19話 シアとの日常と関係
彼はさっそく、シアの元々持っている規格外の才能【神速隠密】をさらに引き上げるため、いくつかの相性の良いスキルを選別した。彼女の隠密能力をさらに底上げする特殊魔法、そしてあらゆる危機を事前に察知する索敵スキル。それらを己の魔力と共に、惜しみなく彼女の魂へと分け与えていく。シアの身体が淡い光を放ち、その細胞一つひとつに新たな力が馴染んでいくのが伝わってきた。
シアの小さな身体が、天上のものと思えるほど清らかな淡い光に包み込まれた。
光が収まると、シアは驚いたように自分の両手を見つめ、それから翡翠色の瞳をキラキラと輝かせてユウキを見上げた。
「主様……身体が、すごく軽いです……! それに、世界の動きが、さっきまでと全然違って見えます……!」
「……そうか。なら実験は成功だな」
ユウキはぶっきらぼうにそう言いながらも、彼女の無邪気な喜びようにどこか安堵していた。
その後、シアには新しく用意された、女従であり護衛としての役割も兼ねた上質な衣服が与えられた。泥汚れの落ちた見事な銀髪をなびかせ、体にフィットした無駄のない漆黒の衣装に身を包んだ彼女は、まるで夜闇の妖精のようだった。上質な生地の擦れる衣擦れの音が、静かに響く。
それ以来、シアはユウキの行くところへ、文字通り影のようにぴったりとついて回るようになった。
義妹のミオルのように、高貴な身分やこれまでの冷え切った過去といった複雑な感情が絡む関係とは、シアは根本から違っていた。彼女にあるのは、ただ純粋に、心の底からユウキを慕い、全幅の信頼を寄せる一途な想いだけだった。
いつの間にか、その懐きっぷりは屋敷内での日常にも侵食し始めていた。
ユウキが自室のベッドで夜を迎えれば、気付けばシアがするりと布団の中に潜り込み、当然のような顔をして隣で丸くなって寝ている。それどころか、小さな身体でユウキの腕や胴体にしがみつき、彼を完全に抱き枕代わりにしていることすら珍しくなかった。ふわりと香る、石鹸の淡い匂いと少女の心地よい体温。
「……おい、シア。狭いだろ」
そう文句を言っても、シアは眠たげに翡翠色の目を細め、
「主様の隣が、一番落ち着くのです……」
と幸せそうに微笑むだけだった。
前世の記憶を抱えたまま異世界に放り込まれ、誰にも本心を明かせずに心の奥底で深い孤独と寂しさを抱えていたユウキ。だが、ただ純粋に自分だけを求めてくれる健気で一途なシアの存在は、いつしか彼の凍えた心を深く癒やす、かけがえのない「妹枠」として、その胸の内に確かに定着していくのだった。
♢
王都の貴白亜の学び舎――貴族学院での生活が始まっても、ユウキの影には常に『彼女』が潜んでいた。
シアの固有スキル【神速隠密】が、ユウキとの従者契約によって【影潜り】へと進化を遂げていた。彼女は当然のようにユウキの登校に付き従い、その影の隙間に身を隠している。危険が迫った際や、ユウキがその名を呼べば、一瞬で影から這い出て主の敵を屠るための鉄壁の布陣――のはずだったが、ユウキにとっては少々頭の痛い問題を孕んでいた。
「……なあシア、何度も言うようだけどさ。俺がもし戦うような状況になっても、勝手に出てくるなよ? お前を守りながら戦うのって、正直面倒だし、手加減のコントロールが余計に狂うから」
二人きりになった馬車の車内や学園の死角で、ユウキは影に向かって呆れたように言い聞かせることがあった。すると、足元の影がわずかに波打ち、中からくぐもった、しかし頑固な少女の声が響いてくる。
「うむぅぅ……ですが、わたしは主様の盾になりたい、のです。この命、主様をお守りするために捧げると誓ったのです……」
どれほどぶっきらぼうに突き放しても、シアの忠誠心とユウキへの深い愛着は微塵も揺るがない。結局、ユウキが深くため息をつくのがいつもの流れだった。
「はぁ……勝手にしろ」
とはいえ、魑魅魍魎の如き中央貴族たちが我が物顔で歩く学院において、シアの存在はユウキにとって数字以上の大きさを持っていた。周囲の陰湿な嫌がらせをことごとくスルーし、ふと一人になった静寂のなかで、ユウキは足元に声をかける。
「シア、いるか?」
「はい、ご主人様。いつでも、ここに」
影から即座に返ってくる、凛とした、けれどどこか嬉しそうな声音。それだけで、前世が普通の高校生だったユウキの心は、不思議と妙な安らぎを覚えるのだった。冷え切った貴族社会の空気の中で、その声だけが確かな熱を持って耳を震わせる。
「お前、普段は短剣しか使ってないもんな。今度、もっといい武器とか防具を色々と揃えてやらないとな……」
「んぅ……は、はい。主様が選んでくださるなら……お、お願いします……」
影の奥から、嬉しさに悶えたような、甘く蕩けた声が漏れ出してくる。姿は見えずとも、今頃彼女が漆黒の衣装の袖を握りしめ、顔を真っ赤にして身を縒らせているのが容易に想像でき、ユウキは不覚にも口元が緩みそうになるのを必死で堪えた。




