女の熱烈な奇襲
♢白亜の教室と、恋する王女の熱烈な奇襲
白亜の美しい校舎がそびえ立つ貴族学院。そこは将来の国の政治を動かす中央貴族の子息たちが、こぞってその虚栄心と家柄を競い合うマウンティングの場所であった。
だが、ここ最近の学院を包む空気は、以前とは劇的に、それこそ天と地がひっくり返ったかのように変わってしまっている。
その原因のど真ん中にいるのが、ヴァルテンブルク辺境伯家の長男、ユウキ・フォン・ヴァルテンブルクであった。
かつては「弱々しい出がらし」「武力だけの無能な田舎者」と周囲から冷笑され、蔑まれていたはずの少年。しかし彼は、第一王女を単身で救い出すという大金星を挙げ、さらに近隣の旧伯爵領の統治代官として、前代未聞の爆速と完璧さでインフラ・鉱山管理体制を構築してのけた。
規格外の武勇だけでなく、百戦錬磨の文官すら手玉に取る圧倒的な知略まで見せつけたユウキは、今やこの学院において「絶対に逆らってはならない、底の知れない化け物」として深く畏怖されていた。
(はぁ……のんびり無能のフリをして目立たず、静かなスローライフを過ごしたかっただけなのに、なんでこうなった……)
日の差し込む教室の窓際の席で、ユウキは退屈そうに頬杖をつきながら、心の中で何度目かも分からない深い溜息を吐いていた。
横顔に突き刺さる、周囲の生徒たちの視線がとにかく痛い。かつてのように見下し、嘲笑うようなものはもう一つもない。今のそれは、触れれば爆発する腫れ物に怯えるかのような、あるいは獰猛な肉食獣を遠巻きに観察するかのような、ピリピリとした緊張と恐怖が混ざった視線そのものだった。
だが、その教室中に張り詰めていた息苦しい緊張感を、一瞬にして華やかなパニックへと塗り替える人物が現れる。
「――ユウキ様っ!」
鈴の音を優しく転がしたような、透き通った愛らしい声が、ピリピリと張り詰めていた教室に響き渡る。
その瞬間、それまで密やかにざわついていた教室内が、まるで時が止まったかのように、嘘みたいに水を打って静まり返った。
教室の入り口に立っていたのは、光を弾くサラサラの淡い金髪を美しくなびかせた少女だった。深く澄んだサファイアの瞳をきらきらと輝かせ、気高くも、今はどこか年相応の少女らしい期待に胸を膨らませて、林檎のように頬を染めている――この国の第一王女、セルシア・バルハイトその人であった。
「なっ、せ、セルシア王女殿下……!? なぜこのような一般クラスの教室に……!」
「おい、嘘だろ……。王族の姫君が自ら足を運ぶなんて、前代未聞だぞ……」
周囲の貴族子息たちが慌てて起立し、椅子の音をガタガタと鳴らしながら平伏しようとする中、セルシアはそれらの視線を一切気にする様子もなく、一直線に窓際のユウキの席へと歩み寄ってきた。
そして、その白く細い手で大切そうに恭しく抱えられていた、上品な刺繍が施された何とも豪華で大きな重箱――明らかに手作りと分かるお弁当を、ユウキの机の上にことんと優しく置いたのだ。
♢全力正妻ムーブの破壊力
「ユウキ様! 慣れない旧伯爵領の経営、本当にお疲れ様でした。こうしてまた学園でお元気な姿を見られて、私、とっても嬉しいですわ!」
「あ、ああ、いや、セルシア……わざわざありがとな。でも、王女殿下が直々にこんな一般の教室まで足を運ぶ必要は――」
「必要は大いにありますわ!」
セルシアは花が開くようにふんわりと微笑むと、まるで新婚の妻のような甲斐甲斐しい手つきで、重箱の蓋をそっと開けた。
ふわりと鼻腔をくすぐる芳醇な香りと共に現れたのは、彩り豊かで見るからに栄養バランスの良さそうな、高級宮廷料理さながらの麗しい料理の数々だった。
「ユウキ様のお体を心配して、私、栄養バランスを徹底的に考えたお弁当を心を込めて作ってまいりましたの! 慣れない包丁でしたので、ほんの少し指を痛めてしまいましたけれど……ユウキ様の喜ぶお顔が見たくて、朝早くから頑張りましたのよ? さあ、遠慮せずに召し上がって?」
「え、手作り……? 王女様自ら……?」
ユウキは引きつった笑みを浮かべたまま、目の前の光景に思わず固まった。
一国の至高なる王女が、周囲の視線も身分も全て投げ打って、泥臭い一般の教室で一人の男にお弁当を差し出している。その一切の迷いがない「全力正妻ムーブ」の破壊力は凄まじかったが、それ以上に、周囲の男子生徒たちから突き刺さる嫉妬と怨嗟に満ちた視線が、物理的なナイフのように痛かった。
(ありがたい……めちゃくちゃ美味そうだしありがたいんだけど、周りの目が完全に俺を八つ裂きにしてミンチにしようとしてるんだが……!?)
新連載をはじめました!『キモデブと、琥珀色の守護天使』
いつも応援ありがとうございます。
本日より、新しい物語の連載を開始いたしました!
第1話のタイトルは「剥がれ落ちた日常」です。
理不尽な現実に直面し、殻に閉じこもっていた主人公のカズヤ。
そんな彼が、絶望の底から這い上がるためにある「決意」を固め、静かに動き出すところから物語が始まります。
始まったばかりの作品ですが、これからカズヤがどのような道を歩んでいくのか、温かく見守っていただけますと幸いです。
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⇒第1話「剥がれ落ちた日常」




