22話 規格外の無双と「一蹴」
鼻を突く血生臭い匂いと、倒れ伏す近衛たちの凄惨な状況を一瞬で把握したユウキは、面倒くさそうに片手で額を押さえて、深く重いため息をつく。
「若様! 近衛が全滅しています、敵の数は尋常ではありません! 我らもお供を――!」
ただ事ではない戦場の空気に、背後に控える辺境伯家の精鋭護衛たちが武器を構えて焦りの声を上げる。
しかし、ユウキは彼らを振り返りもせず、片手を軽く振ってその言葉を冷たく制した。
「足手まといだ。下がってろ」
冷淡とも思えるほどに低く、静かな声。
だが、その一言には周囲の空気を完全に支配するような絶対的な自信と、凄惨な戦場にあっても一切の動揺を感じさせない圧倒的な大物感が漂っていた。
「え……?」
死を覚悟し、硬く目を閉じていたセルシアが、弾かれたように驚きに目を開ける。
涙で潤んだ視界の先、鼻を突く血の臭いが立ち込める地獄絵図の中へ、まるで学校の廊下でも気楽に歩くかのように、ただ一人で淡々と歩み出ていく黒髪の少年の背中があった。
「おい、何だあのガキは? 死にに来たのか?」
不意に現れた無防備な乱入者に対し、暗殺者たちがせせら笑い、容赦なく刃の矛先をそちらへと向ける。
だが、迎え撃つユウキの目は、夜の闇よりも深く、完全に据わっていた。
「一人で十分だ。さっさと片付けて、早く帰らせてもらうぞ」
すべての魔法が掻き消され、誰もが絶望する極限の戦場。
周囲の冷笑と魔物の咆哮を他所に、世界の理を遥か彼方に置き去りにする規格外の「英雄」が、静かに、しかし確実な足取りでその一歩を踏み出した。
♢規格外の無双と「一蹴」
「……あいつ、魔力も使えないのに死にに来た馬鹿か?」
暗部を統べる仮面の暗殺者の一人が、肩を揺らして鼻で笑った。
無理もない。この一帯は、彼らが膨大な予算と月日を費やして展開した『魔力を霧散させる結界』の支配下にある。王国最高峰と謳われた近衛騎士たちが、悲鳴を上げる間もなく虫ケラのように倒れ伏したのも、すべてはこの理不尽な罠のせいだった。
日頃から魔法という強大な力に頼り切っているこの世界の住人にとって、その源である魔力を完全に封じられることは、すなわち無抵抗な死を意味する。
――しかし、哀れな暗殺者たちは、致命的なまでに知らなかった。
目の前を気怠げに歩く少年、ユウキ・フォン・ヴァルテンブルクという存在が、この世界の常識を遥か斜め上に置き去りにした規格外であるということを。
この世界に転生した直後、まだ幼かったユウキは、自分の力を確かめようと初級魔法をほんの少しだけ試したことがあった。その結果、目に見える限りの広大な森が一瞬で消し飛ばされ、一国を脅かすほどの焦土に変えられてしまった。
あの日以来、ユウキは己の内に眠る破壊の力加減に対して、極度の恐怖とトラウマを抱いている。
だからこそ、彼は自分自身に一つの絶対的な自重ルールを課していた。
(下手に魔法を使えばまた大惨事になる。だから、基本は生身の体術――肉体言語で十分だ)
魔力を封じる結界。それがどうしたというのか。
周囲に迷惑をかけないよう、魔法を自らの意志で封印し、純粋な生身の肉体だけで戦うと決めているユウキにとって、そんな結界など最初から存在しないも同然、何の意味も持たなかった。
「おい、なんだそのガキは! 叩き潰せ!」
暗殺者たちが色めき立ち、血に濡れた漆黒の刃を構えて一斉にユウキへと襲いかかった。
だが、あまりにも、絶望的なまでにレベルが違いすぎた。
ユウキは第一章での大失敗を教訓とし、周囲の地形をこれ以上壊して余計な騒ぎを起こさないよう、自身の身体に眠る果てしない魔力を極限まで内側に『圧縮・コントロール』する。
大気を震わせるほどのエネルギーすら完璧に抑え込み、すべてを純粋な質量としての身体能力へと変換した。
――ドンッ!!!
大気が爆ぜるような、地響きを伴う凄まじい風圧が周囲を吹き抜けた。
ユウキが一歩を踏み込んだ瞬間、その姿が完全に視界から消え去る。捉えることすら不可能な神速。
「がはっ……!?」
次の瞬間、先ほどまで近衛騎士たちを蹂躙していた凶悪な魔物の巨体が、ユウキの放った拳一つでいとも容易く宙に浮いていた。
刃を通さぬほど頑丈であるはずの外殻が、まるで乾いた紙切れのようにパキパキと嫌な音を立てて粉砕されていく。
ユウキの動きは止まらない。
無駄な動作を一切省いた流れるような体術の連撃が、次々と暗殺者たちを確実に捉えていく。
容赦なく振り下ろされる拳と蹴りの一撃一撃は、彼らが誇る名剣や禍々しい暗殺具ごと、まるで錆びついた針金のようにベキベキと無残に叩き折っていった。




