3話 最強の武闘派貴族
至近距離で改めて見つめると、ミオルの容姿は恐ろしいほどに整っていた。
西日に照らされてきらめく、ふわふわとした淡い金髪。それは肩甲骨のあたりまで上品に美しく伸びており、微かにフローラルな甘い香りを放っている。そして、驚きに大きく見開かれたその瞳は、まるで最高級のアメジストのように、吸い込まれそうなほど綺麗に透き通っていた。非の打ち所がない、まるで映画のスクリーンからそのまま飛び出してきたかのような美少女。
(前世の俺の記憶じゃ、こんなレベルの美少女には出会ったこともないな。見られるとしたら、せいぜい雑誌の表紙かテレビの画面の中だけだった。……まあ、いくら顔が良くても、これだけ性格と口が悪いんじゃ、男としては近寄りたくもないのが本音だけどな)
ユウキが内心でそんな冷ややかな感想を抱きながら顔を離すと、ミオルは信じられないものを見たかのように彼を凝視していた。
これまでに感じたことのない激しい動揺に、ミオルは呼吸の仕方を忘れたようにただ立ち尽くしていた。カッと顔が燃えるように熱くなり、耳の後ろや、露出した白い首筋までがみるみるうちに鮮やかな朱に染まっていく。
いつもなら、見下すような言葉を投げかければすぐに目を逸らし、情けなく逃げ出していたはずの兄。その彼から、これほどまでに真っ直ぐに、男としての余裕に満ちた視線を向けられるなど、想像すらしていなかった。
耳元に残る、低く心地よい余韻。肌をかすめた熱い吐息の感触。それらが頭の中で何度もリフレインし、彼女の思考を完全に麻痺させていく。
(な、何……? 今の、何ですの……!?)
プライドをへし折られたはずなのに、悔しさよりも、言葉にできない甘美な熱が心臓を支配していた。ドクドクと早鐘を打つ胸の音を、隣に立つ兄に聞かれてしまうのではないかと、別の焦燥さえ込み上げてくる。
ユウキは、そんな風に完全に硬直しているミオルの様子を、どこか冷めた、それでいて楽しげな目で眺めていた。前世の感覚からすれば、いくらお姫様のように美しくても、この生意気な態度では可愛げがない。ほんの少し仕返しをしてやるつもりだったが、思いのほか面白い反応が返ってきたことに、内心で小さく満足する。
これ以上ここに留まって、他の使用人に怪しまれるのも面倒だ。
ユウキは、真っ赤になって震えるミオルへ最後にもう一度だけ不敵な笑みを向けると、今度こそ何の未練もない様子で背を向けた。
大理石の床を規則正しく叩く足音が、静まり返った回廊に響き、少しずつ遠ざかっていく。
これまでの兄なら、絶対に口にしなかった言葉。からかわれただけだと頭では分かっていても、あまりにも直球で向けられた「可愛い」という言葉に、ミオルは不覚にも、心臓が跳ね上がるほどのときめきを覚えてしまった。
押し寄せる気恥ずかしさと混乱を必死に隠すように、ミオルは元々つり目気味の大きな瞳をさらに吊り上げ、声を上ずらせた。
「は?、ば、ばっかじゃないの……っ!? へんたいっ! キモいですわっ!!」
見る見るうちに頬を鮮やかな桃色に染め上げたミオルは、ドレスの裾を激しく翻すと、逃げ出すような早足でその場を立ち去っていく。石畳を叩く靴音が、彼女の混乱の度合いを物語るように乱れて響く。
よほど動揺しているのか、あるいはユウキの様子が気になって仕方がないのか、彼女は廊下の角を曲がるまでの短い間に、何度も、何度もユウキの方を振り返りながら去っていった。そのたびに、まだ赤みの引かない顔が夕暮れのリフレインに浮かび上がる。
いつもツンと澄ましていた妹の、初めて見るお調子狂わせな可愛い反応。
「……分かりやすすぎるだろ」
どこかぎこちなく遠ざかっていく彼女の後姿を見送りながら、ユウキは小さく肩を竦め、ふっと苦笑を漏らすのだった。張り詰めていた廊下の空気が、彼の小さな吐息とともに柔らかくほどけていく。
♢最強の武闘派貴族
ミオルが真っ赤になって走り去った後、ユウキは再び広大な屋敷の中を歩き回り始めた。ひんやりとした大理石の床を踏みしめるたびに、見知らぬ世界の感触がじわじわと足裏から伝わってくる。
すれ違う使用人たちのよそよそしい態度、一瞬だけ向けられる値踏みするような視線をそれとなく観察しつつ、彼らが柱の陰や廊下の隅でひそひそと交わしている噂話に、さりげなく耳を澄ました。風に乗って聞こえてくる断片的な言葉。それに脳内の過去の記憶を照らし合わせることで、ユウキはこの「ヴァルテンブルク家」が持つ、想像を絶するほどに規格外な立ち位置を完全に把握していった。
(辺境伯……。なるほど、ただの上級貴族ってわけじゃないんだな)
このバルハイト王国において、辺境伯という爵位は特別な意味を持っていた。
爵位の序列そのものは「公・侯・伯・子・男」における伯爵の扱い。だが、国境を守護するという極めて重要な任務を負っているため、実質的な権力や領地は公爵や侯爵と同等、あるいはそれ以上という破格のポジションにある。中央の優雅で軟弱な貴族たちとは一線を画す「最強の武闘派貴族」という立場だった。




