20話 シアのお披露目と、ラインハルトの恋
そんなシアとの距離感が、一気に縮まるイベントが発生した。
実技実習の一環として行われた、王都近郊の森での低級魔物討伐訓練。
周りの生徒たちが点数稼ぎや虚栄心のために血眼になって魔物を探すなか、ユウキは完全に『自重モード』に入っていた。下手に魔法を使えば森がまた焦土と化すし、そもそもやる気が起きない。
「あくびが出るな……。こんな天気が良くて気持ちいい時に、わざわざ泥臭い魔物討伐なんてやってられるかっての。俺は寝る」
鬱蒼とした木々の合間、木漏れ日が絨毯のように差し込む大きな木の下を見つけると、ユウキは容赦なくサボることを決めた。制服の汚れも気にせず地面に横になろうとした、その時。
すうっ、とユウキの影が不自然に伸び、そこから銀髪の美少女――シアが音もなく姿を現した。
「主様」
「うおっ、シア!? 急に出てくるなって……」
「でしたら……わたしの膝をお使いください」
シアはふわりと黒いスカートを整え、木の根元にちょこんと腰かけると、自身の太ももをトントンと優しく叩いた。
有無を言わせぬ真っ直ぐな翡翠色の瞳に気圧され、ユウキは観念して彼女の膝に頭を預けた。
「……あー、じゃあ、お言葉に甘えて」
頭を乗せた瞬間、極上の柔らかさと、少女特有の甘く清らかな香りがユウキの五感を包み込む。ふわりと鼻腔をくすぐる温かな匂いに、全身の力が抜けていく。
シアは心底愛おしそうに目を細めると、小さな手でユウキの髪を優しく、ゆっくりと撫で始めた。頭皮に触れる指先が心地よく、その表情はまるでこの世の全てを手に入れたかのような、深い幸福感に満ち溢れている。
(……やべえ。魔物と戦うより、こっちの方が心臓に悪い気がする)
ユウキは耳の裏まで熱くなるのを感じ、内心で激しく動揺しながらも、シアの規則正しい手の動きに抗えず、そのまま深い微睡みへと落ちていくのだった。
◇
そんな「影の護衛」との至福の生活は、ある日、思わぬ形で白日の下に晒されることになる。
学園の渡り廊下を、用事があってシアを連れて歩いていた時のことだ。
「ん? お、誰だあ? その……すっげー可愛い子!」
前方から歩いてきたのは、ユウキのクラスメイトであり、無類の噂好きにして学園唯一のフランクな友人、ハルトだった。彼はシアの姿を見るや否や、限界まで目を見開いて突っ込んできた。
「こいつは、その……俺の護衛兼メイド、かな。まあ、ほぼ妹的な感じだけどな」
ユウキが少し気恥ずかしさを隠すようにぶっきらぼうに紹介すると、その言葉を聞いたシアの白い頬が、瞬時に鮮やかな桃色へと染まった。
(い、いま、主様がわたしのことを『妹的』と……! 家族のように思ってくださっている……!)
シアは感極まったように胸の前で小さな手をぎゅっと握りしめ、モジモジと身体を揺らしている。耳たぶまで真っ赤にして喜びを噛み締める彼女の破壊的な可愛らしさに、ハルトの目が完全に色めき立った。
「な、なあユウキ! 俺に紹介してくれよ! 聞いてないぞ、こんな美少女を隠し持ってたなんて! ぶっちゃけ、すげー好みの女の子なんだけど!」
ハルトが鼻息荒く距離を詰めてきた、その瞬間。
それまで借りてきた猫のように大人しかったシアの空気が、一変した。
すうっと一歩前に出ると、ハルトを射殺さんばかりの冷徹な、しかし絶対的な拒絶を込めた瞳で見据える。その翡翠色の瞳の奥に、夜闇のような深い殺気がちろりと揺らめいた。
「それは、お断りさせていただきます」
一切の迷いもない、冷ややかな即答だった。
「わたくし、ユウキ様に身も心も捧げていますから」
凛とした硬い声が、静かな渡り廊下にどこまでもくっきりと響き渡る。
あまりに直球で、かつ破壊力抜群のパワーワードに、ハルトは言葉を失って完全に石化してしまった。周囲にいた他の男子生徒たちからも、
「身も心も……!?」
と、血を吐くような絶望の視線がユウキに一斉に集まる。突き刺さるような何十もの嫉妬の視線が、チクチクと肌を刺激した。
当のユウキは、顔が沸騰しそうなほどの羞恥心に襲われ、思わず片手で顔を覆ってガシガシと頭を抱えた。
「はぁ……おいシア。そこは『忠誠を捧げている』で良いだろ、ったく……!」
「? 意味は同じかと、主様」
不思議そうに小首をかしげるシアの、無自覚な追撃。ユウキの「無能のフリをして目立たず過ごす」という計画は、またしても全く別のベクトルで音を立てて崩壊へと向かうのだった。




