31話 おしかけ王女と目が笑っていない義妹
♢おしかけ王女と目が笑っていない義妹
「武勇だけでなく、荒廃した領地を瞬時に治める卓越した知略までお持ちだなんて……っ! ああ、神よ、私の目に狂いはありませんでしたわ! もう今すぐにでも、我が国のすべての全権をユウキ様に任せられますわ!」
「いや、王女殿下、なんでここにいるんだよ。学院はどうした」
困惑を通り越して呆然とするユウキを他所に、セルシアは熱い吐息を漏らしながら、自身の胸の前で小さな両手をぎゅっと合わせた。
「ユウキ様がこんな寂しい田舎で一人、苦労されていると聞き、居ても立ってもいられず、私の王女権限で王宮の一流文官たちを大量に派遣いたしました! さあみなさん、ユウキ様のために死ぬ気で働きなさい! そしてユウキ様、私との結婚後の甘い新生活の準備を、この地でじっくりと進めましょう♪」
「おい待て、勝手に外堀をコンクリートで埋めるな――」
うっとりと頬を染め、全力で懐いてくる最高峰の美少女。
だが、その甘い空気を一瞬で凍りつかせるように、部屋の隅の暗がりから地を這うようなドスの利いた声が響き渡った。
「……随分とご挨拶ですわね、王女殿下」
「あ」
ゆらり、と不穏な影を纏って現れたのは、ユウキをサポートするため先にこの領主館に乗り込み、エプロン姿で夜食の準備を整えていた義妹のミオルだった。
その白く可憐な手には、湯気を立てるハーブティーの入った銀のお盆が握られているが、彼女の美しい瞳は完全に光を失っており、微塵も笑っていなかった。
「ここは我がヴァルテンブルク家が一時的に治める土地。中央の王女殿下が、泥足で勝手に踏み込んでいい場所ではありませんわ。お兄様のお世話は、この義妹である私と、専属の従者であるシアだけで十分足りております」
「あら、ミオルさん。私はユウキ様のその素晴らしい知略をサポートしに参ったのです。それに、将来の正妻として、愛する夫の新しい領地を視察するのは当然の義務ではなくて?」
「せ、正妻……っ!? お兄様をこれ以上たぶらかさないでください! お兄様、こんな狐のような女の言うことなんて無視して、私の作った特製のお茶を飲んでくださいまし!」
「いいえ、ユウキ様! 私と一緒に、この街の未来の素晴らしいデートコースを練りましょう!」
バチバチと激しい火花が散る二人の視線の間に、すうっと気配もなく割り込む影があった。
「ちょっと、お二人とも、主様が大変困っています」
いつの間にかユウキの背後から影のように現れたシアが、平然と淡々とした声で諫める。だが、なぜかどさくさに紛れてユウキの右腕を己の柔らかな胸へと深く抱き込んでいた。
「ユウキ様、私と!」「お兄様、私の方を見てください!」
「おい、引っ張るな! 服が破ける! シアもお前、どさくさに紛れて便乗して抱きつくな!」
右からは極上のサファイアの瞳を潤ませる王女、左からは普段のトゲが消え失せて必死にすがりついてくるツンデレ義妹。
左右から猛烈な力で引っ張り合われ、さらに背後からは従者の確信犯的な抱擁を受け、ユウキの胃は一瞬にして限界を迎えた。
(内政を一瞬で終わらせた意味がねえ……! 誰だよ、この逃げ場のない懐かれ包囲網を作った奴は……!)
「頼むからお前ら……全員揃って、一刻も早く王都の学院に帰ってくれええええ!!」
若き最強令息の、魂の底からの悲痛な叫びが、彼の知略によって見事に復興の兆しを見せつつある旧伯爵領の青い空へ、虚しく響き渡るのだった。
♢復興の足音と、猛烈なる外堀埋め
かつて強欲な無能伯爵によって荒廃しかけていた旧伯爵領の街並みは、今や劇的な変貌を遂げつつあった。
大通りには活気ある商売人たちの声が響き渡り、ひび割れていた石畳は綺麗に敷き直されている。鉱山資源の流通システムを現代日本の管理体制をベースに一新したことで、滞っていた物資がスムーズに循環し始めたのだ。行き交う領民たちの表情は明るく、誰もが希望に満ちた顔で笑い合っていた。
「はぁ……。のんびりサボるために一瞬で片付けたつもりだったのに、なんでこんな大層なことになってんだよ」
そんな活気溢れる街の様子を視察するため、ユウキは溜息をつきながら歩いていた。
もちろん、一介の学生(臨時領主)が歩くにはあまりにも物々しい、屈強な辺境伯軍の護衛兵たちに周囲をガッチリと固められての移動である。だが、ユウキが頭を抱えている理由は、厳重すぎる警護のせいだけではなかった。
「ふふ、見事な活気ですわね、ユウキ様! 武勇だけでなく、これほど短期間で領地を立て直す知略までお持ちだなんて、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ!」
右側から極上の鈴を転がすような声で囁き、眩い金髪をなびかせてサファイアの瞳を潤ませているのは、第一王女セルシア・バルハイトだ。一国の王女殿下が、まるで当然のように私服姿でユウキの隣をキープしている。
「お兄様、こちらの特産品を使ったお菓子、とても美味しそうですわ。後で領主館に戻りましたら、私が淹れたお茶と一緒に召し上がってくださいね?」
そして左側からは、そんなセルシアに対抗するように、義妹のミオルがこれ以上ないほどぴったりと寄り添っていた。
それだけではない。何を思ったのか、ミオルはユウキの左腕を自身の胸元にきゅっと抱き込むようにして、がっちりとホールドしているのだ。薄手の衣服越しに伝わってくる、少女特有の柔らかさと甘い体温。
(いやいやいや、ちょっと待て。距離が近すぎるだろ……!)
ユウキは内心で激しく狼狽していた。




